狂気異変から1週間が過ぎ、夏休みも中盤に差し掛かる。その間にもいくつかの依頼が入って来た。例えば、荷物運びや畑仕事の手伝い。あまり収入は良くないがコスプレしなくてもいいので嬉しい。そんな頃にとある依頼がやって来た。
「えっと……香霖堂?」
幻想郷の上空。天狗の姿で俺はスキホの画面を凝視していた。この前、紫に幻想郷の地図を取り込んでもらって本当によかった。ただ、一度も行った事がないのでスキマの力は使えない。普段は行きたい場所の風景をイメージしながら能力を使っているのだ。
「あっちが博麗神社でこっちが魔法の森だから……あれか?」
魔法の森に入る手前に一軒の家が建っているのを発見した。急降下してその家の前に着陸する。
「……カオスだ」
看板に『香霖堂』と書かれており、その下には入り口。しかし、その周りにたくさんのガラクタが所狭しと置いてある。
「よ、よし……」
イヤホンを抜いてドアに手をかけ、一気に開けた。
「ちわーす。万屋でーす」
「お? 来たか」
中も足の踏み場所もないほどガラクタが置いてある。その奥に特徴的な青い服を着た男がいた。
「えっと……」
「ああ、自己紹介が遅れたね。僕は森近 霖之助。この店の店主だ」
「あ、音無 響です」
向こうの方が年上っぽいので敬語を使う事にする。
「早速なんだけど、頼めるかな? これを魔理沙に届けて欲しい」
森近さんが取り出したのはミニ八卦炉だった。
「八卦炉? どうしてこれがここに?」
狂気異変で俺が壊してしまったらしい。全く、覚えてないが。
「修理したんだよ。君に壊されたからね」
「うっ……もしかしてこれ、作ったの森近さんですか?」
「うん。そうだよ」
「ごめんなさい! 壊してしまって!」
頭を下げて謝る。もちろん、悪気があったわけではないが壊してしまったのには変わりない。
「大丈夫だよ。緋緋色金の在庫もあったし」
「ヒヒイロカネ?」
八卦炉は伝説の金属で出来ているらしい。
「まぁ、そんな事より頼めるかい?」
「魔理沙に届ければいいんですね。わかりました」
八卦炉を受け取ってポケットに捻じ込む。
「そうだ。報酬だけど、この店の中から一品だけ好きな物をあげるよ。でも、非売品の物はなしだ」
「はぁ……わかりました」
なんか腑に落ちない。どうして、俺に依頼したのだろう。魔理沙ならこう言う所にも来そうだ。
「いや~実は魔理沙が最近、来なくてね。3日も経ってしまったんだ。だから、一刻も早く渡さないとね? これなしじゃ弾幕ごっこ、出来ないし」
俺の表情を見て森近さんが教えてくれた。
「ああ、なるほど。では、行ってきます」
「頼んだよ」
「はい!」
ドアを開けてイヤホンを耳に差す。
「移動『ネクロファンタジア』!」
スペルを唱え、紫の衣装を身に纏う。
「永遠『リピートソング』!」
続いて、紫の曲をループさせるスペルを発動。そして、懐から扇子を取り出し、横に一閃した。すると、スキマが嫌な音を立てながら開かれる。
「よいしょっと……」
スキマを潜り、目的地に到着する。
「あら? どうしたの、響?」
出た場所は博麗神社だ。魔理沙はよくここに来る。一番、可能性が高いはずだ。
「よう、霊夢。魔理沙、いる?」
「魔理沙? 今日は来てないわ」
どうやら、はずれだったらしい。
「むぅ……他に魔理沙が行きそうな場所とか知らない?」
「そうね……香霖堂か紅魔館ね」
「さんきゅ。帰り、寄るわ」
俺は依頼を熟した後、少し博麗神社に寄ってお茶を飲んでいる。何故か、落ち着くのだ。
「わかった」
霊夢の返事を聞いた所でスキマを開き、紅魔館の図書館に出る。
「パチュリー、魔理沙いない?」
椅子に座って読書しているパチュリーに質問した。
