東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第423話 残滓

「……」

 目を閉じ、深く呼吸して集中する。思い浮かべるのは5メートル先に置いてあるカラーコーン。頬に伝う汗に意識を取られそうになるが気合いで無視して能力を発動。胸の奥からごっそりと地力が何かに奪われる感覚を覚え――。

「ッてぇ」

 ――突然、背中に凄まじい衝撃が走った。思わず、うめき声を漏らしてしまう。じんじんと痛む背中を擦りながら体を起こし、そっとため息を吐く。空を見上げれば綺麗な星空が広がっていた。数分ほど空を眺めた後、立ち上がって周囲を見渡すと10メートルほど先にカラーコーンを見つけた。その奥から桔梗が慌てた様子で飛んでくる。

「マスター、大丈夫ですか!?」

「ああ……でも、なかなか上手くいかないな」

 屋敷探索、そして奴らの目的がわかった翌日の深夜。早速、俺は『時空を飛び越える程度の能力』を使いこなすためにヒマワリ神社の近くで練習していた。様子見として5メートル先に置いたカラーコーンの傍まで転移しようとしたのだが、結果は惨敗。桔梗が向こうから来たということはスタート位置から15メートル先に飛んでしまったのである。何度か試して上半身と下半身が両断されていないのでまだマシだが使いこなせているとは言えない。

「今日はもう止めた方が……」

「いや、もう一回――」

 スタート位置に戻ろうと踵を返したが疲労が溜まっていたのかバランスを崩してその場で膝を付いてしまう。『時空を飛び越える程度の能力』は1回使うだけでふらついてしまうほど燃費が悪い。そのため、練習を始めてすでに2時間は超えているがまだほんの数回しか練習できていなかった。それに加え、能力を発動するのに時間がかかるので実用的ではない。目的は幻想郷の内部への転移だが、可能であれば戦闘にも活用できるようにしたいところだ。

「……あんまり無理しないでください」

 膝を付いてしまった俺の肩を支えるように寄り添った桔梗はそう言って心配そうにこちらを見上げた。そんな彼女を見て想像以上に焦っていたのだと自覚する。悟が映像の流出を抑え、噂の鎮火に走ってくれているおかげで幻想郷はまだ崩壊していない。だが、それは外の世界の話。内部から物理的に結界を破壊されたら俺たちにはもうどうすることもできないのだ。

「……すまん。今は無理をする時なんだ」

 桔梗に笑って見せ、俺はフラフラと立ち上がり、スタート位置に向かう。本当なら外の世界に住んでいる俺がこうなる前にどうにかするべきだったのだ。それが俺の役目。俺の仕事だ。

 しかし、俺が不甲斐ないせいで幻想郷の皆に危険が迫っている。このまま見て見ぬフリなんてできるわけがない。だから、手遅れ(部外者)になってしまう前に間に合わせたかった(当事者になりたかった)

「……行くぞ」

 スタート位置に辿り着き、目を閉じて深く息を吐いて集中する。背後に桔梗の気配を感じながら地力を練り上げ、能力を使う。どうか、間に合ってくれと願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『師匠、ビンゴだ。笠崎には美香(ミカ)という妹がいたらしくて十数年前に死んでいる。事故死として処理されてるけど……調べる価値はあるかもしれない』

 あの話し合いから数日が過ぎ、昨日の夜に悟さんから笠崎先生の身辺調査の結果がメールで送られてきた。十数年前の話なので今更何かわかるとは思えないが今は少しでも情報が欲しい。そのため、能力で何か見つけられるかもしれない私と私の護衛である雅ちゃん、お父さん、ドグの4人は電車で数時間ほどかけて笠崎先生の妹さんが死んだ村にやってきた。

「……さむっ」

 季節は11月初め。そろそろ本格的に冬が始まる上、今日は風が強く、駅から出た私はブルリと体を震わせてしまう。お兄ちゃんの言う通り、コートを着て来ればよかった。

「望、どうしたの?」

「み、雅ちゃんはさ、寒く、ないの?」

「へ? 別に……逆に暑いくらいかな」

 お兄ちゃんの忠告をきちんと聞いてコートを着ていた雅ちゃんだったが震えている私を見てコートを脱ぎ、こちらに差し出した。実は学校でお兄ちゃんの次に人気のある雅ちゃんだが、こういうことを自然とやっちゃうところが原因なのだろう。私も少しだけドキッとしてしまった。

「あ、ありがと……って、なんかめちゃくちゃあったかいんだけど!?」

「そう?」

 不思議そうに首を傾げる雅ちゃんだったがこれは異常だ。コートの内側にカイロを貼りまくってもここまで温かくなるとは思えない。試しに彼女の頬に両手を当ててみれば明らかに人の体温を越える熱さだった。

