東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第409話 白い景色の中で

 『時空を飛び越える程度の能力』。過去の俺(キョウ)が幻想郷に迷い込んでからその効果を発揮し始めた能力でその名の通り、過去や未来に移動する力である。しかし、過去の俺(キョウ)はそれをコントロールすることができず能力が勝手に発動してしまい、過去や未来へ移動していた。その現象はあまりに唐突であり、移動できるのは過去の俺(キョウ)と彼に触れている物だけなので自由に動ける桔梗や普段はどこかに置いてある紅い鎌を置いて行かないように気を付けていた。能力の発動する時は必ず過去の俺(キョウ)の体から白い球体が空へ昇り、時間が経つにつれてその数を増やし、最終的に視界全てが白に染まる。

 それから時は経ち、俺の苗字が『時任』から『雷雨』、『音無』へと変わった。俺が人間の時の能力は名前に因んだものになるので能力も『時空を飛び越える程度の能力』から『雷や水を操る程度の能力』、『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』へと変化し、『ネクロファンタジア』を聴いて再び幻想郷へ迷い込んだ。すでに一度、過去の俺(キョウ)が幻想郷を訪れていたと知らずに。

 そして、数か月前、幻想郷に迷い込んでいた母さんとリョウが結婚(幻想郷なので婚姻届という概念がない上、2人とも人里から離れた場所で暮らしていたため事実婚だが)し、俺の苗字が再び『時任』へ戻り、人間時の能力も『時空を飛び越える程度の能力』になった。能力が変化したせいで俺の体は不調を起こしたが霊夢たちに『幻想曲を響かせし者』という二つ名を貰い、『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』を取り戻して事なきを得た。

 しかし、人間時の能力である『時空を飛び越える程度の能力』は健在であり、何度か試しに使ってみたがコントロールが想像を絶するほど難しく、無理矢理使ってみたところ俺の上半身と下半身がお別れしてしまった。翠炎のおかげで何とか生きているが(一回死んで蘇生した)すぐに使いこなすのは不可能だと判断して今まで放置していた。

(それがどうして今になって!?)

 視界を滑るように登って行く白い球体を見ながら心の中で悪態を吐く。まだ白い球体の数は少ないが数分と経たないうちに俺は時空を移動してしまうだろう。コントロールもできないので行先は不明。

「……そういうことか」

 おそらく、行き先は現在だ。過去(ここ)に来られたこと自体、奇跡に近いのだ。いわば俺はこの世界にとってイレギュラーな存在。世界は元の正しい形へ戻るためにイレギュラー()排除しよう(元の世界へ戻そう)としているのである。それは別に構わない。むしろ、現在に戻れるのならありがたい話だ。

 しかし、笠崎を放っておくわけにはいかない。あいつだけはどうにかしなければまた事件を起こすに決まっている。それに――。

「桔梗」

『え、あ、はい?』

 この状況で話しかけられるとは思わなかったのか返事をした彼女の声は困惑に満ちていた。時空を移動する前に笠崎を何とかしなければならないのも俺の本心だ。しかし、それ以上に確かめなければならないことがあった。

「時空跳躍の兆しが出てる」

『え!? このタイミングでですか!?』

 彼女の悲鳴のような声は『回界』が破壊した瓦礫の崩壊する音に掻き消される。インカムがなければ聞こえなかっただろう。会話に集中したいので『回界』を自動的に壁を両断するように設定して立ち止まる。

『マスター? 時空跳躍の兆しが出ているのであれば急ぐ必要が……』

「その前に……本当にいいんだな? すぐに俺から離れればこの時代に残ることも――」

『――それ以上は言わないでください』

 インカムを装着していた右耳に桔梗の低い声が滑り込んで来た。初めて聞く声音に体を硬直させてしまう。

『言いましたよね? 責任を取ってくださいって。ちゃんと私を連れて行ってくださいって。貴方が言ったんですよ。受け入れるから受け入れてくれって。その問いに私と紅い鎌(あの子)は頷いたんです。それなのに……その確認はないと思います』

