『――それでこんなPVができたんだ』
撮影はつつがなく終わり、家に帰って家事をこなしていると望から電話が掛かってきた。てっきり、調査の結果を伝えるために掛けてきたと思ったが『O&K』の公式ホームページで公開されたVRゲームの新作PVを見たらしく、慌てた様子でどういうことなのか問い質されたのだ。
「ああ……というかもう公開されてたのか」
出来る限り早く公開すると言っていたがまさか撮影が終わって数時間で映像を完成させるとは思わなかった。
「ネットの反応はどうだ?」
『待ってね……あー、お祭り状態だね。特にお兄ちゃんについてめちゃくちゃ書き込みされてる』
少し引き気味で教えてくれた望だが、当事者である俺は少しばかり不安になってしまう。望が引くほどのお祭り状態とは一体、どんなものなのだ。リビングでゲームをしていたリーマとその画面を覗き込んでいた弥生に家事の続きを頼み、自室へと移動する。すぐに雅のノートパソコンを起動した。
「そっちの方は? 何かわかったか?」
『……えっとね』
パソコンが起動し終えるまで暇なので望にそう問いかけると彼女はどこか言い辛そうにしながら調査結果を教えてくれた。
「……そうか、父さんが」
『うん。一応、帰ったらお母さんにも聞いてみる。お母さんは?』
「ずっと西さんに付き添ってる。母さんのおかげで西さんもだいぶ落ち着いてきた。ただ精神的な疲労と長い時間、雨に打たれたせいで風邪を引いたみたいで熱が出ちゃってな」
事情が事情なので病院にも行くわけにもいかず、家にあった風邪薬を飲ませ、寝かせている。とりあえず、西さんには何か思い出したら教えるように言ったが期待はできそうにない。
「っと」
望との会話に夢中になるあまり、パソコンの存在を忘れていた。携帯をスピーカーモードに切り替え、『O&K』に関する掲示板を探す。
『お兄ちゃん? もしもーし』
「聞こえてるよ。なんだ?」
『なんかカタカタって聞こえ……もしかして掲示板、探してる!?』
「ああ。例の噂がどうなったか気になるしな。お、これかな」
『ちょ、待って! 止めた方が――』
望の必死な制止が耳に届くと同時に俺は掲示板を開いてしまう。そして、いくつかの書き込みを読んでその場で突っ伏した。
「お、おい……何だ、これは」
その状態で震えた声で望に問う。確かにあの映像が流出した時、妖怪やロボットに関する書き込みと同じくらい俺に関する書き込みもあった。だからこそ、それを利用して俺が
『……遅かったみたいだね。よかったね、お兄ちゃん。大人気だよ!』
「よくねぇよ!」
からかう望に叫び、掲示板へと視線を戻す。つい先日まであの映像について議論されていた掲示板にはもう“俺”に関する書き込みしかなかった。どうやら、あまりの書き込み量にいくつかのスレッドが埋まり、新しくスレッドが立てられているようだ。
マウスのホイールを回転させ、流し読みすると『あの女優は誰だ!?』と俺の正体について議論し合う書き込みがいくつかと、その書き込みの間に『綺麗』、『やばい』、『俺も斬られたい』、『ぺろぺろ』など一部正気とは思えない映像に関する感想が大量に書きこまれていた。彼女の言う通り、『O&K』の新作VRゲームについて語る掲示板はまさにお祭り状態だ。
『うわぁ、全然追い付けない。どんだけ書き込まれてるんだろう』
「俺が知るかよ。でも、ちらほらと俺があの映像にも出てるっていう書き込みがあるな」
『っ! なら、あの噂もこれで……え? なに、雅ちゃん?』
『響、聞こえてる!? パソコン見てるなら『O&K』のホームページに飛んで!』
ガサゴソとノイズ音が聞こえ、すぐに焦った様子の雅の声が携帯から響いた。望に変わってもらったらしい。彼女の指示通り、魔の掲示板を閉じて『O&K』のホームページを開いた。
「……新作PV?」
そこには今日、撮影したPVの他にもう一本、新しくPVが公開されている。今日、撮影した方も気になるがとりあえず、新しい方を見てみる。
