「抹殺……でも、なんでそんなことを」
「答えならそこに書いてるだろ」
リーマの疑問にドグがテーブルの上に置いてある遺書を指さした。この遺書を書いた人は事情があったとはいえ紫に大切な人の存在そのものを消されてしまった。それだけでも十分、復讐する動機になる。
「そもそもあの人をどうにかできるの? 隙とかなさそうなんだけど」
「効くとは思えないが代表には人を洗脳する能力がある上、笠崎も謎の技術力を持っていた。どちらにしても敵の戦力を把握できていない今、具体的な方法を考える必要はない。杞憂に終わってもいいから最悪の事態を考えるべきだ」
意外そうに呟く雅を嗜めるように言ったリョウは確信が持てない現状、最悪の事態と言葉を濁したが紫があの映像を放置している時点でほぼ間違いないだろう。
『じゃあ、幻想郷が手遅れなのはどうしてなんだ?』
今まで黙っていた悟の声が携帯から響く。彼も仕事に追われているので話し合いはこちらに任せていたのだろう。
「紫は自由に外の世界と幻想郷を行き来できるけどそんな頻繁に外の世界に来るわけじゃない。文化祭の一件でこっちに来た可能性もあるが……どちらにしても敵はすでに幻想郷に侵入する手段を手に入れてるはずだ」
「え、幻想郷に行き来できるのは紫さんとお兄ちゃんだけだよね? さすがに謎の技術力がある組織でもそこまではできないと思うけど」
「忘れたのか? 相手は俺のドッペルゲンガーを作ったんだぞ」
俺や紫の能力をコピーすればスキマを使えるだろうし、紫本人を操れるかもしれない。リョウも言っていたが笠崎が幻想郷に侵入できる機械を作っていた可能性だってあるのだ。少なくとも西さんの催眠が解けた時点で奴らは外の世界でやれることを全て終わらせたことになる。つまり、奴らの目的が妖怪の殲滅、及び幻想郷の崩壊であるならば幻想郷への侵入に成功、もしくは侵入する目途が立ったのだ。
「えっと、整理すると敵の組織は遺書を書いた人みたいに八雲 紫や妖怪みたいな存在を恨んでる人たちばかりで、復讐するために妖怪たちを滅ぼそうとしてて……確証はないけど、映像が流れた時点で八雲 紫が動けない状況に陥ってるってわかるからこのまま放置すれば幻想郷は崩壊。しかも、相手はすでに幻想郷に侵入する手段を持ってる、って感じ?」
「だいたいそんな感じだ。物証に頼った推測に過ぎないけど辻褄は合ってるし、奴らが俺を引き込もうとした理由も納得できる」
確認するようにまとめてくれた弥生に頷いてみせる。外の世界と幻想郷を自由に行き来できるのは紫と彼女の能力をコピーできる俺だけだ。俺を仲間にすれば幻想郷へ簡単に侵入することができる上、俺自身、幻想郷に住む皆と面識があるため、何か事件を起こさない限り、警戒されることもないだろう。
だが、彼らは協力の申し出方を間違えた。俺を脅迫するのではなく、きちんと事情を説明し、同情を誘えばまだ可能性はあったのだ。そして、何より動くのがあまりにも遅かった。奴らが接触してきた時点で俺は幻想郷の住人たちと親睦を深め、身内と認識していた。奴らが俺を引き込むためには説得は難しいと思うが幻想郷へ迷い込む前に俺に接触するべきだったのである。まぁ、不気味なほど俺に関する情報を持っている彼らが幻想郷に迷い込む前に接触してこなかったのは俺を仲間にすることはさほど重要なことではないからなのだろう。
「情報が少ないせいで確証が持てないのは痛いが今のところ、そう仮定して行動するしかないだろう。さて、次の議題は今後の方針についてだ。奴らの目的が妖怪や幻想郷であるならばあまり時間は残されていない。だが、問題は――」
「――『魂共有』の影響で『コスプレ』ができないことだ」
