東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第439話 心の蟠り

「……よし、いいぞ」

 少し離れた場所を飛んでいる妖精を見送り、探知魔眼と桔梗【薬草】の生体センサーで近くに誰もいないことを確認した後、後ろにいる皆に声をかけて茂みの中から出る。

 魔法の森を抜けた俺たちは影の中から出て徒歩で博麗神社を目指していた。周囲を警戒しながらの移動なので普段ならとっくに博麗神社に着いているはずなのに大きな鳥居すら見えていない。

 リョウの能力を使って影の中を移動できればよかったのだが魔法の森から博麗神社までの道は比較的に見通しがよく、リョウを含めた5人が潜れるほどの影がない。ドグと『式神共有』すれば物体と影の関係を断ち、一時的に影を大きくすることもできたのだがいない奴のことを考えても仕方ない。

「ストップ」

「……いつまでこんなこと続ける気だ」

 再び魔眼に反応があり、静止するように言うが不意に後ろからリョウの低い声(低いといっても“女の子”にしてはだが)が聞こえる。振り返ると腕を組んだ彼女が不機嫌そうに俺を睨みつけていた。その隣では母さんがリョウを宥めようと声をかけているが当の本人はそれを無視して一歩だけ前に進む。俺とリョウの距離はお互いに手を伸ばせば届くほど近い。

「どういう意味だ」

「いつまでこそこそしているつもりだと言っている。妖怪はともかく妖精は自然から発生する自然現象。基本的に不滅だ。そんな奴らを気にしたところで時間の無駄だ」

 リョウの言う通り、妖精は自然から発生し、その自然が維持される限り死ぬことはない。もちろん、雷に打たれたり、真冬にお酒を呑んで外で眠って凍死することもあるらしいが個体差はあれ、死んでも(一回休みでも)時間が経てば復活するのである。

「……戦闘音で他の奴らを呼び寄せるかもしれない」

「お前なら音すら出さずに殺せる。なんなら俺が代わりにやってやろうか?」

 そう言って彼女は自分の影を操り、細く長い針を作り出した。それを妖精の眉間に向かって射出すれば確実に妖精は死ぬ。俺だって『回界』を使えば悲鳴を上げる暇さえ与えずに両断できるだろう。

「……」

「……まぁ、いい。好きにしろ。手遅れにならなければいいな」

「リョウちゃん!」

 黙る俺を見て付き合っていられないとばかりにため息を吐いたリョウはそのまま母さんの影へ潜り込んでしまった。さすがにリョウの発言を無視できなかったのか母さんが自分の影に向かって叫ぶがリョウの反応はなし。

「ごめんね、響ちゃん」

「いや……リョウは間違ってないよ」

 申し訳なさそうに謝る母さんに首を振って答えた。きっと、間違っているのは俺だ。幻想郷が崩壊するかもしれない現状、一刻も早く状況を確かめなければならない。それこそ襲い掛かってくる奴を返り討ちにしてでも、だ。妖精など殺したところで復活するのだからさっさと倒して先に進むべきである。

 でも、俺はそんな妖精ですら原因も分からずに攻撃できなかった。妖精だけじゃない。巡回天狗も野良妖怪も俺は理由があったとしても殺せないだろう。

「マスター……」

 心配そうに俺の名前を呼ぶ桔梗【腕輪】を軽く撫でながら守ることのできなかった“あの子”を思い出す。俺にもっと力があれば、もっと上手くやれたら、もっと、もっともっと。

 また、それと同時に思い浮かぶのは俺が作り出したあの地下室の地獄絵図。怒りで我を忘れなければ、力を制御できれば、人を殺せるほどの力がなければ。

 そんな矛盾に近い願望を抱えた俺の答えがかくれんぼ(逃げ)である

 今までは力を求めるだけだった。皆を守れるほどの力が欲しいと願うだけだった。

 そして、俺は初めて幻想郷に来た時よりも強くなった。

 また、俺1人ではどうすることも出来ない時があると知り、皆で守り合うことを誓った。

 でも、強くなったからこそ力の使い方を間違えれば最悪の事態を招くことも知った。1年半前、俺が犯した罪がその証拠。もし、あの頃よりも強くなっている俺が間違えた場合、どれだけの被害が出るのか想像すらできなかった。

