東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第419話 遺書の罠

『え……それってどういう?』

 雅の言葉を繰り返す弥生だったが彼女自身、すでにその意味を理解しているのだろう。その証拠に弥生の声は微かに震えていた。そんな弥生を見てため息を吐いたリョウは面倒臭そうに口を開く。

『そのままの意味だ。遺書を書いた奴が死んだ後、何者かが遺書を封筒に入れ、死体を片づけた。おそらく地下の死体を処理したのもそいつだ』

『けど、お兄ちゃんが雅ちゃんを助けに行った後、私たちを囲んでた兵士たちは少ししたらどこかに行っちゃったからあのお屋敷には誰もいなかったはずだよ? さすがに地下の死体を1人で片づけるのは無理なんじゃない?』

 地下2階の死体は数もそうだが天井付近の穴の中で死んでいたため、片づけるためには最初に穴から死体を引っ張り出さなければならない。その作業を1人で行うのは些か無茶である。それに屋敷に誰かが戻ってくる可能性もあったため、ゆっくりと作業している暇はなかったはずだ。その証拠に廊下の血痕は一目見ただけではわからない程度には片づけていたのに地下に残っていた血は放置されていた。

『いや、当時の話を聞いた限りではたった1人だけ屋敷に残っていたかもしれない奴がいる』

『……響にボイスチェンジャーを使って話しかけた人――代表が死体を片づけたってこと?』

 リョウの発言にいち早く反応したのは雅だった。当時、彼女はガドラに呼び出され、屋敷から少し離れた山の山頂付近にいたため、フランの救出には参加していない。だからだろうか、事件が終わり、生活が落ちついてきた頃になって何があったのか皆に聞いてまわっていた。そのため、フラン誘拐の首謀者であるボイスチェンジャーを知っているし、彼女もボイスチェンジャーに誘拐されたことがあるのですぐに名前が出てきたのだろう。

『さすがに1人じゃ無理だろう……だが、あの女の話を聞く分には協力者が多いみたいだから代表が人を集めて片づけさせたとしか考えられない』

 望が言っていた兵士は雇い主である代表と話してやる気になっていたが所詮、雇われ兵士だ。戦況が悪くなれば逃げてもおかしくはない上、死体の片づけまでやろうとする兵士はいないだろう。その反面、代表の協力者は代表の命令ではなく、遺書を書いた人のように自分の意志で動いている。きっと代表と協力者の目的が一緒なのだろう。自ら兵士に志願した人がいるのだ、目的を達成するためならば死体の処理すらこなしてしまう人がいてもおかしくはない。他の皆も彼の考えに納得したのか誰も反論せず、頭の中で情報を整理しているようだった。

『うーん……なら、遺書を封筒に入れたのは別の人なのかな。最初は代表が入れたと思ってたんだけど』

 そんな中、霊奈だけは首を傾げながら遺書と封筒を手に取り、その2つを見比べるように天井の照明にかざした。だが、不審な点はなかったのか残念そうに息を吐いてすぐに遺書と封筒をテーブルに置いてしまう。

『多分、遺書を封筒に入れたのは代表で合ってるよ』

 霊奈の意見に頷いたリーマへ全員の視線が向けられる。まさか注目されるとは思わなかったのか彼女はビクッと肩を震わせた。

『ぅ……え、えっと、結局のところ推測にすぎないんだけど……』

『構わん、今までの話し合いだって全部推測だ』

『……この人は遺書を書いてる途中で力尽きたんだよね? そして、誰かが封筒を用意して血だらけの遺書を入れ、隠すようにベッドのシーツの下に隠した。まるで、屋敷を訪れる誰かに託すように』

 そこまで言ったリーマはテーブルの上に置いてあった封筒を持ち、皆に見えるように掲げた。そこには『■■■へ』と書かれている。

『それに加えてこの塗り潰された名前。この字だけ遺書の文字と筆跡が明らかに違うよね』

 リーマの言う通り、遺書の文字は丸みを帯びており、どこか女性らしさを感じる字だった。それに対し、封筒の唯一塗り潰されていない『へ』は達筆ながらも力強い印象を受ける文字だった。封筒の文字は一字しか見えないため、断言はできないが遺書と封筒の文字を書いたのは別人であると予想できるほどには筆跡が異なっている。

『きっと、封筒に遺書を入れた人はこの遺書を誰かに読んで欲しかった』

 遺書に書かれた『■■■へ』を真似るように書かれた封筒の『■■■へ』。遺書を読んだとしてもわざわざ封筒を用意した上、『■■■へ』と書くようなことは普通しないだろう。遺書を書いた人の事情を知らなければ。

