東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第411話 晴れのち曇り

「くぁ……あー、ねみぃ」

 俺の隣を歩いていた悟が大きな欠伸をした後、心底疲れた顔で呟いた。そんな彼の肩を霊奈が同情したような表情を浮かべながらポンポンと叩く。

 あの事件から数日が経ち、俺たちは普段の生活に戻った。悟が色々な場所に根回ししてくれたおかげでそこまで大きな騒ぎにならず、事件の翌日の新聞にも『O&K、VRゲームを開発。しかし、テストプレイの際に不具合発生』と大きく掲載されていた。文化祭に来ていたお客さんたちがパニックを起こして怪我人が出ないように咄嗟に『O&Kで開発したVRゲームの不具合』と説明したのであの事件の原因はO&Kにあると世間に広まってしまったのである。

 そのせいで右肩上がりだったO&Kの評価が下がってしまったが、その反面、O&Kが開発したVRゲームについてネットで話題になっているようで問い合わせの電話が鳴り止まないらしい。もちろん、O&KでVRゲームの開発は行われていないのだが、このまま放置すれば更に評価が下がってしまいかねないので大急ぎでVRゲームの開発を進めている。そのため、悟はここのところずっと働き詰めなのだ。

「しゃちょー! ゲーム楽しみにしてまーす!」

「あはは……どうもー」

 お昼ご飯を食べるために食堂に向かっている途中ですれ違った後輩らしき女の子に応援された悟は苦笑を浮かべながら軽く手を挙げる。悟がO&Kの社長であることはすでに大きく広まっているため、ここ数日は俺だけじゃなく、悟にも声をかける人が増えた。

「はぁ……どうすっかなぁ」

「ゲームのこと? そんなに難しいの?」

「いや、別にVRの技術はそれなりに進められてるし、開発自体もさほど難しくはないんだけど……めっちゃ期待されてんだよ」

 霊奈の質問に肩を落として答える悟。昨日の夜に少しだけO&Kが開発するVRゲームについて語る掲示板を覗いてみたが期待している声が多かった。どうやら、あの事件の被害者の1人が『まるで現実世界にいるようだった』とか『魔法とか使っていた』などと書き込んでしまったらしい。今までO&Kが開発してきた製品の質が高かったこともあって『O&Kが開発したVRゲームだからきっと』というように期待されてしまったのだ。

「……マスター、そろそろいいでしょうか」

 その時、俺の右手首から小さな声が聞こえた。腕輪に変形してついてきた桔梗である。最初の出会いこそ雅と一悶着あったものの桔梗が増えた生活は今まで以上に賑やかなものになっていた。特に奏楽は言葉を話す人形(桔梗)を見て大喜びしてよく彼女を抱っこしている。桔梗も満更ではないようで出かける時は今のように俺についてくるが家では奏楽と行動することが多い。

「桔梗、あまり話さないでってお願いしただろ?」

「わかっています。わかってはいるんですが――」

「響様ー! こんにちはー!」

「ああ、こんにちは」

「――何故、皆さん、マスターにメロメロなんですか!?」

 声をかけてくれた学生に手を振って応え、嬉しそうに去っていくのを見送ると桔梗が大声で叫んだ。咄嗟に左手で腕輪を押さえ、周囲に聞こえないようにしたが何人かはこちらを振り返っていた。誤魔化すように会釈してそそくさとその場から移動する。

