東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第441話 霊力の行方

 博麗神社を出た俺たちは全力で森の中を駆け抜けていた。いや、駆け抜けるというよりは超低空飛行で地面すれすれを飛んでいた。

「お、おい! こっちで合ってるのか!」

「ああ、このまま真っ直ぐ突っ切るぞ」

「わか――っとと!」

 隣から聞こえた悟の質問に前を見ながら返事をする。その直後、バランスでも崩したのか彼の間抜けな声が耳に届いた。無理もない、だってこれが悟にとって初めての“飛行”なのだから。

「桔梗、もう少し悟を気遣ってやれ」

「は、はい……ですが、森の中をこんな高速で飛べば自然と荒くなってしまいます!」

 俺の右手首――ではなく、悟の背中で必死に木々を躱している桔梗【翼】。

 外に出ると決まってすぐに悟の移動手段が話題に上がった。俺とリョウが悟たちを守るとはいえ、移動速度を彼に合わせていたらいつまで経っても目的地(・・・)に辿り着けない。そこで桔梗【翼】で悟を運ぶことにしたのだ。

「くっ……またか」

 探知魔眼が前方に多数の生体反応をキャッチし、思わず舌打ちをしてしまう。悟と奏楽がいるので魔法の森を迂回するように移動しているため、野良妖怪や妖精が次から次へと襲い掛かってくるのだ。

 この反応は妖精。しかも、かなり数が多い。先ほどまでは妖精たちの身を案じて隠れるように移動していたが霊夢の容態がいつ急変してもおかしくない現状、彼らには――特に妖精には死んで(一回休みして)もらう。

「このまま突っ込む。奏楽を離すなよ」

「わかってるって!」

 頷いた悟を見て速度を上げ、彼を守るように前に出た。そして、事前に展開してあった4つの『五芒星結界』を高速回転させ、探知魔眼の反応を頼りに前方に飛ばす。するとすぐに7つの反応が消えた。本当は8人ほど殺すつもりで放ったのだが、肉眼で見ていなかったせいで外してしまったらしい。

 妖精の大群はもうすぐそこまで来ている。しかし、『五芒星結界』の攻撃は線であるため、殲滅に時間がかかってしまう。このままでは彼女たちと正面衝突し、悟と奏楽が怪我をしてしまうかもしれない。ならば――。

「吸血鬼!」

「ええ!」

 俺の隣に現れた吸血鬼が周囲に狙撃銃を10丁ほど出現させ、その銃口から銃弾の雨を降らす。その直後、森の奥から出てきた妖精たちがハチの巣にされ、消滅した。だが、全ての妖精を撃ち落とすことはできなかったようで数匹ほど生き残りがいた。

 とにかく今は可能な限り、速度を落とさずに目的地に向かうことが最優先。撃ち漏らしは無視して仲間がやられて困惑している妖精たちの横を通り抜けた。

「うおっ」

 しかし、一匹だけ正気に戻るのが早く俺の後ろにいた悟たちへ霊力の弾を射出する。視覚からの攻撃だったが桔梗【翼】の振動を使えば余裕で回避できる攻撃だが、ここは木々が生い茂っている森の中。緊急回避すれば周囲の木に当たってしまう。それに今回の場合、悟の腕の中には奏楽がいる。もし、桔梗【翼】の緊急回避のGに耐え切れず、奏楽を落としてしまう可能性だってゼロじゃない。

「……ふん」

 悟に霊弾が当たる直前、彼の周囲からいくつもの影の鞭が飛び出し、霊弾はもちろん吸血鬼が撃ち漏らした妖精たちを全て薙ぎ払ってしまった。そう、悟の影に潜んでいたリョウが妖精たちを倒してくれたのだ。

