東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第436話 異常事態

「っ……」

 体全体に広がる鈍痛と激しい頭痛に襲われ、閉じていた目を開ける。どうやら仰向けの状態で寝ていたらしく、最初に目に入ったのは木々の隙間から顔を覗かせている、今にも雨が降りそうな曇天だった。

(確か……)

 ガンガンと痛みを訴える頭を右手で押さえながら必死に状況を把握しようと思考回路を巡らせる。だが、考えがまとまる前に不意に右手首にはめられた腕輪の一部に光が灯った。

「あ、れ……ここは」

 そんな声と共に腕輪から人形の姿に戻った桔梗はフラフラとしたまま、周囲を見渡していた。その様子を見るに俺と同じように腕輪に変形していた彼女も気絶していたのだろう。

「桔梗」

「え? あ、マスター! ご無事でなによりです!」

「そっちも故障はないみたいだな……何があったか覚えているか?」

「えっと、結界が壊れそうになって、皆さんが必死に耐えていたら突然目の前が真っ白になって……それから……」

 そこで言葉を詰まらせた桔梗。そして、その先のことは何も覚えていないのか無言のまま首を横に振った。俺もそこまでしか覚えていないのでほぼ同じタイミングで気を失ったのだろう。

 役に立てなかったと思っているようで肩を落として落ち込んでいる桔梗の頭を撫でた後、立ち上がった。周囲を見渡しても雅たちの姿は見当たらない。式神通信も通じないので式神組全員まだ気絶している、また何者かによって遮断されている可能性も否定し切れない。契約の繋がりはまだ残っているので無事なのはわかるが連絡が取れないとやはり不安である。

 それに加え、俺たちがいるのは森の中なのか周りには木や草しかなく、目視だけで現在地を割り出すのは不可能に近い。下手に動けば森の中で迷子になってしまうだろう。ならばと空間倉庫からスキホを取り出した。

「スキホ、ですか?」

「そう、これには幻想郷の地図がインプットされてるから」

 転移が成功しているのならば俺たちは幻想郷のどこかにいる。スキホの地図は現在地も表示してくれるので本当に俺たちが幻想郷にいるなら――。

「……これは」

 しかし、俺の期待を裏切るようにスキホの画面は砂嵐だった。画面を一緒に覗いていた桔梗も落胆の声を漏らす。

「残念ながらここは幻想郷じゃないんですね……ま、まさか皆さんがいないのも転移に――」

「――いや、それにしては変だ」

 顔を青ざめさせた桔梗の言葉を遮った。仮にここが桔梗の言う通り、幻想郷ではなかった場合でもスキホの画面が砂嵐になることはない。ただ外の世界の地図が表示されるだけだ。

 そもそもスキホには電波の概念はなく、地下深くにいても電話は繋がる。そんな万能なスキホですら使用できないのは明らかに異常。考えられる可能性は1つだけ。

「……何者かによって妨害されてるってことですか?」

「ああ、雅たちと連絡がつかないのもそのせいだと考えれば納得できる。それに外の世界ではスキホは普通に使えたんだ。スキホが使えなくなったのは幻想郷に来たからとしか思えない」

 『四神結界』は崩壊寸前だったが壊れてはいなかった。その代わり、気絶する直前に麒麟の声と共にガラスの割れる音が聞こえたのであれが原因で俺たちはバラバラに転移されてしまったのだろう。それに転移先に設定したのは博麗神社の境内だったが、実際に目を覚ましたのは森の中だったことから俺たちだけがはぐれてしまったわけではないはずだ。

「そ、それってかなりまずいんじゃ!?」

「式神組やリョウたちならまだしも望と悟、母さんが孤立してたら……」

 特に母さんは望のように強力な能力を持っているわけでもなく、悟のように自己防衛できる手段を持っているわけでもない。幻想郷には野生の妖怪が多く住んでいる。運悪く野生の妖怪に遭遇してしまった場合、母さんが生き残れる確率は低いだろう。