「す、すみません……ですが、マスターの人気っぷりに思わず」

「気持ちはわかるぞ、桔梗ちゃん。もう慣れたけど」

「響の人気はすごいもんね……もう慣れちゃったけど」

 桔梗の言葉に悟と霊奈はうんうんと頷いていた。小さい頃から一緒にいた悟はともかく大学で再会した霊奈は染まるのが早い気がする。

「それにしても……うーん」

「まだ思い出せないのか?」

「……うん」

 腕輪になっている桔梗を見て首を傾げる霊奈に問いかけると彼女は悲しそうに首肯した。過去の俺(キョウ)と桔梗は外の世界の博麗神社に辿り着き、小さい頃の霊夢や霊奈と短い間だったが一緒に暮らしていたらしい。だが、俺も霊奈もそんな記憶はなかった。過去の俺(キョウ)を人間に戻すために翠炎で過去の記憶ごと燃やされた俺はともかく霊奈の記憶と桔梗の記憶の齟齬の原因は全くわかっていない。俺が過去に行った後の出来事を誰も知らないからだ。霊夢に聞けば何かわかるかもしれないが『魂共有』のせいで吸血鬼が部屋に閉じ込められている今、何故か『コスプレ』が使えないので幻想郷に行くことができない。吸血鬼が解放され次第、リーマと母さんたちを幻想郷に送るついでに霊夢に聞こうと思っている。こいしや雪おばあちゃんなど幻想郷でお世話になった人たちに桔梗を会わせたい。きっと皆喜んでくれるはずだ。

「いいか、桔梗ちゃん。この街はすでに響に支配されてるんだ」

「し、支配!? マスター、王様なんですか!?」

「どっちかっていうと女王? いや、お姫様か」

「おい、殴られたいのか」

「冗談だって――ごふッ!?」

 桔梗にあることないこと吹き込んでいる悟のお腹を殴り、食堂へと歩みを進める。色々と疑問は残るが吸血鬼が部屋から出て来ない限り、話は進まない。今は守り切った日常を満喫しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、心に決めた夜。その日は夕方からポツポツと雨が降り始め、日が暮れる頃には土砂降りの雨に変わり、家の中にいても雨の音が聞こえていた。

「そこでマスターは私の力を使い、見事青い怪鳥を倒すことができたんです!」

「おー! おにーちゃん、すごーい!」

「そうでしょうそうでしょう! マスターはとても強く、優しく、美しい最高のマスターなんです!」

「何言ってんだお前ら……」

 夕食を済ませ、お皿を洗っていると俺の過去の話を聞き、手を叩いて喜ぶ奏楽と胸を張って俺の自慢をする桔梗にツッコむ。因みに望と雅は一緒に学校の宿題を、霙と弥生は洗濯物を干し、リーマとドグは桔梗たちの傍でゲームをしている。

「そういえば母さんは?」

「あー、主人と一緒に部屋に戻ったぞ。何ヤってんのか知らんけどな」

「ドグ、そっち行った! ちょっと研ぐから時間稼いで!」

「エリチェンしろ、エリチェン。火炎弾飛んで行くぞ」

 俺の疑問に短く答えたドグはすぐにゲーム画面に視線を戻してがちゃがちゃとボタンを連打し始める。いつの間にか馴染んでいる彼の背中を見ていると不意にチャイムが鳴った。こんな夜――しかも、大雨の日に来客とは珍しい。

「はーい……あれ」

 泡だらけの手を洗い、手早く拭いてからインターホンを確認する。普通ならばインターホンに付いているカメラで来客の姿を見ることができるのだがそこには誰も映っていない。これが俗にいうピンポンダッシュか?

(でも、一応見てみるか)

 首を傾げながら玄関に向かい、ドアを開けるがその途中で何かにぶつかり止まってしまう。何だろうとドアの隙間から外を覗き、目を見開いた。

「お、おい! 大丈夫か!?」

 インターホンを押した直後に倒れたのか玄関先で人がうつ伏せで倒れていたのだ。傘も差さずにここまで来たのかその人はすっかりずぶ濡れになっており、ピクリとも動かない。ドアの隙間から外に出てその人を抱き上げ、初めて女性だとわかった。暗くて服装までよく見えなかったのである。ところどころ服も破けている。誰かに襲われたのかもしれない。そう判断した俺は急いで横抱きに持ち上げ、家の中に入った。

「誰かタオル持って来い! あとお風呂沸かして!」

 式神通信を使って式神組に状況を伝え、他の人にも伝わるように大声で叫んだ。2階や洗面所からドタバタと音が聞こえ、皆が動き始めたことを把握し、倒れていた女性の容態を確かめようと彼女の顔を覗き込み――息を呑んだ。

