東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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実は12月30日はpixivに東方楽曲伝を初めて投稿した日です。
投稿し始めてかれこれ6年になりました。
これからも東方楽曲伝をよろしくお願いします。


第417話 置いてきた罪

『■■■へ。

 瀕死になれば走馬灯を見てあなたを思い出すかもしれないと期待していましたが、どうやら生きている間にあなたを思い出すことはできないようです。こんな薄情な私を許してください。

 代表は記憶そのものを消されたので望みは薄いと言っていましたがやはりショックが大きいです。なので、こうやって血だらけの手であなたに送る最初で最期の手紙を書いています。遺書、になるのでしょうか。まぁ、どうせ読む人も読ませたい人もいない私にはどうでもいいことなのでしょう。

 あなたが私の好きな人なのか、それとも子供だったのか。はたまた男だったのか、女だったのかわかりませんが私にとってあなたが大切な人であったことは覚えています。写真も映像も何も残っていないのがとても残念です。

 代表の話では他の人はもう少しマシだったようですが、私とあなたは結びつきが強すぎるあまり、あなたの存在そのものが抹消されたらしいです。あなたの存在が消された悲しみもありますが、それ以上に私たちの絆が強かったことが嬉しいです。

 そろそろペンを握ることも難しくなってきました。最後まであなたを思い出せないことが心残りです。私の能力が記憶系の能力であればあなたのことを思い出せたのでしょうか。まぁ、この能力のおかげで何とか生き延び、こうやって手紙を書けたので今回ばかりは感謝しましょう。それに前に記憶系の能力を持っている人にお願いしてあなたのことを思い出そうとしましたが結局失敗に終わりました。それだけ奴の力が強大だったのでしょう。彼女をこの手で殺せないことが残念でなりません。

 私はここで終わりですが、私のような被害者が出ないように願っています。代表、あなたに全てを託します。彼女を、あいつらを――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 封筒の中に入っていた血だらけの遺書はそこで終わっていた。きっと、書いている途中で力尽きてしまったのだろう。読み終えた遺書を封筒の中に戻し、俺はそっとため息を吐いた。

「……ねぇ、これどういうこと? 兵士は雇われてたんじゃないの?」

「さぁな……ただ言えるのはこいつはあの時、あの場所で戦っていたことぐらいだ」

「でも、私たちは誰も殺してない! 手加減はちゃんとした!」

 リーマが声を荒げて叫ぶ。フランを取り返すためにこの屋敷に突入した俺たちは襲い掛かって来る兵士をねじ伏せた。だが、気絶させただけで殺しはしなかった。その、はずなのに俺は頷くことができなかった。その理由はわからない。だが、何となくその答えが地下にあるような気がする。一刻も早く地下に行かなければ(絶対に地下に行っては)ならないと何かが訴えかけてくる。

「……地下に行こう」

 矛盾する警告に俺は地下に行くことを選んだ。このまま帰ったところで奴らに関する情報は出て来ない。ならば、危険だとしても地下に行った方がいい。

「え? でも、色々気になる点が――」

「――いいから」

 不思議そうに首を傾げる弥生の言葉を遮って遺書をスキホに収納し、俺は部屋を出た。翠炎の役目は屋敷の地上部分の探索を手伝うことなのですでに魂の中に帰っている。きっと彼女も俺の態度を見て何かを悟ったのだろう。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 慌てたようなリーマの声と共に後ろからバタバタと慌ただしい足音が2つ聞こえた。だが、俺はそれを無視するように無言のまま、歩みを進める。その途中、廊下に微かに残っていた“血を拭き取ったような痕”をいくつか見つけた。

(ああ、やっぱり……)

「こ、これって……」

 ボロボロになった1階から地下1階へ繋がる階段とその階段に付着した血の付いた何かを引き摺った痕を見つけた。それはまるで血だらけになりながらも必死に階段を這い上ったような血痕。さすがにそれを見てリーマと弥生も気付いたのか言葉を失っていた。そんな2人に視線を向けた後、黙って階段を降りる。下に行けば行くほど鉄臭い匂いが強くなっていった。