リョウの言葉を引き継ぐようにはっきりと答えた。今、優先するべきことは映像によってネットに広がった噂の鎮火と幻想郷内部の調査だ。もし、本当に奴らが幻想郷の内部へ侵入できたとしたら映像を何とかしても結局、幻想郷は内部から破壊されてしまう。幻想郷には妖怪はもちろん霊夢のような強い人間もいる。しかし、八雲 紫を無力化してしまう相手だ。あまりにも分が悪すぎる。一刻も早く彼女たちの無事を確認し、対策を立てなければならない。そのためには幻想郷の内部へ向かわなければならないが『魂共有』のデメリットにより、吸血鬼は自分の部屋に閉じ込められている。そのせいで『コスプレ』が使えず、紫の能力をコピーすることができないのだ。リーマが幻想郷に帰らず、この家にいるのもそれが原因である。
「前に結界の亀裂から中に入ったことがあるけど……さすがに神頼みすぎるか」
「あの事件の後、霊夢がしっかりと結界のメンテナンスをしてたからそう易々と亀裂が入るとは思えないしな」
ドグに襲われた時の話だ。あの頃はドグの主人が俺の本当の父親で今、一緒に住むようになるとは夢にも思わなかった。事件を起こした張本人は霊奈にお茶のおかわりを要求しているが。
『翠炎で『魂共有』の発動をなかったことにはできないのか?』
「さすがに日にちが経ちすぎてる。それにあの時は翠炎も使えなかったから当時の魂波長に戻すと何か問題が起きるかもしれない。できれば最終手段にしたい」
「と、なると吸血鬼が部屋から出て来るのを待つしかないけど……」
雅の呟きにここにいる皆は押し黙ってしまう。実はいつ吸血鬼が解放されるのかわかっていないのだ。『魂共有』や『禁じ手』を使ってもさほど問題はないがたとえ分身でも同時に『魂同調』をすれば凄まじい負荷がかかるのである。彼女が解放されるのは明日かもしれないし、1か月後、1年後だってありえるのだ。吸血鬼が解放されるのを待つのも得策ではない。他の皆もいいアイディアが浮かばないのか会議は停滞してしまった。
「……あのー」
その時、腕輪に変形してずっと俺の傍にいてくれた桔梗が不意に声を漏らした。何事かと皆の視線が俺の右手首に集まる。すぐに彼女は人形の姿に戻り、俺の膝の上に座った。
「桔梗、何か思いついたのか?」
「一応……ですが、上手く行くかわかりませんしマスターを危険な目に遭わせてしまうのであまりお勧めできないです」
「それでいいから教えてくれ」
「……わかりました、というよりマスターがどうして気付かないのかちょっと不思議なんですけど……『時空を飛び越える程度の能力』を使って幻想郷の中に飛べばいいんですよ」
「……だが、この能力はかなりコントロールが難しい。前に実験した時は上半身と下半身が分断されたし」
能力が『時空を飛び越える程度の能力』に戻ったのはつい最近のことであり、未だに思うように能力を使うことはできないのだ。過去から現代に戻ってきた時も俺の意志で能力を使ったわけではない。
「えっ……ま、マスター、体は大丈夫なんですか!? 傷は!? 痛みは!? 後遺症は!?」
「い、いや……翠炎のおかげで何ともないよ」
大声を上げながら俺の腰にしがみ付いて傷の有無を確かめる桔梗を引き剥がす。心配してくれるのはありがたいが少しばかり過保護気味である。きっと、彼女の中ではまだ俺は
「でも、亀裂の出現や吸血鬼が解放を待つよりは確実だ。時間跳躍までは無理だが、幻想郷の中に移動するだけならできるかもしれない。桔梗、助かったよ」
「い、いえ! マスターのお役に立てて光栄です!」
引き剥がした桔梗の頭を撫でながらお礼を言うと彼女は嬉しそうにはにかんだ。とにかく今は『時空を飛び越える程度の能力』を少しでもコントロールできるように頑張るしかない。
『じゃあ……続きは響が能力をコントロール出来た後だな。こっちは何とか噂を鎮火してみる』
「あ、悟さん、待ってください! もう一つ頼みたいことがあるんです」
『ん? どうしたの、師匠』
「確実とは言えませんがもしかしたらお兄ちゃんの推測を裏付けられるかもしれないんです」
電話を切ろうとした悟を望が呼び止めた。何も情報がない時点でこれ以上どうしようもないはずだが何か思いついたらしい。
「笠崎先生を調べてください。特に家族や友人、女性関係について」