「雅ちゃん、熱! 熱あるよ、これ!」

「はぁ? 具合なんて悪くないけど……」

「でも、この熱さは変だって。ほら、お父さんも触ってみてよ」

「……ああ」

 お父さんの身長では手を伸ばしても雅ちゃんの頬に届かないので脇に手を突っ込んで持ち上げる。そんなお父さんを見たドグが後ろでゲラゲラと笑っているが今はそんな場合ではない。雅ちゃんに熱があるのなら急いで帰った方がいいだろう。

「確かに熱いな……具合は悪くないんだよな?」

「うん、気怠さもないし咳も鼻水も出ないよ」

「……もしかして朱雀の影響か?」

『ええ、私の影響よ。体温が高くなるみたい』

 彼女の呟きにしれっとした様子で答える朱雀。それなら早く言って欲しかった。でも、雅ちゃんが元気でよかった。

「え、何それ……初めて聞いたんだけど」

『初めて言ったもの。それより早く調査を済ませましょう』

「元はと言えばお前のせいなんだがな……だが、調査と言ってもどこをどう探せばいいんだ? 影野の情報は?」

「うーん、この村で死んだことしかわかってないみたい。もう少し時間をかければわかると思うけど今日は……」

 私がそこで口を噤むと皆はどこか納得したようにため息を吐いた。本来であればお兄ちゃんもここに来る予定だったのだ。しかし、映像の流出によって広まった噂をどうにかするために悟さんが動き始め、その協力を依頼されたのである。内容は詳しく聞いていないが家を出る前のお兄ちゃんの憂鬱な顔を見ただけで碌なことではないことぐらいわかった。

「地道に探すしかないみてーだな」

「一応、能力は使いっぱなしにするね。何かわかるかも――」

 面倒臭そうに呟いたドグにそう言いながら能力を使ったその時だった。私の目の前を誰かが横切る。咄嗟にその誰かを目で追うとくたびれたスーツを着た半透明の男性がどこかに向かって歩いていた。右手に“見覚えのある楽器ケース”を持っている。幽霊、ではない。この場所に残っている誰かの残滓? でも、おかしい。だって、彼は――。

「望?」

「……ごめん。ちょっとついて来て」

 あり得ない。そんなわけがない。そう思いながら私は雅ちゃんの言葉に短く答えた後、彼の背中を追うように歩き出す。彼はすぐに姿を消し、数メートル先に再び現れる。それを何度も繰り返すので彼の背中はすぐに小さくなってしまった。

「待って!」

 慌てて駆け出して彼の後を追う。まさかこんなところで彼の残滓を見つけるとは思わなかった。きっと、残滓が村にこびりつくほど彼はここに通ったのだろう。そういえば夏が来る度、あの人は少しの間だけどこかに行っていた。それがこの村だったのだ。

「はぁ……はぁ……」

 やっと彼が立ち止まった頃にはすっかり息が上がっていた。後ろから雅ちゃんたちの足音が聞こえる。だが、そんなこと気にしていられない。彼はキョロキョロと視線を泳がせ、何かを見つけたのか森の方へ歩き出してしまったのだ。私も彼を追って森の中へ入る。それから数十分ほど森の中を歩き続け、不意に開けた場所へ出た。

「ッ……ここ、は」

 私の前に現れたのは綺麗な池だった。ここからでも池の底が見えるほど透き通っている。その池の畔で彼は嬉しそうに空を――いや、宙を見つめていた。まるで、そこに何かがいるように。だが、それも長続きはしない。静かに何かを見つめていた彼は私の方へ視線を向け、微かに微笑んだ後、スッと消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

「ッ――“お父さん”ッ!!」

 

 

 

 

 

 慌てて彼――お父さんに手を伸ばしながら叫ぶがすでに彼の姿はない。周囲を見渡してもうどこにもお父さんの残滓がないことがわかると力が抜けてしまい、グラリとバランスを崩してしまう。しかし、地面に倒れる前に誰かに両肩を支えられた。顔を上げれば心配そうに私を見る雅ちゃんを見つけた。

「大丈夫?」

「……うん。もう大丈夫」

「お父さんって言ってたけど……リョウのことじゃないよね」

「前の……病気で死んじゃったお父さん」

 お兄ちゃんは父親と母親が2人ずついるが私にとってお父さんは3人、お母さんは1人だけだった。3人と言っても私と血の繋がっているお父さんのことは何も覚えてない。だからこそ、私にとってお父さんは今、目の前で消えた彼だった。今のお父さんは出会ったばかりだし可愛すぎてお父さんとは思えない。だから、やっぱり私のお父さんは彼だけなのである。

「でも、どうしてお父さんがここに――」

「――おや……こんなところで、人に会うのは……久しぶりだ」

 呆然としたまま、呟いていると不意に背後から声が聞こえる。振り返るとどこか懐かしそうに私たちを見つめる中年の男性が立っていた。




なお、お父さんのお話はニコ動に投稿した動画、『ほたる道』を参照。

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