東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第429話 撮影

「ここだ」

 立派な建物の中に入り、悟に案内されたのは大きなスタジオだった。すでに撮影する準備は終わっているのかスタジオの中央には巨大なランニングマシンのようなものとそれを囲うように無数のカメラと証明が設置されている。なお、執事さんと幹事さんは別の用事があるようで撮影が終わった頃に迎えに来るそうだ。

「誰もいないみたいだけど」

「さすがにお前が暴れる姿をO&Kの社員に見せるわけにはいかないからな。固定カメラで何とかなるし」

「そうなのか?」

「とりあえずついて来てくれ」

 バッグからクリアファイルを取り出した悟はスタジオの中央へ歩みを進めた。車内ではあんなこと言ったが、やはりというべきか少しだけ緊張している。文化祭など今まで何度か人前に出たことはあるがこうやって自分の意志で出るのは初めてなのだ。

「概要を説明するぞ」

 そんな俺に気付いていないのかクリアファイルから数枚の書類を取り出す悟。とにかく今は悟の説明に耳を傾けよう。そうすれば緊張も多少薄れるはずだ。

「まず、お前にはこのランニングマシンに乗ってもらう」

「これ、本当にランニングマシンだったのか」

 スタジオの入り口から見ただけでも既存のランニングマシンとは比べ物にならないほど大きいのはわかっていたが間近で見るとより実感できる。幹事さんの話では悟は昨日まで俺に協力を仰ぐのを渋っていた。だが、準備だけは進めていたのだろう。そうでなければこんな巨大なランニングマシンを1日足らずで準備できるわけがない。

「そして、走る速度に合わせてこちらで用意したホログラムがお前の前に現れる」

「ホログラム?」

「まぁ、的みたいなもんだ。お前はただそれを殴るなり、斬るなりすればいい。ただ手加減はしてくれよ? 踏みこみでランニングマシンが壊れたらおしまいだからな」

「それはもちろんだけど……それだけでPVになるのか?」

「さすがに撮った映像のまま公開するわけないだろ。ホログラムを倒すお前の動きに合わせて敵を合成するんだ」

 そう言って彼は手に持っていた書類の1枚を俺に差し出す。受け取って目を通すとそこにはデフォルメされた俺らしき絵がゴブリンっぽい敵を殴っている絵が描いてあった。そして、その下にはその映像を加工しているデフォルメされた悟らしき絵も添えてある。

「ランニングマシンはお前の走る速度に合わせる。でも、速度が速ければ速いほどホログラムの出現も速くなる。時間はそれなりに取ってるからその辺はやりながら調節してくれ」

「わかった」

「あのー……私はどうすればいいんでしょう?」

 物は試しとランニングマシンに乗ろうとした矢先、腕輪から人形の姿に戻った桔梗がおそるおそる悟に問いかける。車内で悟に協力してほしいと言われた彼女は移動中、嬉しそうにしていた。だが、彼から何も指示されなかったので不安になってしまったのだろう。

「ああ、ごめんごめん。桔梗ちゃんは響のサポートをお願い。音声は入らないから自由に話しても大丈夫だよ。頑張ってね」

「はい、精一杯頑張ります! さぁ、マスター! 行きましょう!」

 気合を入れて頷いた桔梗は俺の手を掴んだ。そのまますごい力で引っ張られ、ランニングマシンの上に乗った。一先ず、動きやすいようにスキホを操作していつもの制服姿になる。

「あ、すまん。制服はなしで」

 だが、その直後に悟から声がかかった。俺の制服は高校のそれを改造して造られているので制服から身元がばれてしまうかもしれない。それだと後々面倒なことになるので制服は着ないでほしいとお願いされてしまった。。

「では、【着装】しますか? そちらの方が作りものっぽいですし」

「あー、それもなし。桔梗ちゃんは合成ってことにしてるから」

 桔梗の提案も悟に却下されてしまった。

 少しでも早くPVを完成させるために映像を編集するスタッフを大勢、O&Kに待機させているらしい。更に細かく工程を分けることで作業の効率化を図り、その役割分断もすでに終えており、その最初の工程が『桔梗の合成』だそうだ。そうすることで映像を編集する人は映像に桔梗が映っていても『別な人が合成した作りもの』だと勘違いする。だからこそ、桔梗が映っていても問題ない。

