東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第414話 響となな

「全然気にならなかった?」

「はい、まるで知らない人の話をしてるみたいでした。それに今思えば研究内容も音無君の能力に関することが多かったです。普通では考えられないような会話とかもしてて……吸血鬼かどうとか……」

 詳しく話を聞くために質問すると西さんは不安そうに目を伏せながら呟くように言う。人工的に俺のドッペルゲンガーを作り出した組織だ。俺だけでなく吸血鬼たちの研究もしていたらしい。

「話せば話すほどおかしい部分が出て来るんです。何よりどうして私は研究に夢中になっていたのかわからないんです……自分が自分じゃなかったみたいで」

 当時のことを思い出すのも辛いのか彼女はガタガタと震える体を抑えるように彼女の膝の上に座っていた桔梗をギュッと抱きしめる。かなり力が入っているのか桔梗の口から『ぐえっ』という潰れた蛙のような声が漏れた。しかし、そんな彼女の様子に気付くことなく、西さんはとうとう俯いて口を閉ざしてしまう。

 敵は外と中を完全に隔離する黒いドームを発生させたり、オカルトの力を吸収してしまう首輪を作ってしまうほどの技術力を持っている。西さんを含めた研究所にいる人たちは何かの装置によって操られていた可能性が高い。

「……そうか。ありがとう、話してくれて」

「っ……ごめんなさい。これぐらいしか、できなくて」

 研究が進めば進むほど不利になるのは俺だ。言い換えれば俺が殺される可能性が高くなるということである。だからこそ、西さんは罪悪感に苛まれ、苦しんでいるのだろう。研究所から逃げ出したのも無意識の内に俺に対する罪滅ぼしをしようとしたからなのかもしれない。

「いや、それが知れただけでもかなりありがたい。休憩しよう」

「ううん、まだ大丈夫です。まだ話してないことがあって……」

「焦らなくてもいいんだぞ?」

「今言わないと……怖くなって言えなくなっちゃうかもしれないので」

「……そうか。無理はするなよ」

 俺の言葉に未だ青ざめた顔のまま西さんは笑みを浮かべて頷いた。今のところわかっている情報は『俺の能力を研究している施設があること』、『研究をまとめたレポートがあること』、『研究所で働いている人は操られているかもしれないこと』の3つ。敵の目的や情報源を知りたいところだが言い方は悪いが西さんのような下っ端が入れるような場所にそんな重要機密が記載されているファイルがあるとは思えない。

 そんな予想が当たっていたのか『そんなに重要なことじゃないかもしれないですけど』と西さんが前置きして小さな声で話し始めた。

「音無君のレポートが2種類あったんです。しかも、記載されてる能力とか注意事項がところどころ違ったんです」

「え? どういうこと?」

「えっと……うろ覚えで申し訳ないんですが片方の音無君は鎌や剣を複製したり、両手足に魔力を纏って近接戦闘したり、弓で遠くから狙撃したりと戦うことに特化していました。ですが、もう片方は結界を張ったり、治癒術(・・・)で回復したりとどちらかといえば支援が得意な音無君でした。後、狙撃能力が前者と比べるまでもなく劣ってましたし……桔梗や『魂同調』、でしたっけ? そういった共通点もあるんですけど……」

「ッ! 治癒術、ですか!?」

 雅の質問に首を傾げながら答えた西さんだったがまさかこのタイミングで『治癒術』という単語が出て来るとは思わなかった。それは桔梗も同じだったようでいきなり声を荒げてしまい、吃驚したのか西さんの肩がビクッと震える。今の西さんは何かの拍子に壊れてしまいそうなほど繊細になっているので桔梗は頭を下げて謝った。空気を変えるためにも今度は俺から質問しようと口を開いた。

「西さんはそれを読んでどう感じた?」

「うーん、前者の音無君のデータはちゃんと分析結果とか載ってて信憑性があったけど、後者は何というか……前に分析したことを思い出しながらまとめたような(・・・・・・・・・・・・・・)レポートでした」