「これは……」
それはスタジオに行く前に悟に見せられた流出したあの映像だった。もちろん、『O&K』のロゴや字幕が挿入されており、昼間に見た時よりもPVっぽく加工されていたが内容はほとんど変わっていない。
『響、見た? これって流出したっていう映像だよね?』
「ああ、昼間に映像を見たけどほとんど内容は変わってない。でも、どうして……」
『多分……あの流出した映像もPVだってことにしたんだと思う。このPVもお兄ちゃんばっかり映ってるから別バージョンだって勘違いするから』
いつの間にか向こうもスピーカーモードに変えていたのか雅に続いて望がそう結論付けた。
VRゲームのPVに俺が出ることで流出した映像も合成されたものだと錯覚させる作戦だったが、肝心の流出した映像は悟たちのおかげで全て削除されていた。映像を保存している人は見返せば俺が出ているとわかるが、噂に釣られて騒いでいるひとたちはあの映像を見ることができない。
だからこそ、あえて流出した映像を公開することで『加工前の新作PV』だったと認識させることにした。そうすれば『O&K』が率先して映像の削除に奔走した理由付けも可能。その証拠にホームページには『加工前のPVが流出した件について』というページが出来ている。そのページを開けば流出したせいで世間を騒がせた謝罪やあの映像は
「これで……噂は大丈夫そうだな」
『うん、そうだね。後は――』
幻想郷へ行き、状況を確かめる。それが外からの崩壊を阻止した俺たちが次に優先すべきこと。だが、未だに『時空を飛び越える程度の能力』はコントロールできず、手がかりもなくなってしまった。
『ふわぁ……響、おはよー』
(ああ、おはよ、吸血鬼……って、吸血鬼!?)
どうしようか悩んでいると不意に眠たそうに欠伸をしながら吸血鬼が挨拶した。あまりに自然な挨拶で流しそうになったがほぼ半月ぶりの彼女の声を驚いてしまう。
『ん? どうしたの?』
「いいから、早く表に出て来い! 緊急事態なんだ!」
『う、うん? わかったわ』
不思議そうにしながら吸血鬼が俺の隣に現れた。『魂共有』を覚えてから彼女は翠炎と同じように好きなように表の世界に出て来ることができるようになったのである。
『きょ、響?』
「吸血鬼が部屋から出てきた! お前ら早く帰って来い!」
『へ!? 電車に乗ってるから今すぐは無理だけど!?』
「いいから寄り道せずに帰って来いよ!」
そう言って俺は乱暴に電話を切った。そんな俺の様子を見てただ事ではないとわかった吸血鬼は真剣な眼差しでこちらを見つめている。そして、手短に事情を説明すると彼女は目を大きく見開いた。
「私が部屋に閉じ込められてる間にそんなことがあったなんて……」
「とりあえず、今すぐ幻想郷へ行って状況を――」
「――それはどうかしら」
苦虫を噛み潰したような顔で俺の言葉を遮った吸血鬼はベッドに腰を下ろし、ため息を吐く。そのまま背中の翼を大きく広げてパタパタと動かし始めた。久しぶりに部屋から出たので羽を伸ばしたかったのだろう。
「どうって……どういうことだよ」
「私が部屋に閉じ込められていた間、『コスプレ』できなかったのよね? でも、『コスプレ』はあなたの本能力によって二つ名から派生した派生能力。魔法ではないわ。普通なら私がいてもいなくても関係なく使えるはずよ」
「だが、実際に使えなかった。だから!」
「ええ、私がいなくなった途端、『コスプレ』が使えなくなったのなら原因はそれだと思うに決まってる……これは私の思い過ごしかもしれない。ただ可能性はゼロじゃない」
そこで言葉を切った吸血鬼は立ち上がり、机の上に置いてあったPSPを手に取った。彼女の額に汗が滲んでいる。きっと、それは冷や汗。
「『コスプレ』は幻想郷の住人の能力をコピーする能力……それが使えなくなったということはコピー先の人に何かあったから。その可能性もあるじゃない」
そして、俺が考えないようにしていた