「西、さん?」

 その女性は俺と悟の高校生時代の同級生である西さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 ゆっくりと浮上する意識につられ、小さく声を漏らした。そして、そのまま目を開けると見覚えのない天井が私を出迎える。寝惚けた頭で今の状況を整理しようと記憶を辿り、ハッとして体を起こした。

「ここは……」

 部屋を見渡すとやはり見覚えのない和室だった。視線を横にずらせば外の光により白く光る障子が目に入る。今の時刻は昼間。だが、肝心の場所に関する情報は皆無。早く場所を把握してキョウたちと合流しないと。

「お、目覚めたか」

 その時、障子がスライドして背の高い女性が部屋の中に入って来た。敵意は感じない。しかし、問題は彼女の服装だった。つい数か月前まで毎日見ていた服――師匠が来ていた博麗の巫女服だった。

「あなたは……」

「ん? ああ、そうだった。まずは自己紹介からだな。私は博麗 霊夜。博麗の巫女なんてものをやってる。よろしく、霊夢」

 『博麗 霊夜』。その名前は師匠から何度も聞いたことがあったし、写真も見せて貰ったことがあるので本人だとすぐにわかった。だが、何故博麗の巫女である霊夜さんが外の世界に――。

「ッ!? あ、あの……ここって、どこですか?」

「ここ? あれ、話は通ってるって言ってたのに……ここは幻想郷の博麗神社だ。お前の修行がひと段落したから今日から私と一緒に生活して実際の巫女の仕事について学んでもらう」

「……っ」

 彼女の言葉を聞き、私は思わず息を呑んでしまった。ついさっきまで私たちは鎧の男と戦っており、未来から来たキョウに助けられたはず。そして、あの写真を懐に戻そうとした瞬間、何者かによって気絶されられた。その、はずなのに何故私は幻想郷に来ているのだろう。キョウや霊奈、桔梗はどうなってしまったのだろうか。

「……おい、紫。話が違うじゃないか」

「あら、おかしいわねぇ」

 気絶する直前までの話をキョウに関することだけをぼかして(結界内に入ってきたことや未来のキョウが来たことを説明するのが難しかった)霊夜さんに伝えると彼女は虚空に向かって話しかけた。すると空間が不気味な音と共に割れ、何度か私たちの様子を見に博麗神社に遊びに来た紫さんがその割れ目から顔を覗かせ、霊夜さんと話し始めてしまう。確か紫さんは幻想郷を作った妖怪らしく、一緒にお酒を呑むほど師匠と仲がよかった。

「ん?」

 彼女たちが話し合っているのを見ていると不意に服の中でカサリと何かが音を立てた。首を傾げながらそれを取り出すとあの写真と共に見覚えのない四つ折りになった紙が出て来る。写真を懐の中に入れ、紙を広げるとそれが手紙であることに気付き、書かれていた文字を読んだ。

(……そう。そういうこと)

 手紙にはキョウは外の世界に戻ったこと。そして、霊奈も記憶を改ざんされた状態で両親の元へ送り届けられたことが書いてあった。とりあえず、キョウと霊奈は無事であることがわかりホッと安堵のため息を吐く。幻想郷に迷い込んでしまったキョウはともかく霊奈は自分が博麗の巫女見習いであったことを忘れており、普通の女の子として生きていくらしい。つまり、博麗の巫女になるのは――。

「霊夜さん、紫さん」

 手紙を懐にしまい、2人の名前を呼ぶと彼女たちは私に視線を戻した。頭のどこかでこうなると“わかっていた”のかもしれない。不思議とすぐに受け入れることができた。それに未来のキョウ()『また会いに来る』と言っていた。

「巫女の仕事について教えてください」

 だから、彼と会えるその時までに私は博麗の巫女になる。そう心に誓った。そうすることが彼のためになると何となく“わかっていたから”。




これにて東方楽曲伝第9章完結です。


第9章のあとがきは2017年11月18日夜11時を予定していますのでぜひそちらも読んでみてください。


次回からは東方楽曲伝最終章の始まりです。

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