東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第440話 ペンダント

「はぁ……はぁ……」

「……うん、やっぱり異常はないよ」

 霊夢を寝室に連れてきて悟たちが用意してくれた布団に寝かせた後、念のために、ともう一度、触診していた母さんだったが首を傾げながら霊夢から手を離す。異常がないにしては霊夢の呼吸は酷く荒い上に顔色もどんどん悪くなっているように見える。これで異常がないと言われても到底信じられなかった。

「やはり……それが原因だろう」

 壁に背中を預けて座っていたリョウが霊夢の胸元――見覚えのないペンダントに視線を向ける。母さんが触診している間、件のペンダントを調べていたが案の定、装飾部分に黒石が使われていた。更に外だと周囲が明るくて気付かなかったが黒石本体が淡い光を放っており、何かしらの術式が発動していることが判明。

 望たちが誘拐された時、雅たちは黒石で作られた首輪により異能の力を封じられた。そんな厄介な石のペンダントを付けている霊夢も無事では済まないはずだ。だからこそ、急いでペンダントを外そうとしたがどうやっても留め具を外せず、鎖を切ろうとしても何かに弾かれてしまったのである。また、頭を潜らせようとしても首から上に上がらなかった。おそらく黒石に施された術式にペンダントを外せないように細工でもされたのだろう。

「翠炎で付ける前には戻せないのか?」

「無理だ。白紙に戻せるのは体の変調だけ。術式は一時的に解除できるかもしれないけどペンダントそのものを外さない限り、意味はない」

 悟の問いに首を横に振って答えた。たとえ、霊夢の体を数時間前の状態に戻したところで原因のペンダントは霊夢の首に下がったまま。すぐに術式が発動して今の状態にもどってしまうだろう。

 ペンダントに施された術式を破壊出来ればいいが翠炎によれば翠炎で燃やしても破壊できないほど強力な防御壁が仕組まれているらしい。破壊できないというよりも翠炎で燃やしつくせないほど黒石の周囲に目には見えない薄くて高密度な壁がある、と言った方がいいか。きっと、ドグの『関係を操る程度の能力』も術式が刻まれているであろう黒石に触れられない時点で通用しないはずだ。とにかく、今言えるのは現段階で霊夢を助けることができない、ということ。

「それで今後はどう動く? 他の奴らの到着を待つか?」

 選択肢は二つ。今、リョウが言ったようにここで望たちの到着を待つこと。そして、もう一つは博麗神社を離れ、皆を探しながら霊夢にペンダントを付けた犯人を捜す。

 前者は望たちが博麗神社を目指していた場合、確実に合流できるが逆にここを目指していなければいつまでも合流できないし、敵の情報は一切手に入らない。

 後者も後者で広い幻想郷を闇雲に探すのだからすれ違いになる可能性もある。それに先ほどのように野良妖怪や妖精に襲われるだろう。だが、上手くいけば皆と合流でき、敵の情報も手に入る。

「……」

 しかし、一つ気がかりなのが霊夢の存在である。こんな状態の彼女を置いていくのはあまりに危険だ。犯人がまた霊夢を襲うことだって考えられる。彼女を放置してここを離れるのは得策ではないだろう。

「俺は……外に出るべきだと思う」

 その時、おそるおそると言った様子で意見を述べたのは未だ目覚めない奏楽に膝を貸している悟だった。すやすやと眠っている奏楽の頭を優しく撫でながらしっかりと俺を見ている。

「そもそもあの(・・)霊夢がこんな状態になること自体、おかしいんだ。多少危険でも今すぐ幻想郷の現状を確かめるべきだ」

「えっと……悟君、それってどういうこと? 博麗の巫女だからってそこまで万能なわけじゃ――」

「――博麗の巫女特有の勘、か」

 母さんの疑問を遮ったリョウに悟は頷いてみせた。博麗の巫女は鋭い直感を持っている。特に異変を解決する時の直感は一種の未来予知と言えるほどの正確さ。それに黒石のことは霊夢に話したことがあるので彼女ならすぐにペンダントが危険な物だと気付くはずなのだ。そのはずなのに、彼女はペンダントを付け、倒れた。

