東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

435 / 543
第425話 隙間の真実

「どうして、聞きたいんだい?」

 私のお願いに対して管理人さんは訝しげな表情を浮かべながら問いかけてきた。いきなり死んだ女の子について聞いてきたら誰だってその理由を聞くだろう。特に彼の場合、大切な池で溺れ死んでしまった子に思い入れがあってもおかしくはない。もちろん、理由を聞かれることは予想していたのであらかじめ用意していた言い訳を口にする。

「私たち、数日前に行方不明になった笠崎という男性について調べていまして……彼の妹さんがこの村で亡くなったとわかり、少しでも笠崎先生の行方の手がかりが欲しくてここまで来たんです。もしかしたらその女の子が先生の妹さんかと思って……」

 幸いにも私と雅ちゃんは笠崎先生が担任を務めたクラスに属していた。彼の行方を探す理由としては十分だろう。

「先生? 彼は先生になったのかい?」

「管理人さんの言う彼が先生ならそうです。お願いします、先生の行方がわかるかもしれないんです。些細なことでも構いませんので教えてください」

 再度、お願いすると彼は少しだけ考えた後、小さくため息を吐き、チラリとリョウ(お父さん)の方を見た。あまり子供(実際には大人だが)に聞かせる内容ではないらしい。

「……あれは10年以上前かな。その頃から蛍の季節になったら雷雨さんと毎年、ここでお酒を呑んでいてね。でも、彼が来る具体的な日とかは毎年バラバラで、まだ連絡先を交換してなかったから僕は蛍の季節になったら毎晩、ここに来るようにしていたんだ」

 しかし、リョウ(お父さん)の子供らしくない目つきと態度から彼女にも話して大丈夫だろうと判断したようだ。そう言えば、お父さんは毎年、夏に数日ほど家を空けていたが年によって空ける日とその期間はバラバラだったような気がする。

「蛍が現れるようになって数日が経った頃、いつものように蛍を見ながらお酒を呑んでいたんだ。すると、背後でいきなり草むらが揺れる音がしてね。雷雨さんかなって思いながら振り返ると高校生くらいの男の子とその手に引かれる小学生くらい女の子が驚いた顔で僕を見ていたんだ」

 『いやぁ、あの時は吃驚したよ』と懐かしそうに笑っていた管理人さんだったがすぐに目を伏せてしまう。彼はすでに事の結末を知っている。たとえ、それが“何者かによってすり替えられた偽物”であっても女の子が死んだことには変わらない。

「話を聞くと2人は夏休みの間だけ母方の祖父母の家に泊まりに来たんだって。でも、この村って何もないし、夜も真っ暗になるから女の子が寝る直前になって怖くなっちゃって男の子と一緒に夜の散歩をしていたんだ。そして、一匹の蛍を見つけ、この池に辿り着いた」

「あの、やっぱりその男の子と女の子は……」

「ああ、君たちの先生である笠崎くんとその妹の美香ちゃんだよ」

 予想通り、笠崎先生と妹さんもこの池に来ていたのだ。管理人さんの話では妹さんはこの池で溺れ死んでしまったらしいが、おそらくそれは紫さんによってすり替えられた偽物の死因。何としてでも本物の死因を見つけなければ、と能力を発動して彼の話をよく聞く(視る)

「真っ暗な道を怖がりながら歩いていた美香ちゃんの恐怖心も蛍と池の美しさには勝てなかったようで興奮した様子でその光景を褒めていたよ。笠崎くんも感心したように自作したというカメラで何枚も写真を撮っていた。それから2人と途中から合流した雷雨さんも入れて4人で蛍たちを驚かせないように小声で話すようになったんだ」

 まさかお父さんも笠崎先生や妹さんと会っているとは思わず目を見開いてしまう。能力に反応はないのでここまで紫さんの介入はない。私の能力は穴を見つけても見つけなくても能力を発動するだけで脳に負担がかかる。出来れば早めに手がかりを見つけたいのだが。

「雷雨さんが帰ってからも3人で会う日々が続いて……ある日、僕は夏風邪にかかってしまってね。それが結構、酷い風邪でとても出歩ける状態じゃなかったんだ。最初に2人と会った次の日から森に入る前に待ち合わせしてたから、家の者に笠崎くんと美香ちゃんの家に『今晩は行けないから君たちも行かないように』と伝言を頼んだんだ。未成年……しかも、美香ちゃんはまだ10歳だったから夜道は危ないからね。でも、美香ちゃんはどうしても蛍を見たくて笠崎くんを含めた家族全員が寝静まるのを待ってこっそり外に出ちゃったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 ――笠崎先生と妹さんは家族全員が寝静まるのを待ってこっそり家を出た。

 

 

 

 

 

 

