東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第43話 指輪

「森近さ~ん……すみません。魔理沙、見つかりませんでした~」

 慧音の所で休ませて貰い、霊力が回復し傷を治してから早5時間。俺はずっと飛び回っていた。因みに慧音は俺が万屋だとわかると驚いていた。更に射命丸の新聞に載った狂気異変は俺の本名ではなく万屋と書かれていたらしく、質問攻めにあった。

「お? お疲れ、響。依頼か?」

 日も傾き、香霖堂に帰って来た俺を出迎えたのは魔理沙だった。

「ああ、そうなんだよ。ったく、魔理沙の奴どこに……っていたあああああああ!!」

「聞いたぜ? 八卦炉を届ける依頼を受けたんだってな? 丁度、すれ違ったみたいだ。まぁ、こっちがお前を探しに行って会えなかったら困るからずっとここにいたから骨折り損のくたびれもうけだったけどな!」

 わははは~、と大声で笑いながら魔理沙がそう言った。

「……聞くけどいつぐらいからここに?」

「そうだな~。6時間ほど前か?」

「もうちょっとお前が早く来ればあんなのと戦わなくても良かったのに……」

 項垂れて呟いた。まぁ、お礼の金額がそれなりに良かったので文句は言えないが。

「もうちょっとお前が遅く出れば良かったのにな」

 こいつまだ、笑っている。口元がピクピクしているのがその証拠だ。

「まぁ、いい。ほれ、八卦炉」

「おお、サンキュー」

 ポケットから八卦炉を取り出し、手渡した。

「うん。ちゃんと直ってるみたいだ。これでちゃんと弾幕ごっこが出来るぜ」

「そうか……」

 もう、何も言うまい。

「お? 帰って来たかい」

 店の奥から森近さんがやって来た。

「はい、今渡しました」

「貰ったぜ」

「うん。じゃあ、約束通りこの店の中から一つ持って行っていいよ」

「わ、わかりました……けど」

 店を見渡す。カオス。この中からどうやって選ぼうか。

(そうだ。望のお土産として持って行くか……)

 そうなればアクセサリーにしよう。

「私も選ぶの手伝うぜ? どんなのにするんだ?」

「身に付ける物。女の子に似合うのにしてくれ」

「お前が付けるのか?」

「いや、妹に」

「へ~お前、妹がいたのか」

 そんな他愛もない話をしながら物色を始めた。

 

 

 

「これなんてどうだ?」

「……何、それ?」

「さぁ? ネックレスだと思う」

「おかしいよね? うねうね動いてるよね? こっち見て『シャー』って言ってるよね? 完全に蛇だよね?」

 

 

 

「これは?」

「……駄目」

「何でだ? 泳ぐ時とかに着るだろ?」

「いや、スク水って……旧タイプだし」

 

 

 

 

「これでいいだろ? 動きやすそうだし」

「また幻の一品を……ブルマがどうしてここに?」

「へ~そんな名前なんだ。これ」

「それも駄目」

「全く、注文が多い奴だぜ」

「それを持って来るお前もお前だ」

 

 

 

 