 俺たちと兵士が戦闘を繰り広げたせいでボロボロになってしまった地下1階に辿り着き、そのまま何かを引き摺ったような血痕の後を追いかけると何の変哲もない壁に突き当たった。その壁を手で押すと隠し扉になっていたのか壁の一部が回転し、その奥に階段を発見する。誰一人声を発することなく階段を降りた俺たちの前にフランが磔にされていた十字架とその周囲に散らばった鎖の破片。そして――。

 

 

 

 

 

 

 ――大量の血が付着した四方の壁が現れた。

 

 

 

 

 

 

「ッ……何、これ」

「酷い……」

 妖怪であるリーマと弥生ですら声を震わせるほど地下2階は酷い有様だった。血はすっかり乾いているが生臭い匂いが充満しており、普通に呼吸するだけで吐き気を催してしまいそうになる。見れば壁に付着した血は地面に近づけば近づくほど血痕が細くなっている。どうやら、この大量の血は天井付近に開いている穴全てから滴り落ちたらしい。あの穴には兵士たちが潜伏していた。つまり、この血はあの穴の中にいた兵士たちのものなのだろう。誰かが片づけたのか穴の中に死体はないようだ。

「ねぇ、これってどういう……響?」

「……」

 リーマの問いかけを意図的に無視して何かを引き摺ったような血痕を視線で追うと左の壁の下に水溜りのように広がった血痕を見つけた。その血痕から目を離し、天井付近を見れば他の場所と同じような穴が開いている。あの穴に遺書を書いた(血の水溜りを作った)人が潜伏していたのだろう。

(まさか……あの時――)

 もう一度、遺書に目を通して全てを悟った。

 フランを助けるために地下2階に向かった俺はボイスチェンジャーを使って話しかけてきた奴と四方の天井付近にいくつも穴を開け、そこに潜伏していた兵士たちに囲まれた。そして、ボイスチェンジャーにフランを殺すと言われ、暴走してしまった。その後、フランのおかげで正気に戻り、地下1階で戦っていた霊奈とリーマを助けるために周囲の様子を確かめる間もなく、すぐに地下2階を後にした。そこに広がる惨状とたった独り生き残った生存者を残して。

「響? ねぇ、大丈夫? 響!」

 俺の様子がおかしいことに気付いたリーマが慌てた様子で俺の肩を揺らすがそんなことすら気にしていられなかった。頭の中で遺書の文章と目の前に広がる光景がグルグルと混ざり合い、認識していなかった事実がその姿を現し、視界が狭くなっていく感覚に陥っていく。ああ、あの何かからの警告は正しかった。何かはこの事実は俺が知らなければならないことで、知ってしまえば己の罪を自覚し、絶望すると知っていたのだ。

「――、――! ――!」

「――! ――――、―――――――!」

 リーマと弥生が何か叫んでいるが俺の耳は仕事を放棄してしまったのか彼女たちの声を聞き取ることができなかった。

(俺は……この人を――)

 何があったのか覚えていないがおそらく暴走した俺が穴に潜伏していた兵士を全員“殺した”。だが、この遺書を書いた人だけは能力のおかげで何とか生き延び、自力で穴から脱出して地面に体を打ち付けた。その拍子にこの血の水溜りを作ったのだろう。その後、瀕死の体に鞭を打ち、地下2階から地下1階へ、地下1階から1階へ這い上り、廊下を張って部屋まで戻った。そして、最期の力を振り絞って遺書を書き、その途中で息を引き取った。

 もし、あの時、俺がもう少し周囲の様子を確かめていれば。

 もし、あの時、生存者に気付いていれば。

 もし――。

 そんな『たられば』を並べたところで過去を変えられないことぐらいわかっている。だが、それでもそう思わずにはいられない。なぜなら――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺はあの時、殺人を犯した上に助けられたはずの命を見捨てたのだから。

 


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