東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第401話 従者の心

「ん……」

 私は体を包み込む温もりを感じながら目を覚ましました。よくマスターに抱っこされる私ですがいつもと感覚が違うので彼の温もりではないようです。でも、マスターとは違う安心感に思わず破顔してしまいました。ですが、いつまでもこの温もりに包まれているわけにもいきません。状況を確認するために目を開けました。

「ここは……」

 どうやら林の中にいるようです。どうしてこんなところにいるのでしょう。そもそも私は何故気絶していたのでしょうか? 寝起きのせいで上手く働かない頭を必死に動かして記憶を探ります。

「っ……」

 そうです。マスターが謎の男に襲われ、戦っている途中でななさんが狙われたのでした。彼女の治癒術は目を見張るものでしたがその代わり、戦う手段が皆無です。そのため、私がななさんの元へ移動して必死に男の攻撃を防いで、それで――。

「……」

 そこまで思い出した私はおそるおそる私を抱きしめている細い2本の腕を見下ろしました。争いを知らない優しい綺麗な手。その手が真っ赤に染まっています。きっとそれだけで理解してしまったのでしょう。だからこそ、この腕から抜け出したくありませんでした。抱っこして貰っていれば後ろを確認できませんから。ですが、ずっとこのままでいるわけにもいきません。出来る限り、揺らさないように“彼女”の腕から脱出した私は後ろを振り返りました

「ッ!? ななさん!」

 そこには胸に大きな穴が開き、微笑みながら木に背中を預けて眠っているななさんの姿がありました。オーバーヒートを起こした私が見たのは私に向かって来るトビウオ型のミサイルです。薄れていく意識の中、トビウオに貫かれると覚悟を決めたのを思い出しました。でも、私は故障どころか服に彼女の血液が付着しているだけでほつれすらありませんでした。つまり、ななさんが私を身を挺して守った、ということです。

「そんな……どうして、私なんか!」

 思わず声を荒げてしまいましたが今はそれどころではありません。急いでななさんの傍に移動し、容態を確かめます。胸に大きな穴が開いているのはもちろん、出血が酷くすでに呼吸が止まっていました。体にまだ温もりが残っているので心肺停止してからまだそこまで時間は経っていないようです。今ならまだ間に合うかもしれません。ですが、私には彼女を治療する手段がありません。【薬草】で治せるのは私が食べた薬草で治る病気のみ。一応、傷にも効く薬草もありますが胸に空いた大きな穴を一瞬で塞ぐことなど不可能です。いえ、ななさんの治癒術があれば助かる可能性があります。

「ななさん! ななさん、起きてください!」

 木に背中を預けているななさんの肩に立ち、優しく彼女の頬を叩きながら声をかけました。お願いします、起きてください。このままでは貴女が死んでしまいます。例え、出会ってまだ1か月しか経っていなくてもマスターにとって貴女はすでに守りたい人の1人なのです。このまま貴女が死んでしまったら今度こそマスターは――。

「起きて、ください……お願いですから!」

 ――いえ、これはただの言い訳。ななさんが死んでしまったらまた私は守ることができなかったことになってしまう。それを認めるのが嫌なのです。それが事実になってしまうのが怖いのです。貴女が死ねばマスターだけでなく、私もきっと壊れてしまうでしょう。だから、どうか。どうか、目を覚ましてください。

「な、なさんっ」

 目から溢れる涙を抑えられず、ボロボロと泣きながら必死に彼女の名前を呼びます。どれほどの時間が過ぎたでしょうか。数分か、数十分か。それとも数秒かもしれません。ですが、これだけは言えます。もう、とっくの昔にタイムリミットは過ぎている、と。次第に私の声も小さくなり、とうとう喉を震わせる力がなくなってしまいました。どうやら、マスターとの繋がりが切れてしまい、魔力の底が尽いてしまったようです。

(でも……このまま止まれば私は……)

 発狂せずに済む。そう、思った時でした。

「ッ――」

 ななさんの体が突然、緑色の炎に包まれたのです。神様は彼女の綺麗な遺体さえ残してくれないのでしょうか。それはあまりにも理不尽ではないでしょうか。急いで炎を消そうと小さな手で炎を叩きますがすぐに違和感を覚えました。

「熱く、ない?」

 緑色の炎が全く熱くなかったのです。むしろ、この炎を見ていると心が安らいでいくような気がしました。力の入らない体に鞭を打って宙に浮き、ななさんを見ると緑色の炎は彼女の体を覆っています。特に胸のあたりの炎は激しく燃えていました。そして、ななさんの指がピクリと微かに動きます。

「嘘……」

 心肺停止していたはずのななさんが息を吹き返しました。それだけではありません。マスターとの繋がりが切れたはずなのに私の体に魔力が流れ込み始めたのです。しかも、その魔力はマスターのものとあまりにも似て――いえ、全く同じでした。

