東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第437話 干渉と合流

 森に逃げ込むことで巡回天狗たちを撒いた俺たちは妖怪の山から脱出するために歩みを進めていた。しかし、先ほどから天狗たちが空を飛び交っているため、飛ぶのはもちろん、上から見えないように隠れながら移動しているからかあまり距離を稼げていない。

「方向はこっちで合ってるのか?」

「ああ、このまま行けば魔法の森に出る。そっちは?」

「相変わらず応答はない」

 リョウも式神であるドグと連絡が取れないらしく、俺の後ろを不機嫌そうに歩いていた。話しかけて八つ当たりされても面倒なので彼女のことは放置してひたすら足を動かし続ける。リョウに言った通り、このまま進めば魔法の森へ入る。そのまま森を突っ切って博麗神社まで行くつもりだ。今朝の時点で博麗神社に転移すると言っていたので他の皆もそこに向かっているはず。

「それにしても……天狗の監視が邪魔だな」

「仕方ないだろ。見つかったら襲われるんだから」

 とうとう痺れを切らしたのか後ろからリョウのぼやきが飛んでくる。俺だって焦る気持ちを必死に抑えているのだ。少しぐらい我慢して欲しいものである。

「そもそもなんで襲われてたんだよ」

「こっちだって聞きたいって。今までだったら厳重注意ぐらいだったのに」

 妖怪の山は守矢神社に繋がる参道以外、基本的に立ち入り禁止だ。もし、立ち入り禁止エリアに侵入した場合、天狗たちが文字通り飛んで来て事情聴取を受ける。もちろん、不審者であれば攻撃する場合もあるが何か事情があれば見逃してくれるのだ。

 だが、今回の天狗たちは俺の話を碌に聞かずに襲い掛かってきた。まるで、話を聞くまでもないと言わんばかりに。

「……おい」

「なんだよ」

 リョウに呼び止められ、歩きながら振り返った。彼女は腕を組んで立ち止まっている。彼女に倣って俺も足を止め、言葉の続きを待つことにした。

「お前もわかってると思うがこのままじゃ妖怪の山を抜けるのに相当な時間がかかる」

「……でも、他に方法はないだろ。それに天狗たちを傷つけるのはごめんだぞ」

 俺たちがこうやってこそこそ移動しているのは天狗たちに襲われ、反撃した時に“怪我”を負わせないようにするためだ。あんな大人数相手を手加減して捌き切れるとは思えないし、リョウなら問答無用で殺してしまうだろう。それこそ森の中へ逃げ込む前に『影棘』を牽制に使っていたこと自体、あり得ないことである。おそらく巡回天狗たちを倒すより逃げた方が早いと判断したのだろう。そういった理由がなければリョウはあの時、確実に天狗たちを殺していた。

「そんなのわかってる……要は見つからなければいい。そうだろ?」

「そう、だけど」

「なら、方法はある。なに、そう難しい話じゃない。お前がオレを受け入れればいいだけだ」

「……はぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リョウの能力、『影に干渉する程度の能力』は自分の影だけでなく、他人、もしくは物の影すら操ることができる。地底で戦った時も雅たちは自分の影を操られ、絶えずゼロ距離から影による攻撃を受けていた。

 しかし、俺には干渉系の能力は効かない。レミリアの『運命を操る程度の能力』でも俺の運命は見えないし、リョウの能力では俺の影を操ることができないのである。逆説的にリョウは他人ですら己の支配下に置いた影の中に入られるが、リョウの能力が一切効かない俺はそれができない。だが、絶対にできないわけじゃない(・・・・・・・・・・)

 干渉系の能力が効かないとはいえ、俺が許可すれば(受け入れれば)干渉系の能力でも通用するようになる。元々、『干渉系の能力が効かない』という常時発動能力(パッシブスキル)は本能力に備え付けられていたおまけみたいなものだ。道具を経由すれば干渉系の能力でも通用するようになるほど穴だらけのお粗末な力。

「……すっごい変な感じがする」

「我慢しろ」

 実際、リョウの『影に干渉する程度の能力』を受け入れると影の中へ入れるようになった。初めて影の中に入ったが体全体が言葉では形容しがたい感覚に包み込まれ、いささか居心地が悪い。それに加え、影の中では自由に動けない俺の手をリョウが引いて移動しているため、どこか気恥ずかしさを覚えてしまう。

