「この炎が消える頃には
そう3人に忠告した時だった。林の方から木々が倒れる音が轟いたのである。あの方向には桔梗【盾】で吹き飛ばされた笠崎がいるはずだ。また新しい兵器の準備をしているのかもしれない。あまり時間は残されていないようだ。
しかし、このまま笠崎と戦ったとして決定打に欠ける。オカルトは通用しないし桔梗は1つの武器にしか変形できない上、何かしらの対策を立てられているだろう。負けはしないが勝つための道筋が思いつかないのも事実。どうしたものか。
「マスター、霊夢さんと霊奈さんの手当てが終わりました」
木々の倒れる音がする中、笠崎を倒す方法を考えていると救急箱を頭の上に掲げるように持った俺の傍に寄って来る桔梗。お礼を言いながら救急箱を受け取り、スキホの中に収納してスキホも空間倉庫に放り込んだ。その時、俺の手元を見て桔梗が首を傾げているのに気付いた。
「どうした?」
「いえ……先ほどの携帯、どこかで見たことがあるような気がしまして。あまり気にしないでください」
そう言って笑う桔梗だったがその言葉に何か引っかかりを覚える。そう言えば桔梗が初めて食べたのも俺の携帯だった。あの時は武器ではなく能力を手に入れたのだ。何となく懐かしい気分になっていると一つだけ疑問が浮かぶ。
「なぁ、桔梗。お前、物欲センサーはどうなってる?」
「へ?」
「俺と繋がってから性能が上がっただろ? なら、物欲センサーにも変化があったのかと思ってな」
「……そうですね。どうやら以前のような暴走は起きないようです」
「つまり……今、食べたいものがある、と?」
物欲センサーの変化を知るためには物欲センサーが反応する必要がある。そして、桔梗はその変化に気付いていた。見れば桔梗は少しだけそわそわしているようだ。彼女の視線の先には紅い鎌。
「こいつか?」
「っ……い、いえ、それはマスターがずっと使っていた大切な鎌です! それを食べるなど私にはできません!」
両手をぶんぶんと振って叫ぶ桔梗だったが視線は相変わらず紅い鎌に注がれている。暴走しなくなったとはいえ、やはり物欲センサーが反応してしまうと素材に夢中になってしまうようだ。今まで暴走して俺に迷惑をかけたと思っているようなのでそれも彼女が自粛している理由の一つなのだろう。
「別に俺はいい……というより、これ
「で、ですが……」
「いいから食べてくれ」
「……わかりました。あの、そのついでというわけではないのですがもう1つだけ我儘を言ってもいいでしょうか」
俺から紅い鎌を受け取った桔梗はもじもじしながら俺を見上げる。彼女の頬はわずかに紅く染まっていた。それを見て体は人形であっても彼女は生きているのだと改めて実感する。
「あなたの……魂が欲しい」
そんな言葉を発した彼女の声は震えていた。紅い鎌を両手で持ち、目を閉じて懺悔するように頭を垂れる。
「ずっと、おかしいと思っていたんです。どうして、初めて会った人なのにこうも惹かれてしまうのか、と。どうして、傍にいると心が温かくなるのか、と。ずっと不思議でした。それと同時に罪悪感で胸がいっぱいになりました」
そこで言葉を区切った桔梗は今もなお翠色の炎にその身を焼かれている
「私はマスターの従者。“桔梗”という名前を頂き、忠誠を誓った。そのはずだったのに彼の想いを裏切ってしまった。彼以外に心を許してしまった。それが許せませんでした。それでも彼女の傍を離れることも嫌だった。その矛盾が……ずっと心苦しかった」
桔梗の言葉を聞いていた霊夢と霊奈は顔を見合わせ、ほぼ同時に首を振る。おそらく彼女の中にあった葛藤を知らなかったのだろう。誰にも心配されないように隠し続けていたのだろう。自分の葛藤を知られ、心配される方が嫌だったから。きっと
「でも、やっとわかったんです。当たり前のことだったんです。私が惹かれるのは
己の心を蝕んでいた葛藤から解放された彼女は再び俺を見上げて嬉しそうに笑う。そして、そのまま地面に降り立ち、赤い鎌を地面に置いてその場に跪いた。
「守ると誓ったはずなのに彼は何度も死にかけました。彼の大切な物を失わせ、悲しませました。それは従者として有ってはならないこと。彼をそんな目に遭わせてはならないこと。私はまだまだ従者として未熟であり、貴方の傍にいる資格はありません」
己の気持ちを吐露する彼女の姿はまるで王に忠誠を誓う騎士のようだった。きっとこれは彼女なりの覚悟なのだ。
「ですが……それでも私は貴方の傍にいたい。貴方を守りたい。貴方と共に生きたい。だから、どうか……こんな未熟な私を連れて行ってくださるのならば、私の全てを貰ってくださるのならば……貴方の、魂をください」
「……ああ、もちろん。今までも、これからも俺たちはずっと一緒だ」
その場で片膝を付いて跪く桔梗の頭に手を乗せる。その刹那、俺たちの足元に幾何学な模様が無数に刻み込まれた魔法陣が展開された。突然の出来事に魔法陣の中にいる俺と桔梗はもちろん、霊夢たちも目を見開く。
「これ、は……」
「ッ! マスター、鎌が!」
魔法陣を見下ろしていると桔梗が悲鳴のような声を上げる。即座に顔を上げ、先ほどまで地面に置いていたはずの鎌が宙に浮いていることに気付いた。紅い鎌はその場でクルクルと回転し、俺と桔梗の間――魔法陣の中央まで来ると柄を下にして地面に落ちる。だが、いつまで経っても倒れない。その姿は俺たちが動くのをジッと待っているようだった。そう言えばこいつも
「……桔梗」
「はい、マスター」
俺と桔梗は
「俺はお前たちを受け入れる。だからお前たちも俺を受け入れろ」
自然と口から漏れた言葉と共に紅い鎌を桔梗に向かって突き出し、それを桔梗が大きな口を開けて受け止める。そして、鎌を持つ俺と口で鎌を受け止めた桔梗、俺と桔梗の間を繋ぐ鎌が一つになった瞬間、魔法陣から漏れる光がより一層大きくなり、俺たちを包み込んだ。
ななさんが桔梗に向かって紅い鎌を突き出した瞬間、魔法陣から眩い光が放たれ、思わず目を閉じてしまった。だが、その閃光も数秒ほどで収まり、目を庇っていた腕をゆっくりと退け、目の前に立つななさんの姿を見て声を失う。
鋭く尖った指先とその右手に持つ紅い鎌。
両手、両腕を守るようにそれらを覆う漆黒の装甲。
腰には二丁の拳銃。
足は分厚い白い装甲に包まれ、一歩踏み出せばその重さで地面が割れてしまいそうだった。
また、彼女の背中には翼のようなものが生えている。
鳥でもなく、蝙蝠でもない機械染みたそれは片翼に4つの筋のような部分――計8つの筋の先端は尖っていた。
そして、胸には桔梗の花が彫られた装甲。
むき出しになっているのは肩と首、頭ぐらいでその姿はロボットのパーツを無理矢理人間に取り付けたようにも見える。しかし、それでいて私は彼女の姿に見惚れていた。
「『着装―桔梗―』」
それはまさに彼女たちが共にいると望み、共に歩むと決めた覚悟の姿だったから。