本当は2週間ほど前に的中させていましたが報告が遅れてすみません。
もう一度繰り返しますが感想欄で能力を的中させた場合、その感想は削除させていただきます。
可能な限り、メッセなど送らせていただきますが特に匿名ではなく、通常の状態で感想を投稿した場合、投稿した本人しか削除できませんのでご協力よろしくお願いします。
「……」
ざわざわと風で木々の揺れる音が耳に届く。その瞬間、心の中で己を叱咤する。音が聞こえている時点で集中し切れていないのだ。
意識を更に体の中心――心臓へ向ける。一定の速度で鼓動するそれに少しずつ霊力を流し込み、慎重に圧縮。その頃には先ほどまで聞こえていた木々のざわめきも気にならなくなり、すぐに圧縮作業も終える。
(座標、設定)
転移先は“50メートル”前方に設置されたカラーコーン。きっと、そこには心配そうに俺を見つめる桔梗がいる。もし、少しでも座標がズレ、彼女のいるところに転移したら――。そんな妄想にも似たイメージに背筋が凍りつく。
だが、だからこそ全神経を集中させることができた。失敗したらカラーコーンの近くにいる桔梗を危険な目に遭わせてしまう。そう考えるだけで思考がクリアになり、目を閉じていても転移先にあるカラーコーンの気配を感じられる。
「『夢想転身』」
ぼそりと奥義の名前を呟くと同時に心臓に圧縮していた霊力を一気に解放。体中に張り巡らされている霊力の通り道を凄まじい勢いで圧縮された霊力が巡り始める。きっと、傍から俺を見れば紅いオーラを迸らせているに違いない。事実、目を開けた状態で『夢想転身』を発動した後、手を見れば紅いオーラに覆われていた。
「転移」
『夢想転身』が安定したところで『時空を飛び越える程度の能力』を発動させる。その刹那、一瞬だけ体の節々が軋むほどのGが襲った。
「……成功です!」
そんな嬉しそうな声に目を開けると50メートル先にあったはずのカラーコーンとその傍で浮遊していた桔梗がすぐ目の前にいた。どうやら、今度も上手くいったらしい。
「マスター、やりましたね! またまた記録更新です!」
文字通り両手を挙げて喜ぶ桔梗を見ながらホッと安堵のため息を吐く。そして、『夢想転身』を解除してその場で尻餅を付いた。急激に体から力が抜け、倒れる一歩手前で何とか踏み止まる。
「あっ……だ、大丈夫ですか?」
「ああ、何とかな」
今日だけ何度も経験している感覚だが未だに慣れない。
『夢想転身』は全ての霊力を使用して発動する博麗の巫女に伝わる奥義。奥義の内容は単純な肉体強化である。しかし、その効果は絶大であり、『夢想転身』を発動した状態で木を指で軽く突けば簡単に穴が開いてしまうほど。もう少し詳しく検証しなければならないが少なくとも俺が今まで使った肉体強化の中で最も強力な部類に入るだろう。
なにより、この奥義の利点は初めて『夢想転身』を使った時のようになけなしの霊力でも発動できる点だ。あの時は発動時の衝撃に耐え切れずに気絶してしまったが、その衝撃さえ耐えることができれば強力な肉体強化を施せるのである。戦闘が長引き、霊力が底を尽きかけた時に一発逆転の切り札として発動することも可能。それに加え、限界はあるけれど『夢想転身』の効果時間はそれなりに長い。『夢想転身』の検証を行った時は何もしなければ1時間ほど効果が持続した。戦闘の激しさ、もしくは俺が気絶してしまったら解除されるがそれでも十分長い方である。
だが、逆に言えば全ての霊力を使用しなければ発動しない。それこそ何も消耗していない状態で奥義を発動する時も全ての霊力を使用するのである。
今回、『時空を飛び越える程度の能力』の修行するにあたってそのデメリットが俺たちの前に立ち塞がった。霊力はもちろん、魔力、妖力、神力にもいえることだが、この中の1つだけでも使い切れば戦闘不能になってしまう。つまり、たった1回の修行で俺は倒れてしまうのである。しかし、だからといって『夢想転身』を使わなければ『時空を飛び越える程度の能力』を発動させることができない。
1日あれば体は動くようになるとはいえ、翠炎を使ったとしても1日の限度は2回。それではいつまで経っても『時空を飛び越える程度の能力』をコントロールできるようにはならない。