「彼女がペンダントを付けている時点でただ事ではない。つまり、今の幻想郷では異変レベルの事件が起きている。そう言いたいのだろう?」

「ああ……だから、少しでも情報を集めた方がいいと思うんだ。異変解決のエキスパートである霊夢はこんな状態だし」

「だからって霊夢を置いていくわけにもいかないだろ」

「あ、なら私が残るよ。ついて行っても足手まといだし……」

 俺の反論に対し、母さんが手を挙げて答えた。確かに母さんが傍にいるのなら容態が急変しても対処できるだろう。それでも敵がいつ襲って来るかわからないので安心はできないのだが。

「じゃあ、外に出るとしてそいつはどうする」

 立ち上がったリョウの視線の先にいたのは気持ちよさそうに眠っている奏楽の姿。彼女も彼女で気絶した原因がはっきりしていないので連れて行かない方がよさそうだ。

「あー……」

 俺たちの様子を見て悟は引き攣った笑みを浮かべ、視線を下に向けた。よく見れば奏楽の小さな手が悟のズボンを掴んでいる。奏楽は見た目に反して力が強いため、ちょっとやそっとでは離してくれそうにない。奏楽を置いていくには悟のズボンを脱がせるか、悟もここに残すしかないようだ。

「さすがにパンツでうろつくのはちょっと……」

「なら、ここに残れ。さすがにお前らを連れて行くのは反対だ」

 行先は決めていないがずっと影の中に潜っておくわけにもいかないので必ず妖怪や妖精に襲われるだろう。眠っている奏楽と妖怪や妖精相手では自己防衛すら危うい悟を連れていくのは俺とリョウがいるからといって危険である。

「いや、俺も行く。もちろん、俺の能力とか武器なんて何の役にも立たないのはわかってんだ……でも、この子は絶対に連れて行くべき、だと思う」

 そう言って彼は奏楽を抱え直して立ち上がる。相変わらず視線は奏楽の方を見ているため、表情はよく見えないが声はどこか嬉しそうだった。

「根拠は?」

「ない。ただそう思っただけだ」

 リョウの言葉に顔を上げた悟は苦笑いを浮かべている。自分でもめちゃくちゃなことを言っていると自覚しているのだろう。だが、それでも言葉にしたのは本当にそう思っているから。自分の判断が正しいのだと自信を持って言えるから。

「……勝手にしろ。響、お守りは任せたぞ」

「あ、ああ……」

 すんなりと了承したリョウに動揺しながら頷く。リョウのことだからもう少し食い下がると思っていた。しかし、奏楽が目を覚ませば『魂を繋ぐ程度の能力』を使って幽霊たちに周囲の探索を頼むことができる。まぁ、幽霊たちも妖怪や妖精のように俺たちを襲って来なければの話だが。

「問題はどこに向かうかだけど」

「人里に行くのはどうだ? 妖怪の出入りも多いだろうし、何かと情報も集まってるだろ」

「いや、妖怪や妖精たちの様子を見るに人里の人間たちも俺たちを敵と認識している可能性がある。襲っては来ないだろうが情報はおろか話すらして貰えないかもしれない」

 悟の意見をリョウが一蹴してしまうが彼女の言う通りである。幻想郷で起きている“異変”について把握するまで極力、秘密裏に情報を集めるべきだ。

「とにかく、今はこうやって話し合いをしている時間すら惜しい。静、博麗の巫女はどれくらい持つ?」

「え? あー……うーん、大きく見積もって3日。最悪、明日には衰弱死しちゃうかも」

「ッ……」

 母さんの診察結果を聞いて俺は思わず息を呑んでしまった。まさかそこまで酷い状態だとは思わなかったのである。確かに一刻も早く異変を解決して霊夢を助けることが先決だ。

「……ん? あのお母様、今、衰弱死(・・・)と言いましたか?」

「うん、簡単な触診しかしてないから断言はできないけど……それがどうかしたの?」

「いえ、私も先ほど【薬草】を使って霊夢さんの容態を確かめたのですが少しずつ生体反応が小さくなっていくように見えたので……こう、なんと言いますか。まるで、地力を何かに吸い上げられているように。それが原因で霊夢さんは衰弱しているのかと思いまして」

「吸い上げ……まさか!?」

 桔梗と母さんの会話を聞いて嫌な予感がした俺はすぐに『探知魔眼』を発動させる。そして、彼女の霊力が黒石のペンダントを通してどこかに流れていくのが視えた。

 地力の流出。それが黒石のペンダントに仕掛けられた術式であり、霊夢が衰弱している原因だ。


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