「さ、サンキュ」

「別にこれぐらいどうってことない。それよりも目的地はまだなのか?」

「ああ、まだみたいだ」

 リョウの言葉に俺は上空を流れる霊夢の霊力を見上げる。今にも切れてしまいそうなほど細く、それでいて濃い霊力の線は博麗神社で視た頃と変わらない軌跡を描いていた。

 黒石のペンダントの術式が『地力の流出』だとわかった後、すぐにその地力が真っ直ぐ西の方角へ向かっていることに気付いた。博麗神社は幻想郷の一番東に位置しているため、方角だけでは霊夢の霊力がどこに流れているかわからないが霊力を追えば黒石のペンダントを彼女に付けた犯人に辿り着ける。

「それにしても自分の居場所を悟られないためにこんな面倒なことまでするとは……犯人は相当用心深いな」

「響の魔眼じゃないと視えないんだろ? リョウだって気付かないほど細く地力を運ぶことなんでできるのか?」

 普通であれば地力が漏れていれば感覚的に察知できるのだが、霊夢の霊力が奪われていることに気付くのが遅れたのは霊夢から流出している霊力の線があまりにも細かったからである。今だって力の流れを視ることができる探知魔眼でも凝視しなければ見失ってしまいそうだ。

「実際できているのだからできるのだろう。どれほど複雑な術式を使っているか知らんが……問題は奪った地力を使って何を企んでいるか、だ」

 霊力の線がどこに繋がっているか不明であるが、十中八九何かに利用されているはず。利用しないのであれば霊力の輸送などせず、その場で垂れ流すように術式を組めばいい。そちらの方が術式も簡潔になるし、こうやって俺たちに追跡される心配もなくなるのだから。

「とにかく今はこの森を突破することに集中しよう。吸血鬼は一旦、戻ってくれ」

「ええ、また何かあったら呼んでね」

 吸血鬼が表に出ている間、少しずつではあるが地力が消費されるので少しでも力を温存しておくために魂へと帰ってもらう。犯人がどんな人かわからないがこんなことする奴が素直に黒石のペンダントの術式を止めるとは思えない。その場合、力づくで……最悪、殺してでも術式を止める。そうしなければ霊夢が――。

(……ん?)

「響、どうした?」

「……何でもない。お前は飛ぶことに集中しろ」

「集中しろって言われても操縦は桔梗ちゃんがしてる……うわっと!?」

 再び俺の隣へ移動した悟がこちらを見ながら首を傾げたが怪しまれないように誤魔化すように指摘する。幸い、バランスを崩して奏楽を落としそうになった彼は慌てて前を見て迫る木々に集中し始めた。

「……」

 何とか上手くはぐらかせたようだが、今の違和感は何だったのだろう。

 霊夢が死にそうなのにすぐに助けられなかった情けなさ?

 明日までに何とかしなければ霊夢が死んでしまうことに対する焦り? 

 こうして縋る思いで霊力の線を追いかけることしかできないもどかしさ?

 いや、どれも違うような気がする。では、この感情は一体――。

「響、しっかりしろ。前から妖精の大群が迫っているぞ」

「ッ……すまん」

 リョウに指摘され。すぐに意識を魔眼に向ける。彼女の言う通り、すぐそこまで妖精の大群が来ていた。

 母さんの見立てでは霊夢が衰弱死するのは良くて3日後、最悪の場合、明日。それなのに犯人はおろか仲間たちとの合流すら済んでいない。ただでさえ幻想郷が崩壊するかもしれない状況なのに、それに加えて人の……顔見知りの生死が関わっているのだ、焦る気持ちがあってもおかしくはない。おかしくはないのだが、どうも腑に落ちないのだ。この心を燻る感情は“情けなさ”や“焦り”とは違うような気がする。

(駄目だ、今はこっちだ)

 首を振って強引に思考を止め、『五芒星結界』を動かして森の奥から出てきた妖精たちを受け止めた。受け止められた妖精たちは渋滞を起こし、動くに動けない状況に陥っている。その間にリョウが影を伸ばして次々に妖精たちを倒していく。

「邪魔だ!」

 リョウの影を潜り抜けるように移動し、『五芒星結界』を飛び越えた俺は広範囲に雷撃を放ち、残っていた妖精を殲滅した。

 霊力の線の行き先はまだ見えない。


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