「なら、早く探しに行かないと!」

「わかってる。でも、まずは現在地を把握する方が先だ」

 スキホが使えないとなると空から現在地を割り出すしかない。幸い、『四神結界』から霊力を供給して貰ったおかげで地力の消費はほぼなかったし、あの激しい頭痛も治まった。いつでも出発することは可能である。

 さっそく、桔梗には腕輪に変形して貰い、木の枝にぶつからないように上昇してある程度の高さまで飛んだところで周囲の様子を確かめた。

「ここは……妖怪の山だな」

 てっきり森の中だと思っていたが俺たちがいた場所は妖怪の山の麓だったらしい。しかも、守矢神社に繋がる参道から大きく離れた場所だ。博麗神社とは正反対の場所に転移していたようでこの分では他の皆もかなり広範囲に散らばっているかもしれない。

「これからどうしますか?」

「闇雲に探しても見つからないだろうしこのまま守矢神社へ向かう。早苗たちに幻想郷の状況を教えてもらった後に皆を探すのを手伝って貰おう」

「サナエ、さんですか? 初めて聞くお名前ですね。どんなお方なんですか?」

「女の子なのに男みたいな趣味してて、明るくて優しい……俺の親友だよ」

 唯一、『響ちゃん』呼びを許した女の子である。きっと、彼女なら俺の頼みを笑顔で承諾してくれるだろう。

「ッ……凄まじい速度でこちらに向かって来る生体反応があります!」

 【薬草】を素材にして作った桔梗の生物レーダーに反応があったらしい。すぐに桔梗【鎌】を手に持って戦闘態勢に入ったがこちらへ迫る人影たちを見つけ、ホッと安堵のため息を吐く。

「なんだ、天狗たちじゃないか」

 俺たちがいた場所は参道から大きく外れた場所――妖怪の森を警備している天狗の巡回範囲だ。きっと、侵入者(俺たち)に気付いて慌てて飛んで来たのだろう。彼らなら顔見知りなので事情を説明すればわかってくれるはず。それに彼らを通じて射命丸と会えれば皆の情報を集めて貰うことだってできるだろう。

 桔梗【鎌】を腕輪に戻して天狗たちの到着を待つと1分もせずに彼らは俺たちを逃がさないように包囲し始める。警戒しているのか手に持つ剣の先をこちらに向けていた。

「あの、今にも攻撃してきそうなのですが」

「おかしいな……あの、万屋なんですけど覚え――」

「――ッ! 総員、かかれ!」

 確認のために声をかけたが部隊長らしき天狗が指示を出すと俺たちを囲んでいた天狗たちが一斉に襲い掛かってきた。慌てて桔梗【翼】を装備し、翼を振動させて急上昇する。なんとか彼らの攻撃を躱せたがすぐに俺たちの後を追って来る天狗たち。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! なんで攻撃してくるんだ!」

「答える義理はない!」

 次から次へと振るわれる斬撃を回避しながら問いかけるが素直に答えてくれるはずもなく、答えの代わりに中ぐらいの妖弾が飛んできた。咄嗟に右翼で妖弾を弾き飛ばし、左翼を振動させてその場で回転しながら右に避けて後ろから斬りかかってきた天狗をやり過ごす。

「マスター、これは一体!?」

「わからん! でも、どうにかしないと」

 俺たちを囲む天狗の数は二桁を越えている上、きちんと連携も取れており、相手にするのはなかなか骨が折れそうだ。それにこれは弾幕ごっこではなく、ただの殺し合いである。巡回天狗相手でもこんな大人数相手では手加減できず、殺してしまうかもしれない。

「止まれ、響!」

 そんな大声と共に眼下に広がる森から何かが飛び出し、俺と天狗の間に割り込んだ。それが誰か確認する前に黒い棘が迫っていることに気付き、慌てて急停止して頭を下げる。その棘は1人の巡回天狗の羽を貫いた。羽を傷つけられたその天狗はそのまま森へと落ちていく。すぐに視線を戻せば最近ようやく見慣れてきた小さな背中が一つ。

「りょ、リョウ?」

「早くこっちに来い!」

 巡回天狗たちへ黒い棘を射出しながらリョウは俺の手を取り、その場で急降下。そのまま、森へと逃げ込んだ。


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