東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第433話 夜更けの声音

 ――言ったでしょう? その内、わかります。これだけは覚えていて。響。私はいつも、貴方の傍にいますよ。

 

 

 

 

 

 頭の中に響いたのは初めてレマと会った時の会話の一部。あの時は勢い任せに彼女を受け入れたが、彼女が消えるのを見過ごしていたら今頃、俺はここにいないだろう。彼女の言葉どおり、俺の傍で何度も手を貸してくれたのだから。

 

 

 

 

 

 ――そうですね……レマとでも呼んでくださいな。

 

 

 

 

 

 霊夢と霊奈が再会した日、初めて彼女の名前を聞いた。明らかに偽名だったが少しだけ彼女との距離が縮んだように感じた。

 

 

 

 

 ――ふふ、貴方も愛されているのですね?

 

 

 

 

 フランが傷つけられ、怒りに身を任せて暴走してしまった時、俺のために皆が頑張ってくれたことをまるで自分のことのように喜んでいた。

 

 

 

 

 

 ――大丈夫ですよ。貴方にはたくさんの仲間がいますから。

 

 

 

 

 

 リョウの策略に嵌まり、体を石にされてしまった際には俺の不安を和らげようと話し相手になってくれた。

 今思えば話した回数は少ないけれど決まってレマは俺が悩んでいる時や独りでいる時に勇気づけるように話しかけて来てくれた。『貴方は独りじゃない』、『私が傍にいる』と言わんばかりに。

 

 

 

 

 

『響、まだ気付かないのですか?』

 唐突に響いたのは聞いたことのない聞き覚えのある声(・・・・・・・・・・・・・・・・)だった。その声音はとても寂しげで……どこか怒りの色が見える。しかし、その怒りは俺に対してではなく、別な人――おそらく己自身に向けられたもの。

『……どうして、あなたはいつもそうなのですか?』

 まるで、何度も注意しているのに何度も同じ過ちを犯す子供を諭す母親のように彼女は言葉を紡ぐ。あの頃の俺は自分の力を過信して独りで何でもやろうとしていた。今でもその癖は抜け切れていないが少しぐらいマシになったのだろうか。

『手を伸ばせば届くのに……その手を見ようともせず、ただ独りで苦しんで。それであなたを見ている人が幸せになれると思っているのですか?』

 なれる、そう思っていた。でも、種子から柊の話を聞いてやっと気付くことができた。俺の自己満足な行為は皆を傷つけ、泣かせてしまった。俺だけでできることなどごく僅かしかない。思った以上に人の力はちっぽけなのだ。

『お願いです。もう、独りにならないでください。悪いのは全て、あなたからあの子を引き離した私たち、大人なのです。そして、安心してください。あの子はいつかまた、あなたの傍に』

 その言葉が響いた時、何故か桔梗の顔が思い浮かんだ。過去の俺(キョウ)の吸血鬼化を抑えるために彼を翠炎で燃やし、なかったことにした。だが、それをしたのは俺だ。引き離したのは俺自身なのだ。なのに、その声は罪の意識を覚えていた。なにより、あの場にいた人しか知らない桔梗が俺の傍を離れたこと。そして、あろうことか桔梗が戻ってくることまで予知していた。

『それでは、響。頑張ってください。私もいつまでもあなたの傍にいますよ』

 最後に聞こえたのは彼女――レマの優しげな声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 ふと見覚えのある天井が目の前に広がっていた。状況が飲み込めず、数秒ほど身を硬直させ、すぐに全身をロープでぐるぐる巻きにされたように体が上手く動かせないことに気付く。なんとか動かせる首を懸命に動かしてやっとここが自室であることを把握した。

『……おはよう』

 俺が目を覚ましたからか、すぐに吸血鬼が声をかけてくる。だが、あまり機嫌は良くないのかどこか投げやりな挨拶だった。

(おはよう……すまん、何となく理解してるけどあの後何があったのか教えてくれないか)

『……奥義を発動した瞬間、血を吐いて倒れたのよ。翠炎が頑張って奥義を発動する直前まで燃やしてくれたわ。地力がすっからかんだったからかなり無理したみたいで今は自分の部屋で休んでる』

 おそらく体が動かないのは地力が空っぽなことと翠炎が部屋に戻っていることが原因なのだろう。それにしても翠炎が部屋に戻って休むとはよっぽど無理を――いや、俺は危険な状態だったのだ。本当に彼女にはお世話になりっぱなしである。

