東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第410話 終結

 例の白い空間を進んでいると不意に視界が開け、何かに激突した。『魂共有』が解除されたばかりで上手く動けずゴロゴロと無様に転がり続け、少しばかり気持ち悪くなったところでやっと止まった。転がった拍子に舞った砂塵が気管に入り、ゴホゴホと咳き込んでしまう。

「いてて……大丈夫か、桔梗」

 砂塵が風に運ばれた頃になって身に纏っていたはずの『着装―桔梗―』がないことに気付き、相棒の安否を確認する。魔力の繋がりを辿ることができればすぐにわかるのだが、吸血鬼は『魂共有』のせいで部屋に閉じ込められているので魔力に関する力を使えないのだ。

「は、はい……何とか。マスターは?」

 そんなか細い声が下から聞こえる。どうやら、『着装―桔梗―』が解除された瞬間、咄嗟に俺の胸に掴まったらしく問われた彼女は俺を心配しているのか不安そうにこちらを見上げていた。

「こっちも大丈夫だ」

 とりあえず桔梗が無事だったことに安堵する。問題は俺たちがいる場所が一体“いつ”の“どこ”か、だ。そう思いながら周囲を見渡し、すぐに俺たちを取り囲むように悟、霙、リーマ、弥生、霊奈、寝ている奏楽を抱っこしている母さんが立っていたことに気付き、少しだけ気まずくなってしまう。この時代でどれだけ時間が経っているかわからないが少なくとも彼らは俺が目の前で消えるところを見ているはずである。更に行方不明だった奴が小さな人形を連れて帰って来ただけでなく、自分たちを無視してお互いの無事を確認し合っているところを見せ付けられたのだ。文句を言われても仕方ないだろう。

 だが、その反面、無事に戻って来られたのだとわかり、自然と頬が緩んでしまった。長かった一日(過去に行って記憶を失い、ななとして1か月ほど生きていたが)がようやく終わったのだと、俺を含めた全員が無事に再会できたのだと、誰に言われずとも理解した。だから――。

「……ただいま」

 ――胸を張って笑うことができた。そんな俺につられたのか他の皆の呆れたように苦笑を浮かべ始める。

「んぅ?」

 その時、俺の気配を感じ取ったのか母さんの腕の中で寝ていた奏楽が目を覚まし、俺を視界に捉えてにへらと笑った。まだ寝惚けているようだ。

「あー……おにーちゃんだ」

「ただいま、奏楽。ほら、まだ朝じゃないからもう少しだけ寝てなさい」

「うん……わかった」

 俺の声を聞いて安心したのか彼女は安心したように再び眠りについた。空を見上げれば綺麗な星空が広がっている。過去に飛ばされたのは夕方頃だったのでななとして1か月ほど過去で過ごしたが現在(こちら)ではまだ数時間ほどしか経っていないらしい。

「お兄ちゃん!」

 そんな絶叫がグラウンドに木霊する。校舎の方を見れば望が全力疾走でこちらに向かっていた。その後ろからドグが欠伸をしながら歩いている。他の皆はグラウンドで作業していたようだが、彼女とドグは校舎の中で動いていたらしい。

「よかった。無事だったんだね」

「ああ、怪我もないぞ」

「うん……うん!」

 右肩を回して元気だとアピールするとそれが可笑しかったのか望は笑いながら目元と指で拭う。よく見ればすやすやと眠っている奏楽も少しだけ目が紅く腫れていた。少し前まで泣いていたのかもしれない。もう傷つけないと決意しても結局、彼女たちを泣かせてしまった。それに気付いて情けなくなってしまう。もっと俺に力があれば、と悔やんでしまう。

「……あれ、雅は?」

 式神3人はここにいるのに雅だけいないのはおかしい。それに彼女との繋がりを辿れば近くにいることもわかっている。だが、周囲を見渡しても彼女の姿を見つけることはできなかった。

「下だよ、下」

「下?」

 ちょんちょんと俺が座っている地面を指さす悟。何だろうと下を見れば俺はオレンジ色の座布団に座っていた。しかし、座布団にしては異常にモコモコしている。羽毛布団の上に座っているみたいだ。自然と手が伸びてオレンジ色の座布団を一撫でする。

「んっ」

 すると座布団がビクッと震えた。そして、バタバタと暴れ出す。その度にオレンジ色の羽毛が舞い散り、風に流されオレンジ色の粒子に変わって消えていった。そっと立ち上がって座布団から距離を取る。

「ぷはっ……はぁ……はぁ……し、死ぬかと思った……」

 すぐに座布団()が顔を上げて四つん這いの状態で息を荒くしていた。グラウンドに小さなくぼみが出来ているので顔を地面に押しつけられて息が出来なかったのかもしれない。

「あなたはいつもいつもいつも! わざとなの!? ねぇ、わざとなの!?」

 しばらくその状態のまま、息を整えていた彼女だったがおもむろに立ち上がって文句を言いながら早歩きで向かって来る。今回に限って言えば決してわざとではないがそう言っても簡単に納得してくれなさそうだ。さて、どうするか。