 先ほどの低い声とは打って変わり、寂しげに呟く桔梗。

 俺は最近まで桔梗の存在を忘れていた。そして、夢で過去の記憶を見て彼女の存在を思い出した。それと同時にすでに別れていることも。

 桔梗を思い出した後、夢=過去の記憶なのか疑ったことがある。彼女はよほどのことがない限り、俺の傍を離れるとは考えられなかったから。だが、つい先ほど彼女は彼の未来を想い、別れることを決意した。

 きっと俺は怖かったのだ、俺のためならば俺の傍を簡単に離れられる彼女のその忠誠心が。自分の存在が俺にとって害になると判断したら桔梗は俺の傍を離れてしまう。だからこそ、質問した。心のどこかで今のうちに別れておいた方がいいのでは、と。俺にとっても、彼女にとってもその方がいいのではないか、と。ただ俺は再び彼女を失うことを恐れているだけなのだ。

『それに! もし、貴方が私たちを連れて行かなくても勝手について行っちゃいます! 押しかけ女房ならぬ押しかけ従者です!』

 『随分臆病になってしまったんですね』とため息交じりに呟く桔梗の様子に思わず口元が緩んでしまう。顔を上げれば白い球体がいくつも空へ昇り、幻想的な景色を作りだしていた。

「……ああ、そうだな。もう聞かない。早く笠崎をどうにかして現在に戻ろう。お前のこと、皆に紹介したいしさ」

『皆? も、もしかしてマスターのご家族の方ですか!? ど、どうしましょう! なんてご挨拶すれば!?』

「はは、じゃあ、帰るまでに挨拶の言葉でも考えてろよ。その間に決着を付けてやる」

 白い球体も増えて来たので急いで笠崎のところへ向かうとしよう。短い時間だったが会話したおかげで『着装―桔梗―』の熱はある程度冷めているので翼を広げ、脚部のブースターに火を灯し、『回界』が作ってくれた道を飛んでいるとすぐに『回界』に追い付いた。どうやら、あの壁は他の場所よりも厚いようで両断するのに時間がかかっているようだった。

『マスター、この先にカサザキがいます!』

 白い球体のせいで視界が不鮮明だがそんなことを気にしている暇はない。桔梗の言葉を聞き、博麗のお札を投げて更に4枚の『回界』を作る。そして、計8枚の『回界』で手古摺っていた最後の壁を切断し、大きな広間に入るとそこには今まさにタイムマシンに乗り込んだ笠崎の姿が見えた。

「逃がすか!」

 オーバーヒートを起こす勢いで翼を振動させ、一気に加速した俺は飛びながら紅い鎌を構える。皮肉にも今の状況は過去(ここ)に来る前と全く同じだった。目の前はもうほとんど白い光でいっぱいになり、目を開けていられないほど眩しい。時空跳躍が起きるまで残り数秒といったところか。

(でも、この一撃だけは……絶対に!)

 タイムトラベルする兆候なのか消えかかっているタイムマシンに向かって鎌を横薙ぎに振るうと同時に体全体が何かに引っ張られ、俺たちは世界から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、助かった。何かあったらまた連絡してくれ」

 無茶なお願いにも関わらず何の躊躇いもなく承諾してくれたことに感謝しながら電話を切り、そっとため息を吐く。空を見上げればそこには綺麗な星空が広がっていた。

「会長、ちょっと相談がー……」

「はいはい、今行きますよーっと」

 数枚の書類を持った幹事さんが少しばかり申し訳なさそうにしているのを見て苦笑を浮かべながら携帯をズボンのポケットに仕舞う。彼女は優秀な人だが、それは“大学生にしては”と頭に付く。彼女が持っている書類は大学生が片づけるような仕事ではないのでわからない点も多いはずだ。しかし、今は人手が足りない。それこそ猫の手も借りたいほどだ。

「――ってな感じで」

「うーん? まぁ、やってみる」

 首を傾げながらも何とか理解出来たようで幹事さんは近くにいたファンクラブメンバーを呼んで学校に向かった。先生たちに頼んで一時的にいくつかの教室を借りて事後処理を行っているのである。

