東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第399話 最後の抵抗

「ガッ……ぁ、あああああああ!」

 男に吹き飛ばされた霊奈は苦しそうに顔を歪ませたが絶叫しながら空中で体勢を立て直して境内に着地した瞬間、再び男へ突っ込んだ。私もすぐにお札を投げていつでも防御できるように彼女の傍に数枚の結界を展開させた。だが、このまま結界で攻撃を防いでも1秒も時間を稼ぐことはできない。

(なら……)

 展開した結界の全てを重ねて厚みを作り、走る霊奈のすぐ横に設置する。それを見た男は私の方に視線を向け、鼻で笑った後、霊奈に拳を振るう。厚みを作ったところで男の攻撃を防ぐことはできない。そんなこと私だってわかっている。だからこそ、私はタイミングを見計らい、霊奈の横に設置していた結界を操作して男の拳に側面からぶつけた。受け止めるのではなく、軌道をずらすための結界。

「『ANALYZE』」

「なっ」

 だが、男の拳にぶつかった結界はまるで水に溶けるようにバラバラになってしまった。あの鎧はオカルトに強いのはわかっていたがここまで通用しないとは思わなかった。でも、男の拳の軌道は少しだけずらすことができた。そのわずかな軌道のずれを掻い潜るように霊奈が体を捻って拳を躱す。霊奈は子供なので男よりも身長が低い。そのため、自然と男の拳は上から振り降ろすような形になる。だからこそ、横へずらされた場合、すぐに軌道修正はできない上、霊奈は横へずれるだけで拳を躱すことができた。

「はあああああ!」

 男の顔面に向かって右の鍵爪を突き出す霊奈。しかし、彼女の鍵爪は当たったもののフルフェイスを破壊することはおろか傷一つ付けることができなかった。

「下がって!」

 それを見て急いで指示を出しながら数枚のお札を男の足元に向かって投げつける。お札が地面に当たった瞬間、砂塵が舞い上がった。これで相手の視界を奪った。今の内に霊奈が下がれば――。

「無駄だ」

「ごっ……」

「ッ!? 霊奈!」

 霊奈がバックステップして後退するも砂塵の向こうから男の右足が矢のように飛び出して霊奈の腹部に突き刺さった。凄まじい勢いで後方へ吹き飛ばされた彼女の名前を叫ぶが男が目の前に立っていることに今更ながら気付く。

「あの子が心配なら傍にいてやれ、よ!」

「――ッ」

 咄嗟に結界を張るが男の蹴りは結界を易々と破壊し、蹴られた私の体は霊奈の近くに落ちた。痛みですぐに起き上がることができない。霊奈も限界が近いのか彼女の両手に展開されていた鉤爪は消えている。そして、私たちの傍にキョウが倒れていることに気付いた。彼を傷つけないために離れて戦っていたが男は吹き飛ばすついでに私たちをキョウの傍に蹴り飛ばしたのだ。

「しまっ――」

「じゃあ、仲良く死にな。FLYING FISH』」

 右手を私たちに見せ付けるように突き出した男の腕からななさんの胸を貫いたトビウオ型のミサイルが3つ、私たちの心臓に向かって凄まじい速度で射出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ……」

 地面に散らばったリモコンの破片を見て笠崎は舌打ちした後、ジャージのポケットに手を突っ込んだ。

「動くな」

 これ以上好き勝手させないために結界の1枚を笠崎の首元まで飛ばして寸止めさせる。至近距離でギロチンのように回転し続ける結界に彼は冷や汗を流した。

「本当に……お前は厄介だよ。音無」

「そっちこそ徹底的に俺を警戒しやがって。吸血鬼が無理をしてくれなかったらどうなっていたことか」

「……なるほど。屋上で倒れたのはお前じゃなく、吸血鬼だったわけだ。だが、あの女も限界みたいだぞ」

 そう言いながら彼は空中に浮いているモニターに視線を向ける。モニターにはいつの間にか霊奈に支えられながら滝のように汗を流して苦しそうにしている吸血鬼が映っていた。

『はぁ……はぁ……笠崎って言ったかしら。私の声、き、聞こえてるわね?』

「ああ、俺だけじゃなく他の連中にもな。ずっとお前らの動向を監視していたが入れ替わったタイミングはわからなかったぞ」

『いいえ……私たちは入れ替わってないの。最初から私たちは私たちなの。最初は分身だった個体もちょっと無理すれば本体にできるわ。こんな風に、ね』

 翠炎のナイフを霊脈に刺した瞬間、1秒にも満たない間だったがグラウンドは眩い光に包まれた。それに紛れて狙撃銃を駆使して援護射撃していた個体には俺が、屋上にいた個体には吸血鬼が入って『魂共有』を解除した。もちろん、彼女の姿は『魂共有』した時と同じ姿を保っている。そうしなければ笠崎に俺たちが分離したことがばれてしまうから。