 しかし、その反面、『着装―桔梗―』は技術的に難しいらしく、それを見られてしまったら桔梗が合成ではないことがばれてしまう可能性が高いそうだ。変形は大丈夫みたいだから

「じゃあ、このままやるか? 完全にゲームの世界観を壊してるけど」

 先ほどの書類にはゴブリンの絵が描かれていた。きっと、ファンタジー風のゲームなのだろう。そんなゲームのPVに現代の服を着た俺が出ていたら世界観がめちゃくちゃになってしまうはずだ。

「……いや、ありかもしれない」

「何?」

「このゲームはVRゲーム……お前が現代の服を着てPVに出ることで現実世界から仮想世界へ飛び込んでいるように見えるはずだ。それを基になにかキャッチコピーみたいなものを画面に出せば……うん、全然あり。むしろ、そうした方がいいような気がして来たぞ」

 そう言いながら興奮した様子でメモ帳にガリガリとアイディアを書き込む彼の背中を見て苦笑を浮かべてしまう。例の噂をどうにかするためとはいえ、悟はO&Kの社長。商売に繋がることは見逃せないようだ。

「そうと決まればこのままで行くぞ」

「ん? ああ、頼む。カメラはずっと回ってるからそっちのタイミングで始めていいよ」

 アイディアをメモることに夢中になっている悟に俺と桔梗は顔を見合わせて笑い合った。そして、俺はゆっくりとその場で歩き出す。ランニングマシンのベルトもそれに合わせて動き始めた。

「マスター、私はどのようにしましょう?」

「ホログラムの出現パターンがわからないから後ろを警戒していてくれ。あと、何度か変形してもらうから頼む」

「はい、わかりました!」

 嬉しそうに頷いた桔梗を尻目に少しずつ走る速度を上げた。スタジオは広いといっても限度があるので派手な攻撃はできない。それに魔法も『着装―桔梗―』と同じ理由でNGだ。

「ホログラム、出現しました!」

 桔梗の声で前に意識を向けるとゴブリンのホログラムがこちらに向かってきていた。咄嗟に神力で鎌を創造し、右へ薙ぎ払う。鎌はゴブリンのホログラムをすり抜け、そのまま消えてしまった。それから次から次へとゴブリンが現れ、鎌を振るう。

「マスター!」

 不意に隣を飛んでいた桔梗が叫びながら俺の後ろへ移動し、桔梗【盾】に変形する。どうやら、背後からゴブリンが迫っていたようで桔梗【盾】で防御してくれたらしい。普段は魔眼で周囲を警戒しているが敵はホログラムなので魔眼で感知することができないのだ。

「桔梗、助かった」

「すみません、マスターの戦う姿に見惚れていて気付くのが遅れました!」

「あくまでも相手はホログラムなんだし。失敗してもカットしてくれるさ……さて、じゃあ、そろそろギアを上げるか」

「え?」

 俺の言葉を聞いて呆ける桔梗を見てクスリと笑った後、気合いを入れるために鎌をクルクルと回す。その間にいつもより鎌のリーチを伸ばしておいた。

 今回の目的は魅せること。多少、無駄な動きがあっても問題はない。ランニングマシンの強度も何となく把握できたから壊す心配もないだろう。

「よし……行くぞ」

 その掛け声と共に一気に走る速度を上げ、ギュルギュルとランニングマシンが激しく動く音がスタジオに響く。それに比例するようにゴブリンはもちろん、ウサギやトカゲ、トリのようなモンスターの出現速度も上がった。だが、問題はない。これぐらいなら鎌一本あれば十分に対応できる。

「シッ――」

 走りながら鎌を一閃。数体のモンスターを一撃で屠り、その場で跳躍して突撃してきたホログラムをやり過ごす。

「【拳】!」

 そう言って左手を横に突き出すと隣を飛んでいた桔梗が俺の手に抱き着き、桔梗【拳】に変形した。そのまま軽くジェットを噴出させ、迫ってきていたモンスターたちをまとめて殴る。変形を解除してランニングマシンに着地した。

「次!」

 すぐに駆けだし、モンスターに鎌を振るう。その頃には俺たちを囲む無数のカメラの存在など俺の意識から消えていた。


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