「響、大丈夫か?」

「……行こう」

 空を背負っている悟の言葉に笑ってみせた後、俺は再び歩き始める。妖精はとっくの昔にどこかへ行っていた。もう少しで博麗神社の鳥居も見えるだろう。とにかく今は心の蟠りよりも霊夢に今の幻想郷の状況を聞くことが先だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくしてようやく博麗神社に辿り着いた俺たちは閑散としている境内をぐるりと見渡した。目立つ物は一箇所に集められた枯葉とその近くに落ちている箒。見ればところどころに枯葉が散乱しており、掃除の途中なのかもしれない。

「……」

 だが、それにしては少しおかしいような気がする。霊夢はあまり掃除が好きじゃないので途中で休憩を入れていた。また、掃除の途中で誰か訪ねて来た時も今のように掃除を中断することもしばしば。でも、決まって掃除を中断する時、箒はあのように無造作に地面に置かず、何か立てかけていたはず。

「境内にはいないみたいだな……って、響!」

 悟の声を無視して俺は母屋の方へ駆け出し――すぐに足を止めることになった。俺の後を追ってきた皆の足音もすぐに聞こえなくなる。

「れい、む……」

 境内から母屋へ繋がる道の真ん中で霊夢がうつ伏せの状態で倒れていた。数秒ほどその光景に動揺して体を硬直させていたが我に返って彼女の傍へ駆け寄り、体を起こす。ぐったりとしており、息も荒い。

「ちょっと診せて」

 その時、母さんがポケットから小さなライトを取り出して霊夢の顔を覗き込んだ。そのまま彼女の瞼を指で開けて瞳に向かってライトの光を当てた。それから脈を取ったり、体のあちこちを触診して霊夢の容態を確かめる。母さんの本業はカウンセラーだが、小児科や脳外科など様々な分野の医学を満遍なく学び、カウンセラーになることを選んだらしいので触診程度だったらできるようだ。

「桔梗、お前も頼む」

「わかりました!」

 俺の指示に人形の姿に戻った桔梗はすぐに霊夢の手首へ触り、腕輪へと変形した。奏楽にもやっていた【薬草】による診察。触診ではわからないような――たとえば毒などによる衰弱ならば桔梗【薬草】で治すことができる。

「悟とリョウは母屋に行って布団を敷いておいてくれ」

「お、おう。わかった!」

「……」

 奏楽を抱え直して母屋へと向かう悟の後を母さんの影から出てきたリョウが追う。布団を敷くなら悟1人で十分だが母屋の中に霊夢をこんな状態にした犯人がいるかもしれない。あの霊夢ですら負けてしまった相手に奏楽を抱えた悟が勝てるわけがないため、リョウにも付き添いを頼んだのだ。

「……駄目。衰弱してることしかわからない」

「こちらも特に異常はありません」

 そうこうしている内に診察を終えた2人だが原因はわからなかったらしく、沈んだ声で報告する。原因不明の衰弱。境内の様子を見るに少し前まで霊夢は普通に動いていたはずだ。寝不足や風邪にしたってこの衰弱の仕方は異常。触診や桔梗【薬草】では見つけられない何かが原因であることには間違いない。

(だが、その原因がわからないんじゃ……)

「……とにかく霊夢を母屋に運ぼう」

 原因がわからないのは気がかりだが、衰弱している霊夢を野外にいさせるのはまずい。雪はまだ降っていないようだが、12月に入っているせいもあり、外は酷く冷える。急いで母屋の中に入るべきだ。霊夢を揺らさないように横抱きにして立ち上がる。

「ッ……」

 母さんの触診の時に巫女服が少しだけ緩んでいたのか彼女の懐から何かが零れ落ち、空中でそれが止まった。自然と目でそれを追い、すぐに気付いてしまう。

 霊夢の懐――いや、首から零れ落ちたのは1つのペンダント。そのペンダントの装飾に使われていた黒い鉱石には見覚えがあった。

「なんで、こんな物が」

 俺の口から零れた声に応えるように彼女が付けていたペンダントの宝飾、“黒石”が日差しを受けて鈍い光を放った。




諸事情により、来週の投稿はお休みさせていただきます。
次の投稿は8月11日です。

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