「マスター!」

 雅の手が俺に届きそうになったところで俺と雅の間に割って入った小さな影――桔梗が【盾】に変形した。いきなり目の前に白黒のタワーシールドが出現したので桔梗【盾】の向こうで雅が息を呑んだ。だが、咄嗟に止まれなかったのか雅が桔梗【盾】に軽くぶつかり――ドン、と衝撃波が発生した。

「きゃああああああああああああ!」

 桔梗【盾】の横から顔を出すと衝撃波をまともに受けた雅は悲鳴を上げながら凄まじい勢いで吹き飛ばされた。彼女の軌道を描くようにオレンジ色の羽が散り、粒子となって消えていく姿はまるでオレンジ色の彗星のようだった。

 しかし、滑空時間は短く地面を何度もバウンドしてゴロゴロと転がり続ける。その拍子に砂塵が舞い、彼女の姿は見えなくなってしまった。

「ふぅ……危ないところでしたね、マスター。まさか家族との感動の再会の最中にニワトリの妖怪に襲われるとは思いませんでした。ですが、私がいる限り、お疲れのマスターの手を煩わせることはありませんよ!」

 桔梗【盾】から人形の姿に戻った桔梗は一仕事を終え、やり切った表情を浮かべながら胸を張っている。その頃には砂塵も晴れ、地面で倒れている一羽のニワトリの姿も見えるようになっていた。いつまで経っても起き上がる様子はない。とりあえず、放置しておこう。桔梗の登場に他の皆も驚いているようだし、早く紹介しよう。新しい家族のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません! 本当にすみません! ああ、マスターの式神……しかも、初めての式神である雅さんに私、なんてことを!」

「い、いいって……響を守ろうとしたんでしょ? その気持ちだけで嬉しいから」

 自己紹介を終え、雅が俺の式神であることが判明した桔梗はサーッと顔を青ざめさせて地面で転がっていた雅の元へ文字通り飛んで行ってひたすら謝り倒していた。そんな彼女の様子に若干引きながらも雅は謝罪を受けて入れている。

「何だか面白い子だな」

「ああ……気合いが空回りする子なんだよ」

 そんな2人を俺の隣で見て笑っていた悟にため息交じりに言う。他の皆は俺の無事を確認できたので再び自分の持ち場に戻って行った。ここにいるのは今すぐに終わらせる仕事がない悟と寝ている奏楽を抱っこしている母さんだけだった。

「また女の子が増えたねぇ……ハーレム?」

「ちげーよ」

「そんなこと言って本当――痛いッ!」

 ニヤニヤと笑いながらすり寄って来る母さんの頭に拳骨を落としてため息を吐く。すっかり仲良くなったのか桔梗と雅は他の式神3人と合流して笑顔で話しながらグラウンドの修復作業を進めていた。

「おい」

「なんだ?」

 悟の影からリョウの声が聞こえ、そちらを見ずに答える。姿が見えないので誰かの影に潜り込んでいると思っていたが悟の影だったらしい。

首謀者(あいつ)はどうなった?」

「……わからない」

 白い空間に飛ばされる直前、俺が振るった鎌は確かに笠崎の体――というよりタイムマシンを捉えた。だが、その後どうなったのか俺にはわからない。だが、向こうも無傷と魔ではいかないはずだ。タイムマシンは鎌の一撃を受け、半壊したところまで覚えている。あんな状態でまともにタイムトラベルできるとは考えにくい。

「一先ずこの事件は解決、ということか」

「ああ、笠崎が帰って来てまた襲って来るかもしれないが……あいつはそこまで強くない。オカルトはほとんど通用しないけど」

 そこで言葉を区切ってグラウンドに視線を向けると右手を巨大化させ、地面を何度も叩いて均している桔梗を雅たちは呆然とした様子で眺めていた。そんな彼女たちを見て笑みを浮かべる。

「相棒がいれば大丈夫だろ」

 俺と桔梗が過ごした時間は決して長くはない。1年にも満たないだろう。だが、それでも彼女は俺にとって“初めての家族”なのだ。たった独りで過ごしていた俺の傍にいてくれた初めての存在なのだ。信頼していないわけがない。

「……ふん、そうか」

 俺の解答に満足したのかリョウは悟の影から母さんの影に移動して姿を消した。心配してくれたのだろうか。

「それじゃ私もそろそろ向こうに行くかなー」

 自分の影を見て笑っていた母さんだったが悟に眠っている奏楽を預けて校舎の方へ歩き出した。校舎で仕事をしているのは望とドグ、柊たちだ。きっと、望の応援に行くのだろう。

「マスター!」

 母さんの背中を見送っていると桔梗の声が聞こえた。巨大な右手を振って笑っている。俺の仲間と仲良くなれたことが嬉しいのだろう。

「ちょ、桔梗危なっ――ガハッ」

「あ、す、すみません! 大丈夫ですか!?」

「鼻血! 雅さん、鼻血出てます!」

「何やってんの。作業進まないじゃない」

「あはは……」

 桔梗を止めようと近づいた雅の顔面に右手が直撃し、桔梗と霙が慌てて駆け寄り、そんな3人を呆れた様子で見るリーマと弥生。しかし、すぐに雅たちの元へ向かい、わいわいと騒ぎ始める。

「ふふっ……」

 そんな皆の様子に引っ張られたのか悟の胸で眠る奏楽が小さく笑みを零した。


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