 その時、今まで何も反応を示さなかった能力が発動し、瞼の裏に真実の光景を映し出す。家を出る直前、若い頃の笠崎先生が靴を履く際に誤って音を立ててしまったのか、美香ちゃんに『しっー』と注意されていた。それに対して笠崎先生も笑いながら『しっー』と人差し指を唇に当て、2人でくすくすと笑う。たったそれだけで仲の良い兄妹だったことがわかる。そのまま2人は楽しそうに笑いながら手を繋いで蛍に導かれながら森の中へ入った。

 だが、そんな幸せな光景は長く続かなかった。

 森の中へ入った2人だったが不意に蛍がいなくなってしまったのである。蛍がいなければ池にはたどり着けない。不安で泣きそうになってしまった妹さんだったが笠崎先生がポケットから小さな板状の機械を取り出すのを見てホッと安堵のため息を吐いた。その板状の機械には見覚えがある。あのグラウンドの死闘で笠崎先生が持っていた端末だ。

 先生は端末を操作してある方角を指さした。家の方向か、それとも池を目指すのかわからないが2人は先生が指さした方へ歩き出す。その刹那、彼らはビクッと肩を震わせ、周囲をキョロキョロと見渡し始めた。音がないので詳しくはわからないが聞き慣れない音を聞いたらしい。妹さんは泣きそうになりながら先生の手を引っ張って何か話している。何の音か聞いているのかもしれない。先生もその正体がわからなかったようで首を横に振り、警戒しながら彼女の手を引いて再び歩き始めた。

 そして、音を聞いてからほどなくして目的地である池に辿り着く。だが、池には蛍が一匹もおらず、2人は目を丸くして驚いていた。蛍がいなくて悲しげに俯く妹さんと彼女の頭を撫でながら笑って励ます笠崎先生。数分ほど待っても蛍が現れず、そろそろ帰ろうと踵を返した瞬間、再び彼らの肩が跳ねる。また、何かを聞いたのだ。しかも、先ほどよりも音の発信源が近かったのか笠崎先生は更に警戒心を強め、妹さんに話しかけた。

『―――ッ!? ――! ――――!』

 妹さんは目を見開き、笠崎先生の足に抱き着いて何度も首を横に振る。どうやら、森の中に何かがいて先生が先に行って安全を確かめるために妹さんにここで待つように言ったらしい。

『――――。―――。―――――――』

『――――! ―――――ッ! ――!!』

『―――。――――――』

『…………――』

 それを嫌がった妹さんだったが先生の説得で最終的には頷いた。今にも泣いてしまいそうな彼女に笑ってみせた先生は端末を操作して猫型のロボットを出現させ、妹さんに手渡した後、1人だけで森の中へ消えていく。妹さんは猫型のロボットを抱きしめ、池の畔に座りロボットに話しかけながら兄が帰って来るのを待ち続けた。

 どれほどの時間が過ぎただろう。いつしか猫型のロボットに話しかけることすらしなくなった妹さんだったが不意に後ろを振り返った。

『――?』

 猫型のロボットを抱きしめながら立ち上がり、森の中へ声をかける。物音を聞きつけて先生が帰ってきたと思ったらしい。だが、森の中から現れたのは先生ではなく、狼の頭と熊の体を合体させたような不気味な生き物――妖怪だった。妖怪の出現に声すら上げられなかった妹さんは猫型のロボットを落として半歩だけ後ずさる。それが合図となったのか一度の跳躍だけで妹さんの目の前に移動した妖怪が鋭い鉤爪を無造作に突き出す。鉤爪はズブリと妹さんの腹部を貫き、大量の血が周囲を赤に染める。腹部を貫かれた彼女は数秒ほどガクガクと痙攣した後、動かなくなり、妖怪は乱暴に腕を振るって妹さんの死体を池に捨て、森の中へ消えた。池は妹さんの血でどんどん赤に染まっていき、猫型のロボットが飼い主の姿を探すように周囲を歩き回っている。

『―――――?』

 それからしばらく経った頃になって先生が池に帰ってきた。妹さんの姿がどこにもなく、慌てて猫型のロボットに近づき、端末と猫型のロボットをケーブルで繋いだ。そして、猫型のロボットに記録されていた先ほどの惨劇が端末に映し出された。その映像を見た先生は端末を落とし、池の中へ入る。

『――! ――――――!!』

 池に沈んでいた妹さんの死体を抱え、陸にあがった彼は何度も彼女に話しかけながら必死に人工呼吸を繰り返す。だが、妹さんが息を吹き返すことはなかった。

『…………』

 妹さんの死体を抱きしめながら泣き喚く彼の背中を紫さんが静かに眺め、不意に扇子を横薙ぎに振るう。すると、テレビの電源が落ちるように真実の光景はそこで途切れてしまった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。