「どっちだ?」

「左だ」

 だからというわけではないがリョウとの会話はほとんど単語のみ。向こうも普段からよく話すタイプではないので自然と無言になってしまう。なんというか沈黙が痛かった。

 しかし、幸いにもここは深い森の中。影が途切れていることもなく、スムーズに移動できる。また、俺たちがいたのは妖怪の山でも麓に近い場所だ。影の中を移動すればすぐに妖怪の山を出られるはず。

「……抜けたな」

 その時、唐突にリョウが止まり、俺を引っ張り上げて外へ出た。そこは妖怪の山と魔法の森の境界。歩いて数分という狭い草原である。それでもめぼしい影がないため、一度外に出るしかなかったのだろう。

 予想通り、十数分ほどで妖怪の山を脱出することができた。後は魔法の森を突っ切って博麗神社に――。

「……おい、あれまずくないか?」

 不意にリョウが草原に向かって指を差す。すぐにそちらへ視線を向けると小さな霊弾が飛び交っていた。あそこで誰か弾幕ごっこでもしているのだろうか。

(いや、違う)

 よく見れば霊弾は一種類しか飛んでいない。つまり、誰かが遊びで適当に霊弾を撒き散らしているか、誰かが誰かを一方的に攻撃しているか。今回の場合、後者だった。

 攻撃しているのは力の弱い妖精。異変の時はよく霊弾をばら撒いているらしいが普段の気性はそこまで荒くなく、悪戯はするもののあのように一方的に攻撃することはあまりない。

 そして、攻撃されていたのは必死に走って逃げている悟とその背中でぐったりしている奏楽、その隣を白衣を翻して全力疾走している母さんだった。奏楽なら召喚していない状態でも妖精一匹ならどうにかできるはずだが何かあったのだろうか。

「桔梗!」

 とにかく3人を助けることが先だ。腕輪に変形していた桔梗を弓に変え、魔力の矢をつがえた。桔梗【弓】に魔力を込めると魔力の矢に風が付与される。

「『風弓』」

 妖精に当てないように狙いを定めて矢を放った。放たれた“風矢”は矢羽から風を撒き散らし、悟たちと妖精の間を通り過ぎる。通り過ぎた際に風矢の爆風に煽られ、悟たちはその場で転倒。空を飛んでいた妖精はどこかへ吹き飛ばされてしまった。

「どうにかなったみたいだな」

「ああ、早く合流しよう」

 再び桔梗【腕輪】に戻し、フラフラと立ち上がろうとしている2人の(あの爆風に煽られてもなお、奏楽は目を覚ましていなかった)元へ急ぐ。その途中で向こうも俺たちに気付いたようで安堵のため息を吐いた後、またその場でへたり込んでしまった。

「リョウちゃーん……」

「はいはい」

 今にも泣き出しそうな母さんの傍で歩み寄るリョウを尻目に転んでも決して奏楽を放さなかった悟に近づく。彼の服はところどころ破れており、擦り傷がいくつか目に付いた。奏楽を守るために色々と無茶をしたのかもしれない。

「無事か?」

「ああ、何とかな……今回ばかりは死ぬかと思ったけど」

「……とにかくここじゃ目立つ。魔法の森へ行こう」

 見ればリョウも影を使って母さんを担ぎ上げているところだった。妖怪の山さえ出てしまえば巡回天狗に襲われる心配はないが野良妖怪に見つかる可能性がある。現に悟たちは妖精に攻撃されていた。奏楽のことも気になるが、今は移動を優先するべきである。

「あー……響やリョウはともかく俺たちは無理だろ」

「は? 何言って――あ」

 しかし、いつまで経っても立とうとしない悟が呆れた様子でため息を吐く。最初、彼の言葉の意味がわからず首を傾げてしまったがすぐに魔法の森の特性を思い出した。

 魔法の森は化け物茸の胞子が宙を舞っているため、普通の人間では息をするだけで体調を壊してしまう。吸血鬼の特性である『超高速再生』を持つ俺とリョウはともかく悟や奏楽、母さんは魔法の森に入った途端、具合が悪くなってしまうはずだ。

「……魔法の森に入ってすぐに影の中へ避難しよう」

「……そうするか」

 先ほどのこともあってあまり影の中に入りたくないのだが仕方ない。憂鬱になりながらも俺たちは魔法の森を目指す。俺たちを待ち受ける森は不気味なほど薄暗かった。


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