「どうせ俺が半吸血鬼化した姿だって知ってたんだろ? だからこそ、吸血鬼の姿を見ても俺だと断定できた。『魂共有』した姿と半吸血鬼化した姿はまるっきり同じだからな」

「……ああ、全くのその通りだ。お見事。さすが音無といったところか。でも、いいのか? そんなに悠長に話して。吸血鬼が消えたらお前に負荷がかかるんだろ?」

 やはりこいつは――いや、笠崎が属している組織は俺のことを調べ上げている。そうでなければ時間を稼ぐようなまねはしないはずだ。しかし、そのことに気付かずに馬鹿正直に話に付き合うほど俺たちは間抜けではない。

「対策しているに決まってるだろ? 吸血鬼、もういいぞ。助かった」

『ええ……“次、いつ会えるかわからないけれど”また会いましょう』

 そう言い残して吸血鬼は俺の魂の中へ還り、自分の部屋に閉じ込められた。だが、いつもなら一緒に魂に引き込まれる俺は今もなお気絶せずに笠崎を睨み続けている。

「……どういうことだ?」

「『魂共有』は俺と吸血鬼の魂波長を重ね、一時的に同一人物にする。だから、俺にかかる負荷は吸血鬼のものでもあるし、吸血鬼にかかる負荷は俺のものでもある。じゃあ、『魂共有』を解除する直前にその負荷を一方に集められたら、どうなる?」

 その答えはご覧の通りだ。吸血鬼にかかる負荷は大きくなるが魂の部屋に閉じ込められるだけなので吸血鬼自身に危険は及ばない。つまり、『魂同調』などの使用した後にデメリットのある技でも『魂共有』で吸血鬼にデメリットを押し付ければ俺は戦闘を続けることも可能である。問題は彼女がいつ部屋から出られるかわからないことぐらいだ。

「『魂共有』を使えば傷や疲労も吸血鬼と分け合うから『魂共有』を解除した後でも俺は戦える。そして――」

 そこで俺が言葉を区切ると笠崎の足元からいくつもの光の鎖が飛び出して彼の体を拘束した。突然現れた鎖に目を見開いた彼は何とか拘束から逃れようともがくが光の鎖はビクともしない。吸血鬼が消える寸前まで魔力を注ぎ込んだ特性の光魔法だ。ただの人間の力では解くどころか傷一つ付けられないだろう。

「――時間稼ぎしていたのはお前だけじゃない」

「くっ……吸血鬼が消えたら魔法は使えないはずだろ」

「確かに吸血鬼がいない今、魔力を使うことはできないがすでに発動していたものは関係ない」

 『魔眼』を発動できないのは痛いが笠崎の姿は目の前にある。『開力』で粉砕した自分の周囲を透明化する何かを使われても『魔眼』による看破はできないが彼が移動出来なければ意味はない。これでチェックメイトだ。

「負けを認めろ、笠崎」

「……ああ、本当にすげぇよ、お前。だがな……こっちだって負けるわけにはいかねぇ。こっちにだって譲れないものがあんだよ!! 『起動』! 『ANALYZE』!」

 笠崎が絶叫した瞬間、頑丈な鎖がバラバラに引き千切られた。いや、違う。何かによって分解されたというべきか。まさか光の鎖が破壊されるとは思わなかった俺は一瞬だけ硬直してしまい、結界を動かすのが遅れてしまった。

「ほら、おかわりだ!」

 その隙に笠崎はポケットから取り出した端末から3つの箱を出現させ、思い切り投げる。3つの箱は悟たちの近くに落ちて形を変え始めた。最初は手の平に乗る程度の大きさだったが今では見上げるほど大きくなっている。嫌な予感がした俺は博麗のお札を投げて新たに『五芒星結界』を4つほど作ったがそれとほぼ同時に見上げるほど大きくなった箱が展開され、中から無数の妖怪が飛び出した。


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