『この遺書を書いた人と親しい関係で、兵士に志願した理由を知っていて……あの屋敷に私たちが訪れることを予測できた人。そんな人、たった1人しか思いつかない』

『じゃあ、なんだ? 代表は俺たちがあの屋敷に行くことを知ってたってのか?』

『……まぁ、否定はできないか。向こうはこちらの手の内をほとんど把握されていたし、行き詰って屋敷を調べることぐらい容易に考えられる』

 ドグが眉を顰めて確認するように問いかけ、リョウもため息交じりにその問いに頷く。奴らはこの時代に来たばかりの桔梗の情報すら持っていた。情報戦ではこちらが圧倒的に不利。敵の情報源を特定しない限り、ずっと後手に回ってしまうだろう。

『でも、代表はなんで罠を仕掛けなかったんだろう。警戒してたとは言え、遺書だけ残すなんて』

『……ああ、そっか。だから、“残していったんだ”』

 弥生の呟きを聞いた雅は何か閃いたのか納得したように言葉を漏らした。そして、リーマが持っていた封筒を奪うように取り上げ、テーブルの上にあった遺書をその中に入れ、立ち上がる。そのまま居間を出てしまった。

『代表は遺書を残したのはこの人の無念を私たちに知って貰うため……でも、もう1つだけ目的があった』

 独り言のように言いながら階段を登る雅。彼女の後ろから困惑しながらもその後を追う皆の足音が聞こえる。

『それは“誘導”。響たちを地下2階に向かわせ、殺人を犯した上に生存者を見殺しにした事実を響に突きつけるため。実際、遺書を見つけた響はすぐに地下に向かい、大量の残っていた血痕を見て事実を知ってしまった』

 そこでガチャリ、と扉の開く音が脳裏と鼓膜を同時に震わせる。真っ暗だった部屋に光が差し込み、そちらに視線を向けると遺書の入った封筒を持った雅が俺をジッと見つめていた。彼女の後ろには心配そうにこちらを見ている望や厳しい目を向けるリョウもいる。位置的に見えないが他の皆もいるはずだ。

「敵は同情と罪の意識で響の戦意を喪失させたかった……でも、その様子だと案外、大丈夫そうだね。喝を入れようと思ったけど無駄だったみたい」

「……まぁ、何とか、な」

 苦笑を浮かべる雅にそう言って手に持っていた博麗のお札を机に置く。その周囲には大量生産した博麗のお札が散乱していた。

 確かに認識していなかった己の罪を目の当たりにして動揺しなかったわけじゃない。こうして、作業に没頭していなければ罪の意識に囚われてポッキリと折れてしまっていたかもしれない。会議を彼女に任せたのは申し訳ないが俺には多少なりとも時間が必要だった。だが、そのおかげで心の整理がついた。

 奴らの目的は未だにわからない。遺書に書いていた“彼女”や“あいつら”という言葉が関係しているのだろう。そのためにあの手この手を使って俺を無効化しようした。

「でも、俺たちは屈しなかった。だから、殺そうとした。もしかしたら、屋敷の仕掛けは本来、もう少し早く作動するはずだったのかもしれない」

 奴らの情報収集能力は凄まじいが笠崎が『装着―桔梗―』を知らなかったようにところどころ穴があった。下手をすると俺たちが気付いていないだけで他の場所にも奴らは罠を仕掛けていたのかもしれない。

「今まで奴らが俺を襲う理由はわからなかったし、その理由を考えようともしなかった。襲われたから戦った。だが、向こうにだって何か理由や事情があるはずなんだ。それこそ、死んでも成し遂げたい目的が……俺は、それが知りたい」

「……知ってどうする」

 腕を組んで睨むように俺を見ていたリョウが小さな声で問いかけてくる。

 望たちを人質に俺を仲間にしようとしたり、殺そうとしたり、戦意を喪失させようとした。その全ては目的を達成するために俺に手出しをさせないようにするためだ。

「一度だけ俺に協力するように言っていた。なら、まだ可能性はゼロじゃない。だから、まずは奴らの目的を――」

 その時だった。机の上に置いてあった俺のスマホが音を立てて振動する。未だに部屋は真っ暗だったせいかスマホの光がどこか妖しく輝いていた。画面を覗き込むと『影野 悟』と表示されている。皆に目配せした後、電話に出た。

「もしもし?」

『もしもし、響! 大変だ! ネット見ろ!』

「……何?」

 珍しく声を荒げた悟に思わず目を細めてしまう。他の皆も悟の声が聞こえたのか首を傾げながら顔を見合わせている。何があったのかわからないがあまり嬉しい知らせではないらしい。そっとため息を吐いた後、パソコンの準備をするように『式神通信で』で雅に指示しながら色々と喚いている悟を落ち着かせた。


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