「つまり、後者のレポートには分析結果がなかった?」

「はい、私が読んだ部分には一つもありませんでした」

 西さんの話を聞く分には前者が今の俺で、後者が“なな”という印象を受ける。俺は治癒術や回復魔法のような力を扱うことができない。使ったのは記憶喪失だった頃の俺(なな)だ。狙撃能力も今ではすっかり吸血鬼の十八番になっているが、桔梗の話では過去の俺(キョウ)も修行の時、百発百中で的のど真ん中を射抜いていたという。

「桔梗、記憶喪失だった頃の俺(なな)は戦ったことあるか?」

「いえ……ほとんどありません。例の男に襲われた時にちょっとだけ戦いましたが……ほとんど何もできずに森の中に落ちてしまいました。弓を持ったところすら見たことがありません」

 例の男――笠崎にやられた記憶喪失だった頃の俺(なな)は森の中に落ち、そこで死んだ。そして、翠炎が発動して蘇生し、俺は記憶を取り戻すことができたのだろう。しかし、桔梗の話が本当ならば敵の組織は“どうやって記憶喪失だった頃の俺(なな)の戦闘データを蒐集”したのだろう。様々な兵器を持っていた笠崎なら戦闘データを組織の誰かに送ることはできたかもしれないが、そもそも記憶喪失だった頃の俺(なな)はほとんど戦っていないのだ。過去の俺(キョウ)が修行している時に使用していたという治癒術はともかく弓すら持ったことのない人の狙撃能力のデータをどうやって蒐集したのだろうか。記憶喪失だった頃の俺(なな)の戦闘データに分析結果がなかったことも気になる。きっとそれが組織の情報源に繋がっているのだろう。でも、情報が足りず、情報源の尻尾を掴むことができない。

「他に何か気になったことは?」

「……すみません。それ以上のことはわかりません」

 もう少し情報が欲しくて聞いてみたが西さんは申し訳なさそうにしながら首を振った。当時の彼女は混乱していただろうし、最初にうろ覚えだと言っていた。これ以上の情報を求めるのは酷だろう。

「他に何か気になったことはない? 西ちゃんが正気に戻った原因とか」

 その時、メモ帳に何かを書き込んでいた母さんが西さんに質問する。確かに俺の名前や能力を研究していた時は全く違和感を覚えなかったのにレポートを読んだだけで正気に戻るとは考え辛いのである。何か原因があったかもしれない。

「原因……」

「原因じゃなくてもいつもと違ったこととか」

「……そういえば、普段の研究員の人たちは忙しそうだったのにあの日は妙にゆっくりしてたような気がします」

「つまり、研究がひと段落したってこと?」

「そう、なのかもしれません。書類整理もあの日、初めてやりましたし」

 母さんの言葉に頷いた西さんを見て俺たちは思わず顔を顰めてしまう。研究がひと段落したということは“組織の目的を達成する目途が立った”とも言い換えられる。笠崎の陰謀を食い止めたにも関わらず、だ。これはちょっとまずいかもしれない。

「西さん、研究所の場所は?」

 もし、本当に組織の目的を達成する目途が立ったのならば一刻を争う。笠崎は組織の目的を達成するのに俺が邪魔になると言っていた。それは彼らの目的は俺にとって邪魔をするほど都合の悪いことなのだろう。そんな目的を達成する目途が立っているのならば今すぐにでも動き出さなければ手遅れになってしまうかもしれない。

 そう思って質問したのだが何か言おうとした西さんは口をパクパクと動かした後、目を丸くし、すでに青かった顔から更に血の気が引いていく。

「あ、あれ……嘘……」

「ど、どうしたの?」

 誰が見ても正常ではないと答えるほど彼女の様子はおかしかった。さすがに聞かずにはいられなかったのかリーマが不安げに問いかけるとハッとした彼女はリーマに視線を向ける。

「覚えて、ないんです……研究所の名前も、場所も。全然、思い出せないんです」

 そして、顔面を蒼白させながら彼女は言葉を紡いだ。


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