 探し始めて1時間。良い物は見つからない。魔理沙は飽きて帰ってしまった。

「どうすっかな~……」

 腕時計を見ると午後4時。そろそろ博麗神社に行きたくなって来た。

「見つかったかい?」

「いえ、まだです」

 途中、良い物もいくつか見つけた。だが、それらは森近さんのお気に入りらしくゆずって貰えなかったのだ。

「そろそろ店仕舞いなんだ。今度、おいで」

「はい、わか……ん?」

 そこで一つの指輪が視界に入る。シンプルな作りに緑色の鉱石が埋め込まれていてそれはとても幻想的だった。

「これは?」

「それは非売品じゃないよ。指輪自体に名前はないけどその鉱石の名前は『合力石』。その用途は『合わせる』らしいけどよく意味がわからないんだ」

「……これにします」

 この指輪なら外の世界でも付けられるし望に似合いそうだ。問題は輪の大きさ。

「ちょっと付けてみますね」

「うん、いいよ」

 森近さんが頷いたのを見て指輪を手に取る。それを右手の中指にはめた。大きさはぴったし。望には少し大きいかもしれないが問題ないはずだ。

「よし」

 自然と口元が緩む。望は喜んでくれるだろうか。そう思いながら指輪を引っ張る。

「……」

 もう一度、引っ張る。

「? どうしたんだい?」

「は、外れません……」

 どれほど力を込めて引っ張っても抜けない。

「それは大変だ! 手伝うよ」

「お、お願いします!」

 森近さんは慌てて俺の指輪を引っ張る。

「いででででで!?」

「す、すまない……でも、これは駄目だね」

 申し訳なさそうに森近さんがそう言った。

「マジですか?」

「うん、輪が少し歪んでいて入れる時はスルッと入ったけど抜くときはガッチリ、指に食い込んでるみたいだ」

「じゃ、じゃあ……」

「何か拍子に外れるかもしれないからそれまで付けたままにするしかないね」

「そ、そんな~」

 その場で崩れ落ちる。望のお土産もそうだが、こんな物を付けていたらより一層、女に見られてしまう。

「だ、大丈夫かい?」

「はい……ありがとうございました」

「う、うん。気を付けて帰ってね」

 項垂れながら俺は香霖堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「だから、それを付けていたのね?」

「そう言う事……外れないかな? いででででででッ!?」

 博麗神社で霊夢にお茶を飲みながら先ほどの事を話した。

「ふ~ん……それにしても『合力石』ね」

「知ってるのか?」

「全然。だけど……何となく貴方にピッタリな気がする」

 湯呑を縁側に置いて霊夢は言い切った。

「何じゃそりゃ?」

「勘よ。その指輪、いつか役に立つ気がする」

 そこまで言って霊夢が急須から湯呑にお茶を注ぎ、湯呑を持ってすぐに啜った。

「そうかい」

 それを追うように俺も湯呑を傾ける。とても、平和だ。和む。

「これから晩御飯だけど一緒に食べる?」

「……いや、帰るよ」

 家で望が待っている。

「そう、わかったわ」

「お茶、ご馳走様」

「お粗末様」

 縁側から外に出てスペルを唱える。

「またな」「またね」

 ほぼ同時に別れを言って俺はスキマに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 近くの公園からようやく家に辿り着いた。玄関の鍵を開け、家に入る。

「ん?」

 時間は午後6時半。そろそろ日が傾き始めた。それなのにどこも電気が付いていない。

「望~?」

 居間に入りながら名前を呼ぶが返事はない。居間にいないようだ。

「……」

 俺はテーブルの上に置いておいた望の昼食を見る。手が付けられていない。

「の、望!」

 望の身に何かあったのかもしれない。俺は慌てて望の部屋へ向かう。

「望!!」

 ノックもせずに突入。そして、目の前の光景に俺は目を疑った。

「の、望いいいいいいいいい!!」

「……」

「ど、どうして! 何故、こんな事に!」

「……」

「そ、そうか……寂しかったのか。最近、依頼が増えて来たから構ってやれなかったもんな……ごめん、お兄ちゃんのせいだ」

「……」

「何か言ってくれよ……望」

「……」

「どうして……どうして、東方なんてしてるんだああああああああああああああああッ!?」

 望はパソコンのディスプレイを凝視して俺の事に気付かない。目を見ると虚ろだ。髪はボサボサ。そう言えば、昨日から望の姿を見ていない。昨日は依頼が長引いて深夜近くに帰って来たからだ。

「ゴメン」

 キーボードを連打する望みを後ろから抱き締める。望の指がピクッと震えた。

「お兄ちゃん……」

 とても小さな声で望がそう言った。

「ああ、お兄ちゃんだ。ごめんな? また寂しい思いをさせて」

「――うん」

 頷く望。それでもまだ自機である霊夢を動かしている。もう廃人にも等しい。

「お前……今、何歳だ?」

「15歳」

「中学何年だ?」

「3年」

「受験だな」

「うん」

 実はそれに気付いたのは一昨日の事だ。幻想郷に行ったり、母が蒸発したり、この前の異変の事で頭が一杯で忘れていたのだ。受験は何かとお金がかかる。もし、私立の高校に入ればもっとお金が必要だ。だから、昨日たくさん依頼を熟した。その結果、望はこうなってしまったのだ。それだけではない。夏休みに入ってからだ。俺はあまり望の事を気にしていなかった。だが、望は母の蒸発を引きずっていたようだ。それも後押しして廃人となってしまった。

