東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第442話 幻想郷の現状

 博麗神社を出て魔法の森を迂回するように移動していた俺たちだったが、次第に周囲から木々が消え、悟たちと合流した草原に出る。魔法の森を突破するよりも時間がかかるとは思っていたが妖精たちの妨害で予想以上に手間取ってしまった。

「霊力の線は?」

「……あった」

 悟の影から顔だけ出したリョウの言葉に視線を上に向け、少し離れた場所に紅い線を見つける。霊力の線は相変わらず西へ向かっているようだ。

 可能な限り、霊力の線の真下を移動していたが魔法の森の上空を通るように伸びていたので迂回するにあたって何度か線から離れなければならない時があった。霊力の線は魔眼を使って辛うじて見える程度なので線から離れた後、すぐに空を見上げて線を探す作業を繰り返していた。

「まだどこに繋がってるかわからないか?」

「ああ、ただひたすら真っ直ぐ西へ向かってる」

 そう言いながら線の軌道を示すように指を動かすと悟は顔を引き攣らせる。桔梗【翼】で移動しているとはいえ、迫る妖精の大群や緊急回避のGにより少しずつ体力を削られているらしい。時間がないのも事実だが疲労困憊の状態で犯人と会うのも危険だ。

「その方角、丁度人里の真上を通るのではないか?」

 そんな彼女の指摘を受け、脳内に幻想郷の地図を広げて確認すると確かに線は人里の真上を通る軌道を描いていた。ここで取れる選択肢は2つ。

 1つは野良妖怪や妖精たちが襲ってきたことを考慮し、人里の人々に襲われないように迂回すること。

 そして、異変や犯人の情報を得るために多少の危険を冒してでも人里へ入ること。

「別に人里へ入ること自体、それほど危険ではないと思うが」

「いや、人間たちが襲ってきたら手加減しなきゃならなくなるだろ? 妖精みたいに瞬殺するわけにもいかないだろうし」

「バカ正直に正面から入る必要はないと言っている。要は俺たちが俺たちだとばれなければいい」

 腕を組んだ状態で悟の影から出てきたリョウを見て俺たちは思わず、顔を見合わせた状態で首を傾げてしまう。

「たとえ俺が魔法で姿を変えたところで魔力を感じ取れるやつがいれば一発でアウトだぞ。影の中に潜るとしても視界は塞がれるから音だけで情報を集めなきゃならなくなる」

 俺たちだとばれなければいい。そう簡単にいうが人里には人間しかいないわけじゃない。寺子屋には慧音がいるし、鈴仙や永琳は薬を売りに来る。人里といっても人間以外の者は立ち入り禁止、という決まりがあるわけではないのだ。

 幸い、悟が幻想郷へ来たのは1回きり。人里へ入ったことはあるものの、滞在時間も短かったし、なので人里へ入っても襲われることはないだろう。

「ああ、確かにその通りだ。だが、それは前提として魔力を感じ取れるやつがいる場合の話。今回に限っていえば大丈夫だろう」

 そう言ってリョウはこちらに背中を向けて歩き出してしまった。仕方なく、俺たちも彼女の後を追う。『大丈夫』と言った割にはどこか沈んだ彼女の顔を思い出しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見たことあるか?」

「……いや、ない。別の人たちだったはず」

 人里の近くまで来た俺たちはリョウの影の中から門番の顔を観察していた。悟が幻想郷に来た時、まともに話したのは慧音、早苗、霊夢――そして、門番の二人だけ。あれから数か月ほど経っているが外来人である彼のことを覚えている可能性もあったのでこうやって確認していたのだ

「なら、行くか」

「お、おう」

 変身魔法で父さんの姿(服装は人里の人たちに合わせて着物)になった俺と少しばかり緊張している様子の悟は並んで門番へと近づく。空から侵入すれば誰に見られるかわからないため、こうやってきちんと入り口から入った方がいいという話になったのだ。

 暇そうに欠伸をしていた片方の門番が俺たちに気付いて目を細めた。やはり、警戒されている。普段の人里ならここまで警戒しないはずなので人里でも何かあったのは確かなようだ。

「……見ない顔だな」

「おいおい、酷い人だな。一昨日、散々一緒に呑んだじゃないか(・・・・・・・・・・・・・)