『まぁ、あとはわかってると思うけど私があなたをここまで運んだだけ。桔梗はもちろん、他の皆もすごく心配してたからきちんと謝るのよ』

「……ああ、わかってる」

『それじゃそろそろ私は寝るわ。また明日』

 吸血鬼はそれっきり話しかけて来ることはなかった。彼女からしてみれば部屋から出て来た直後に今の状況を説明され、修行に付き合っただけでなく、倒れた俺のお世話までしたのだ。それに彼女のことだから俺が目を覚ますまで見守っていてくれたはずだ。相当、疲れていたのだろう。

「……」

 チラリと視線を壁に掛けられた時計に向けて時刻を確認すると深夜3時を半分ほど過ぎていた。こんな夜更けに目を覚ましたことを伝えれば皆、起きてしまう。明日の朝にでも目を覚ましたことを伝えればいい。特に望や雅、リョウ、ドグは遠出をしたので疲労が溜まっているはずだ。

 俺の右手首に桔梗【腕輪】がないことだけが気がかりだが、確認する手段がない今、気にしたところで無意味だ。それよりも――。

 

 

 

 

 

 ――あなたは還りなさい。ここに来るべきではなかったのです。またお話ししましょう。

 

 

 

 

 

 

 今、考えるべきはあの畳の部屋で初めて顔を合わせた(と言っても結界陣の光のせいで顔は碌に見えなかったが)レマについてだ。

 彼女との出会いはあまりに唐突で出会って数年ほど経つが未だに顔も見たことなければ彼女の素性についてまったく情報がない。レマと話す時も決まって彼女から声をかけてきた時だけだった。魂の住人たちもレマが部屋を出たところを見たことがないらしい。その理由はわからなかったが彼女は消えようとしていたのであまり外に出たがらないだけだと思っていた。

 だが、今日、あの畳の部屋を見てすぐにわかった。俺が最初に目を覚ましたあの部屋は本来であれば存在せず、レマがいた部屋には襖――つまり、出入口そのものがない。そのせいでレマによってあの部屋を追い出された時に俺の体は白い空間に投げ出された。そう、彼女は出なかったのではない、出られなかったのだ。彼女の部屋は魂の中にあるとはいえ、完全に隔離されていたのだから。

 そして、そのことを彼女自身、受け入れている。それが当たり前だと……むしろ、『外に出る』、『俺と会う』という選択肢すらない。会うこと自体、罪である。だからこそ、彼女からの連絡はほとんどなく、部屋からすぐに追い出した。何の根拠もない穴だらけの推理だが、なんとなく(・・・・・)間違っていないと確信できた。

 しかし、問題はそんな考えに至った理由である。彼女は一体、何者なのだろうか。

「響ちゃん、入るよー」

 その時、ノックもなしに部屋に入って来たのは母さんだった。返事をする間もなく、俺の顔を覗き込んで優しく微笑んだ。部屋に明かりは点いていないので目が暗闇に慣れておらず、俺が起きていることに気付いていないのかもしれない。

「……話は何度も聞いたけど本当に頑張ってたんだ」

「っ……」

 俺を踏まないように慎重にベッドに腰をかけた母さんは俺の頭を撫でながら小さな声で呟いた。普段の母さんと雰囲気があまりにも違い、息を呑んでしまう。

「どうして、ここにあの子はいないんだろうね。本当ならあの子こそ、この子の傍にいなきゃ駄目なのに」

 あの子――俺を産んだ母親のことだろうか。母さんもリョウも俺を産んだ母親のことを教えてくれない。2人は本人に口止めされていると言っていたが、本当にそれだけが理由なのだろうか。気にならないと言えば嘘になる。だが、肝心の母さんとリョウは口を閉ざしたまま。八方ふさがりである。

「……それじゃあお休み、響ちゃん」

 俺の様子を見に来ただけだったのか母さんは部屋を出て行った。再び、自室に静寂が訪れる。

「……」

 相変わらずレマのことも、俺を産んだ母親のことも何もわかっていないがとにかく今は幻想郷に行く方法――『時空を飛び越える程度の能力』をコントロールすることに集中しよう。そう決意して体を休めるためにそっと目を閉じた。




なお、レマの台詞は上から順番に第93話、第162話、第197話、第241話、第268話にあったのものです。

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