「望?」

「……」

「何が食べたい?」

「何でもいい」

「どうだ? 勝てそうか?」

「うん」

 この状態に陥った事は一度だけある。前は勉強だった。声をかけても教科書から目を離そうとしなかった。

「勉強しなくていいのか?」

「うん」

「受験、どこ受けるんだ?」

「まだ決めてない」

 こんな時だからこそ会話する。

「……お兄ちゃんの学校はどうだ?」

「わからない」

「制服がかわいいから。きっと、望似合うよ」

「後で決める」

「そう……ところで何が食べたい?」

「何でもいい」

 画面では霊夢がパチュリーを倒していた。

「今、何やってるの?」

「東方紅魔郷のエクストラをNNNでクリアするつもり」

「NNN?」

「ノーミスノーボムノーショット」

 一度もミスしないでスペルカードも使わず、更には通常弾すら使わない事のようだ。

「そんな事、出来るの?」

「今の所」

 確かに霊夢からはショットは撃たれていない。ただひたすら敵の弾幕を躱していた。

「上手いな。いつから始めた?」

「昨日」

 普通は無理だと思う。後で悟に聞いてみようと決めた。

「さっきのキャラ、名前は?」

「パチュリー・ノーレッジ」

「中バスだったの?」

「うん。ボスはフランドール・スカーレット」

 望が言った刹那、フランが現れた。

「強い?」

「そこそこ」

「好きか? フラン」

「一番」

「どうして?」

「何となく」

 まだだ。まだ、望は廃人だ。望が俺に質問すれば廃人を脱出させる事が出来る。それを知っているからこうやって会話している。諦めてはいけない。俺のせいだから。そして、俺しか望を助けられないから。

 

 

 

 

 

 それからも他愛ものない会話が続き――。

「そう……ところで何が食べたい?」

 10回目の同じ質問。

「……どうしてそんなに食べたい物を聞くの?」

(来た!)

「お前に寂しい思いをさせちゃったからな。好きな物を食べさせたくなったんだよ。そうだ! これから一緒に買い物に行かない? 冷蔵庫には何もなかったような気がする」

「……お兄ちゃん?」

 フランの弾幕を躱しながら望が俺を呼ぶ。

「何?」

「私……お兄ちゃんの学校に行く」

 その時、初めて霊夢が被弾した。

「おう」

「その頃はお兄ちゃん、いないけど……」

「留年するつもりはない」

「知ってる」

 すぐに霊夢が復活したが望の指は動かない。

「知ってるもん。お兄ちゃん、仕事から帰って来てから勉強してるって」

「……まぁな」

 また霊夢が被弾。その時、望がこちらに振り返る。頬は濡れていた。

「ゴメンね。心配させて……もっと、強くならなきゃね。こんな寂しがり屋じゃお兄ちゃんに心配かけちゃうもんね」

「頑張れよ。望」

「うん! あ、ハンバーグ食べたいな」

「おう! じゃあ、出かける準備して来い。髪、ボサボサだぞ」

「え? あ! ほ、本当だ! ど、どうしよう!」

 慌てる望。俺はそれを見て溜息を吐いて櫛を取りに洗面台に向かった。

 

 

 

 

 

 

 こうして、夏休みは過ぎて行った。仕事をして、勉強して、依頼のない日は遊んで――。

 だが、俺は忘れていた。夏休みが終わると同時に2学期が始まる事。それだけならまだしも、今回の異変の影響がまさか外の世界で起きるとは思いもしなかった。

 




これにて第1章、完結です。
このお話が投稿されてから1時間後にあとがきが投稿されるはずなのでそちらも読んでいただけたら嬉しいです。

明日から第2章が始まりますのでお楽しみに!

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