 俺を見て明らかに怪しんでいた門番2人に俺はしっかりと目を合せながら暗示の魔法を発動させる。変身魔法に気付かない時点でこの2人は異能の力を感知することはできないことはわかっていた。暗示の魔法も簡単に掛かってくれるに違いない。

「――そう、だったか。そうだったな。すまん、まだ酒が残っているのかもしれん」

「はは、一昨日の酒がまだ残ってるなんてしつこい酒もあったもんだ。あんまり呑みすぎるなよ」

「ああ、気を付けるよ。ほら、入りな。また呑みに行こう」

 俺の予想通り、暗示に掛かった門番2人は俺と悟を怪しむことなく、人里へと招き入れた。ばれる前に人里へと入り、悟も慌てて俺についてきた。

「は、話には聞いてたけどさ……実際にあんなの見ると魔法って怖いって思っちゃうんだけど」

「あんなの手品みたいなもんだって」

 少しでも異能を知っていれば簡単に弾ける弱い暗示だ。それに加え、掛かる時間も短い。すでに門番たちの暗示は解けているはずだ。まぁ、暗示に掛かっている間の記憶は曖昧になるのでうたた寝していたと思うだろう。

「それでどこに向かう? さすがに寺子屋に行くのは反対するぞ」

 悟の影からリョウの小声が耳に届いた。さすがに幼女姿のリョウと気絶している奏楽は目立ってしまうため、悟の影の中にいてもらっている。また、桔梗も俺と悟が離ればなれになってしまった時のために桔梗【腕輪】に変形して悟の右手首に装着されていた。

「わかってる。まずは人里の様子でも見て違和感がないか探してみる。まぁ、時間がないから軽くだろうけど」

 チラリと上を見上げ、霊力の線の存在を確認する。情報を集めるとしても人里を突っ切る短い間だけだ。その間に霊夢を助ける方法や犯人に繋がる何かが見つかればいいが。

 それからしばらく人里を悟と並んで歩くが特別、変なところはなかった。あるとすれば人里全体がピリピリしていることぐらいか。だが、人里に影響が及ぼすような異変が起きた時もこのような雰囲気になると阿求が言っていたので今の状況が異変に近いのだと確信を得ることしかできなかった。

「……ん?」

 そろそろ人里の中心へ着くといったところで不意に悟が声を漏らす。視線を彼に向けると首を傾げながら前を指さした。

「あれ、なんだろう? 看板の、残骸?」

 悟が指さした物は支柱が真ん中からへし折られており、看板部分らしき残骸がその周囲に散らばっていた。あれが看板だと認識できたのは地面に散らばっている木片にビリビリになった紙が貼りついていたからだ。

「なぁ、響、あれが何か知って……響?」

「……」

「……なるほどな。原因はわからないが少なくとも人里もお前の敵らしい」

 看板の残骸を前に呆然としていると影からリョウの声が聞こえた。ああ、俺だって納得している。こんなものを見せられて納得しないわけがなかった。

「行こう。これを見ていたら怪しまれる」

「え? あ、おい!」

 これ以上、この場に残っていられるほどの胆力は俺にはなく、悟を置いて歩き出した。悟も慌てて俺の隣に並び、心配そうにこちらを見ている。

「結局、なんだったんだよ。あれ」

「……俺の看板だ」

「え?」

「万屋『響』の看板だ」

 幻想郷の各地に設置された万屋『響』の看板。依頼を出す時のルールや注意点が書かれた紙と依頼状を投函できるポストが一つになっているそれが粉々に砕かれていたのだ。しかも、人の手によって。

「人里の人たちはあれを気にしてる様子はなかった。つまり、人里の人たちも俺の敵に回った、ということだ」

 俺たちは幻想郷で何が起きているか調べに――そして、崩壊の危機にあるならそれを阻止するべくここに来た。

 でも、妖怪の山では巡回天狗に追いかけられ、普段はそこまで気性の荒くない妖精にも襲われ、人里では万屋の看板が破壊されていた。

 今、疑惑は確信へと変わる。そう、今の幻想郷には俺たちの味方はいない。きっと、他のところも他の奴らと同じような反応を見せるだろう。

(なぁ……霊夢、お前は――)

 まるで、人里の人たちから逃げるように早歩きで道を歩きながら俺は思わず、博麗神社で今もなお苦しんでいる彼女へ問いかけてしまった。

 

 

 

 

 

(――お前は……俺たちの味方、なのか?)


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