「オーライ、オーライ……はい、オッケー。じゃあ、くっつけるから離れて」

 そんな声が聞こえ、そちらを見ると竜の姿になっている弥生ちゃんが持っていた巨大な岩をグラウンドに開いた穴の中に置き、それを肉球ハンドと虎耳、尻尾を付けたリーマちゃんが能力を使って岩と穴を1つに繋ぐ。その後、オレンジ色のニワトリの着ぐるみを着た(実際には素肌らしい)雅ちゃんが炎を使って赤熱するまで熱し、霙ちゃんが水を放って冷やしていた。音無響公式ファンクラブメンバーは彼女たちが他の人とはちょっと違うことをある程度ではあるが知っているので騒ぎにならないが何も知らない人がこの光景を見れば目を丸くするだろう。

「……なぁ」

「へ?」

 今のところ早急に済ませなければならない仕事はないのでグラウンドの修復作業を観察しているといつの間にか俺の隣にリョウが立っていることに気付く。彼女は腕を組んで仕事をしている響の式神たちを見て訝しげな表情を浮かべていた。

「どうして、お前らはそんなに平気そうなんだ?」

「平気って……今、すごく眠いけど」

 事件に巻き込まれた上、時刻もそろそろ日付が変わりそうになっている。何とかお客さんたちは無事に家に帰すことはできたが片づけなければならない案件はいくつも残っているのだ。

 だが、俺の答えは彼女の望んでいたものとは違ったらしく呆れた目で俺を見上げた後、ため息を吐いた。

「違う。あいつのことが心配じゃないのかって聞いてんだよ」

「あー……」

 俺たちの危機に駆けつけてくれた響は笠崎が起動した機械に巻き込まれ、俺たちの目の前で姿を消してしまった。もちろん、消えてしまった直後は混乱したし、今も心配している。ただ――。

「――まぁ、響のことだから大丈夫でしょ」

「……信頼されてるんだな」

「これまでも色々あったみたいだからなー。特にあの子たちはずっと傍にいた俺以上に響を信じているんだと思う」

 その証拠に響が消えたせいで泣き出してしまったら奏楽ちゃんも今では静さんの腕の中ですやすやと眠っている。むしろ、静さんの方がそわそわしていた。

「……まぁ、いい。少し寝るからあいつが帰って来たら起こせ」

 そう言ってリョウは俺の影の中へ溶けるように消えた。何だかんだ言って彼女も響が帰って来ると信じているのだろう。好きな子に素直になれない子を見ているようで微笑ましく感じた。中身は男だけど

「あれ……なんだろ、これ?」

 その時、グラウンドの修復作業を進めていた雅ちゃんが首を傾げながらぽてぽてと移動し、何もない場所で立ち止まった。いや、よく観察すれば雅ちゃんの目の前の空間が少しだけ歪んでいた。その歪みは少しずつだが確実に広がっている。さすがに警戒せずに近づくのは危険だと判断して雅ちゃんに離れるように声をかけようとしたがその前に空間の歪みが一気に広がり、そこから何かが飛び出した。

「むぎゅっ」

 その何かとぶつかった雅ちゃんはゴロゴロと地面を転がり、砂塵が舞って彼女の姿が見えなくなってしまう。俺はもちろん他の作業をしていた子たちも騒ぎに気付いて雅ちゃんの元へ駆け寄る。俺たちが駆け寄った頃には舞っていた砂塵も風に運ばれ、雅ちゃんの姿が見えるようになっていた。

「いてて……大丈夫か、桔梗」

「は、はい……何とか。マスターは?」

「こっちも大丈夫だ」

 そこには地面に倒れる雅ちゃんを座布団のように尻に敷いている響が見覚えのない人形とお互いの無事を確認し合っていた。そして、やっと俺たちに気付いたのか響は気まずげに頬を掻き――。

「……ただいま」

 ――何かをやり遂げたような笑顔を浮かべてそう言った。


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