「来てもすぐに帰るけどね。まぁ、今日は来てないわ。もっと言うと狂気異変から来てない」
ここもはずれだ。
「どこにいるんだ? あいつ」
「何? 仕事?」
頭を掻いて溜息を吐いた所にパチュリーは聞いて来た。
「八卦炉を届けにな」
「直ったのね……とうとう」
「……何か、直って欲しくなさそうだな」
「だって、また本、盗りに来るんだもの」
「なるほど……」
魔女にも悩みはあるようだ。
「おに~さぁま~!!」
「ぐふっ……」
フランが俺の背中にタックルをかまし、その拍子で背骨の骨が折れる。更にその衝撃で折れた骨が背中を突き破り、外に出て来た。が、本能的に霊力を流して再生させる。
「うわ~。もう治った」
それを見ていたフランが目を見開く。
「フラン……俺を殺す気か?」
「全然。お兄様ならこれぐらいで死なないでしょ?」
俺の治癒能力はレミリアやフランの数十倍、高い。その為、骨が折れても数秒で治ってしまう体になってしまったのだ。まぁ、治す為に霊力を消費するのだが他の人はまだ誰も知らない。
「そりゃそうだけど……魔理沙、どこにいるか知らね?」
「魔理沙? う~ん……最近、来てないからね。でも、博麗神社か香霖堂って場所にいると思う」
「詰んだか……さんきゅ」
フランの頭に手を乗せてから少し撫でてからスキマを開く。
「また来てね~!」
「そん時は前から来てくれよ?」
後ろから来られては対処出来ない。
「わかった! 全速力で突っ込むね!」
「それをやめれば一番いいんだけど……」
しかし、フランに何を言っても意味がないと思い、溜息を吐きながらスキマを閉じた。
「さて……」
出た場所は幻想郷の上空。俺は落下しながら考える。魔理沙が行きそうな場所はもうない。
「いや、あいつの家に行ってないか」
足元にスキマを展開し、魔法の森にある魔理沙の家にやって来た。一昨日、魔導書の整理を手伝ったのだ。
「魔理沙~!」
ドアを叩きながら名前を呼ぶ。その後、すぐに何かが崩れる音が続いたが本人が現れる事はなかった。
「どうすっかな……あいつ、人里には近づかないみたいだし。他の場所は知らねーし」
数分間悩んだ結果、飛んで闇雲に探す事にした。
「速達『風神少女』!」
紫の服から射命丸の服にチェンジ。漆黒の翼を大きく広げ、大空に舞い上がる。
「さて……どこに行くか」
スキホを取り出し、現在地を確認。
「妖怪の山にでも行くか……」
そうと決まれば早い。全速力で妖怪の山を目指す。
「いない……」
妖怪の山に入る直前に白髪で獣耳を持った天狗に止められた。どうやら、妖怪の山に入って来る人間に忠告しているらしい。そこで魔理沙の事を聞くと今日、魔理沙はおろか人間一人、見ていないそうだ。
「次は……ん?」
スキホを開いて行き場所を決めていると遠くから甲高い声が聞こえる。そちらを見ると小さな影が見えた。
「何だ?」
その影はどんどん大きくなる。それに伴い、鳥が羽ばたく音が聞こえる。何やら嫌な予感がした。
「ま、まさか……」
嘴が大きく、耳もでかい。目は小さく、体の色は橙色だった。例えるなら某狩りゲームに出てくる怪鳥。
「てか、まんまじゃねーかああああ!!」
怪鳥は俺を目指して飛んでいる。食うつもりらしい。
「く、くそ!!」
急いで方向転換。人里へ逃げる。人里には妖怪の類はほとんど近寄らない。それに慧音に会えれば、一緒に戦う事が出来る。向こうも相当、速いがこの姿なら逃げ切れるはずだ。だが、人生は甘くない。
~蠢々秋月 ~ Mooned Insect~
触角が生え、服装が男の子っぽい黒いズボンに白いシャツ。更にマントを羽織っている。宴会の時に会ったリグルの姿だ。
「し、しまっ――」
リピートソングを発動するのを忘れていた事に気付く。そして、反射的に後ろを見ようと首を動かした。