そこで思いついたのが闇による地力の変換だ。数日前に検証した結果、どうやら『夢想転身』は霊力を体中に循環させ、その勢いがなくなった瞬間に外に漏れてしまうらしい。俺が動けなくなるのは地力の1種類でも完全に底が尽いた時なので少しの間だけ猶予がある。その間に闇が魂の住人の地力を霊力に変換して俺に供給すれば間に合うのだ。変換といっても全てを霊力にできるだけじゃなく、変換前の地力は多少無駄になってしまうが回数は確実に増える上、翠炎の白紙効果を使えばその数も倍になる。
「……よし、もう一回」
闇からの供給を終えて立ち上がり、カラーコーンを掴んでスタート地点とは逆方向へ歩みを進めた。最初は5メートル先にさせ転移できなかったが、『夢想転身』の存在を知って数日、今では50メートルまでは成功している。他にも俺とカラーコーンの間に障害物を置いたり、空中にも転移できるか色々試した。その結果、途中に障害物があっても座標さえ設定すれば転移できること、また空中でも問題なく飛べることがわかった。
「この辺かな」
「そんな一気に距離を伸ばさなくても……」
「いいんだ、やらせてくれ」
「……気を付けてくださいね」
「ああ、わかってる」
はらはらした様子の桔梗に頷いてスタート地点へ戻る。今回の距離は100メートル。ここは学校のグラウンドのような開けた場所でなく、ひまわり神社のある山近くの林の中なので100メートルも離れていたら木々が邪魔でカラーコーンは見えなくなる。
「……」
木々の向こうにあるカラーコーンと俺を待っている桔梗を想像しながら霊力を心臓に集め、圧縮。『夢想転身』を発動させて転移した。
西さんが家に来てからもうすぐ1か月。未だに幻想郷へは行けていない。
もうすっかり秋も終わりを告げ、本格的に冬が始まった11月末。白い息を吐き出しながら住宅街を歩く。エコバッグ代わりのトートバッグを持つ右手にかかる重量感になんとなく懐かしさを覚えた。
買い物へ1人で行くのは久しぶりだ。最近は大学すら自主休講(可能な限り悟が代返してくれているが)していたのでこうやって出かけること自体なかった。
「はぁ……」
首に巻いたマフラーを少しだけ緩めて息を吐き、そのまま雨が降りそうな曇天の空を見上げる。その時、突然強い風が吹き、俺の髪が揺れた。咄嗟に立ち止まって手で髪を押さえる。
この1か月、色々なことがあった。でも、肝心のことは何もわかっていない。西さんの両親の行方も、代表の正体も、笠崎の末路も、幻想郷の現状も、幻想郷の皆が無事かどうかも――そして、レマ、実母のことも。
今の状況はあまり芳しくはない。こちらは幻想郷を崩壊させようと企てる組織について何も知らないのに対し、向こうは未知の情報網、もしくは知識を持っている。情報戦では明らかにこちらが不利。なにより何とかかき集めた情報ですらあくまで仮説であり、何も確信を得られていないのである。
(でも……それでも……)
「お兄ちゃん」
不意に声をかけられ、顔をあげると温かそうなコートで身を包んだ望が立っていた。少しゆっくりし過ぎたのか、心配して迎えに来たらしい。
「そんなところで立ち止まってどうしたの?」
「……何でもない。ただ強い風が吹いてな」
「ふーん……うぅ、さむ。早く帰ろうよ。今日の晩御飯は何?」
「今日は鍋だ。人数も多いしな」
今、俺の家にはいつものメンバーに加え、悟、霊奈がいる。13人分のご飯を1人で作るのはなかなか骨がいるので皆で一緒に食べられる鍋になったのだ。
「おー、鍋! いいねぇ……うん、すごく美味しそう」
嬉しそうに笑った望だったがすぐに目を伏せてしまう。それを見てすぐに彼女の気持ちを悟り、俺も足元に視線を落とした。
「……明日、なんだよね」
「ああ……明日だ」
『時空を飛び越える程度の能力』を完璧、とまではいかないものの幻想郷へ転移できるほどにはコントロールできるようになった。つまり、幻想郷の内部へ向かえるのである。本当ならば今日行くつもりだったのだが、幻想郷の内部へ転移する“準備”に時間がかかる上、皆から『1日ぐらい休め』と言われてしまった。こうやって1人で(桔梗も向こうの手伝いをしている)買い物に出かけたのもそれが理由だ。
「向こうの調子はどうだ?」
「うん、結界陣も問題なく設置できるみたい。まだ陣を描いてる途中だけど明日には完成するって」
「そっか。なら、あいつらのためにも美味い飯、作らないと」
「そうだね。あ、片方持つよ!」
頷いた望は唐突にトートバッグの持ち手の片方を掴んだ。1人でも十分持てたが望の好きなようにさせる。そして、2人で1つのトートバッグを持ちながら家へと歩き始めた。
運命の日はすぐそこまで来ていた。