「んっ……」

 彼女の体を覆っていた緑色の炎が消えるとななさんが声を漏らし、ゆっくりと目を開けます。眠たそうに目を擦る彼女はキョロキョロと辺りを見渡し、宙に浮いている私を捉え、大きく目を見開きました。

「……桔梗?」

「え?」

 私の名前を呼んだ彼女の声はいつもより低いものでした。それに加え、私の呼び方も変わっています。表情もいつも朗らかに笑っていたのに今は真っ直ぐ私を見つめていました。

「ななさん、ですよね?」

「なな? あー、待って。状況が全然飲み込めないんだが……」

 どうやら、口調も大きく変わっているようです。失っていた記憶が戻ったのかもしれません。そう言えば、気配も何だか――。

「ッ……あ、あの! 勘違いかもしれないんですけど……確認してもいいですか?」

「あ、ああ」

「もしかしてですけど……マスター、なのですか?」

 自分でもおかしいとは思います。でも、気配、魔力、雰囲気。その全てがマスターのものと同じだったのです。違うのは姿だけ。いえ、顔もよく見れば今のマスターの面影があります。

「……久しぶりだな、桔梗」

 そう言って彼女――彼は私がよく知るマスターと同じ笑みを浮かべて私に手を伸ばし、ギュッと抱きしめてくれました。ああ、同じです。マスターに抱っこされた時の温もりと全く一緒でした。

「マスター……とてもお綺麗になりましたね」

 未来のマスターは綺麗な黒髪に誰もが見惚れてしまうほどの美貌を手に入れていました。ななさんが大和撫子であれば、彼はクールな美人と言う印象を受けます。記憶がないだけでここまで違うが出るものだとは知りませんでした。

「それ褒め言葉じゃないからな……でも、よく気付いたな。こんなに違うのに」

「いえ、今のマスターも未来のマスターも……一緒ですよ。私が間違うわけないじゃないですか」

「……そっか。さて、再会はこれぐらいにしておこう。桔梗、すまんが状況を説明してくれ。ここが過去だってのはわかるんだが」

 『見覚えのない服着てるし』と血で真っ赤に染まってしまった白い着物を見るマスター。どうやら、ななさんだった頃の記憶はないようです。その証拠にななさんと出会ってからのことを手短に話すとマスターは首を傾げました。

「なるほどなぁ……とりあえず、その謎の男は笠崎だな」

「カサザキ、ですか?」

「ああ、未来で色々あって過去の俺を殺そうとタイムトラベルした奴だ。急いでそれを止めようとしたんだが、妖怪に邪魔されてタイムトラベルに巻き込まれたんだよ」

「妖怪……あ!」

 ななさんを見つける直前、私たちは妖怪と戦ったのを思い出しました。もしかしたらマスターの邪魔をした妖怪も一緒に過去に来たのかもしれません。

「とにかく、今は過去の俺と霊夢たちを助けるのが先だ。桔梗、手伝ってくれるか?」

「もちろんです! 私は貴方の従者なのですから!」

「ありがとう」

 頷いた私を見て笑ったマスターは立ち上がって地面に落ちていた紅い鎌を拾い、軽くその場でクルクルと回し始めました。今のマスターよりも鎌の扱いは上手いようです。

「うーん……少し小さいかな。まぁ、いいか」

 そう言いながら彼は私を肩に乗せた後、おもむろに手を伸ばしました。すると、目の前の空間が歪み、マスターの手がその空間に飲み込まれます。

「ま、マスター!? 大丈夫ですか!?」

「え? ああ、大丈夫。ただの空間倉庫だし」

 苦笑を浮かべたまま、空間から一つの携帯を取り出してポチポチと操作し始めました。何をしているのか携帯の画面を覗き込もうとしますがその前にマスターの着ていた服が着物から洋服に変わり、驚いてしまいます。

「な、何が……あ、髪も」

「ちょっとこのリボンしてないと暴れるやつがいてな。よし、身支度はこれで大丈夫だ。桔梗、翼」

「は、はい!」

 紅いリボン――霊夢さんと同じリボンで髪を一本にまとめたマスターの指示に従って変形しました。その間にマスターは数枚のお札を投げて星型の結界を3つ作ります。術式を組み上げる速度は霊夢さんを遥かに超えていました。

「行くぞ」

「はい!」

 星型の結界と共に私たちは低空飛行で林の中を駆け抜けます。今のマスターたちを守るために。

(マスター……よかったですね)

 その途中、咲さんを失ってからずっと強くなりたいと願っていたことを知っていた私は未来のマスターの姿を見て感動せずにはいられませんでした。

 マスター、貴方はこんなにも強くなれるのですよ、と。

 こんなに立派になるのですよ、と。

 私は、心の底から安心することができました。


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