「……ねぇ」
「ぁ……な、なんだ?」
その時、どこか訝しげな表情を浮かべていた霊奈が悟とリョウが加わった皆の輪から離れて俺の傍に来た。東さんを訝しんでいることがばれてしまったのかとビクッと肩を震わせてしまう。
「なんか、変じゃない?」
「ッ!」
皆に聞こえないように俺の耳元でそう囁き、思わず目を見開いてしまう。彼女の表情は疑う、というよりも困惑に近かった。もしかして皆とは違い、東さんを完全に信じているわけではない?
「なんかって……なんだ?」
「それは……上手く言えないけど、何となく。さっきから頭痛が酷くて上手く考えがまとまらないの」
「え? 霊奈さん、大丈夫ですか? 診ましょうか?」
頭を押さえた霊奈の手首に移動した桔梗【腕輪】が【薬草】を使って簡易的な検診を始める。その様子を見ながらホッとため息を吐いてしまった。頭痛は心配だが東さんを疑っているのが俺だけじゃなくて安心してしまう。
じゃあ、他の皆と霊奈の違いはなんだ? どうして、霊奈だけは東さんを信用していない?
――そもそも
――えっと……悟君、それってどういうこと? 博麗の巫女だからってそこまで万能なわけじゃ。
――博麗の巫女特有の勘、か。
そうか、博麗の巫女の鋭い勘。霊奈も博麗の巫女候補。霊夢には劣るかもしれないがあの直感を持っている。だからこそ、霊奈は違和感を覚えた。それは博麗の巫女の勘も東さんを
(そういえば……)
皆と合流できたせいですっかり忘れていたがここに来たのは霊夢たちから地力を吸い上げている犯人を見つけるためだ。そして、地力の線が集中していた場所に東さんがいた。つまり――。
そこまで考えて咄嗟に魔眼を発動させ、皆に囲まれている東さんを見る。無数の地力の線が視界を遮り、上手く見えないが線の終着点は彼だった。
方法は未だにわからないが現在進行形で東さん――東は『東方project』に登場した人物たちから地力を奪い、何かを企んでいる。
それに東を信用する皆の様子にも見覚え、というより読み覚えがある。そう、あの屋敷で見つけた兵士の日記だ。あの日記を書いた兵士は当初、やる気なかったのに雇い主と話したら忠誠心を見せ始めた。西さんだって洗脳されて研究に協力させられていた。
ここまで状況証拠が揃えば自ずと予想もつく。
そう、彼こそ幻想郷を崩壊させようと今まで色々と企てた組織の代表、東 幸助。俺たちの敵である。
しかし、これはまずい状況だ。幻想郷の住人たちが俺たちに敵対しているのも彼の仕業だろう。このまま放置すれば皆も西さんのように洗脳されて東の言いなりになってしまうかもしれない。霊奈も違和感を覚えているとはいえ、疑っているわけではないのだ。何かのきっかけで東を信じてしまう可能性だってある。
(どうする、どうすればいいッ……)
東がどうやって皆を洗脳しているのか分からない限り、こちらとしても対処の仕様がない。翠炎ならば一時的に皆を正気に戻せるかもしれないが霊夢のペンダントと同じように原因をどうにかしなければ何も解決しないのである。
「さて、それじゃあ、響さんたちとも合流できたので移動しましょうか」
「移動ってどこに?」
「事情は移動しながらするのでまずはついてきてほしい」
その時、皆と話していた東がいきなりそんな提案をした。彼が何を企んでいるのかわからないが奴は地力を奪う術を持っている。ついていくのは絶対に避けなければならない。だが、東を信じ切っている皆は首を傾げながらも歩き始めた彼の後を追いかけた。違和感を覚えていた霊奈も俺と東を何度か見比べ、東の方へ向かってしまう。彼女の手首から桔梗の困惑する声が聞こえた。
「ま、待て!」
さすがに見逃すわけにはいかず、慌てて叫んだ。俺の声に反応した皆が一斉にこちらを振り返り、向けられた
だが、だからといって黙っていられない。いられるわけがない。皆、大切な人なのだ。こんな俺に今までついて来てくれた――想ってくれた人たちなのだ。だから、そう易々と奪われてたまるか。絶対に、取り返してみせる。
「……ん」
そんな俺の気持ちが伝わったのか、悟の胸の中で眠っていた奏楽が目を覚ました。彼女は寝惚けた様子でキョロキョロと辺りを見渡し、東を見つけ――。
「い、ぃや……いやああああああああああああああああああああ!!」
――絶叫した。
そのあまりの声量に奏楽を抱っこしているため、両手が使えない悟以外の全員が耳を塞ぐ。ビリビリと大気が震え、目の前がチカチカする。耳を塞げなかった悟などその場で膝を付いて悶えていた。この悲鳴を聞くのは魂喰異変以来だ。下手をすればあの時よりも威力があるかもしれない。
『どうして、あいつがいるの!?』
『どうして、みんな何も思わないの!?』
『どうして、あいつが危ないことにみんな気付かないの!?』
『もう、もうもうもうもうもう!!』
なにより能力が暴走しているのか奏楽が感じている恐怖と怒りが魂へ直接伝わってくる。この様子だと奏楽は洗脳を受けていない。だが、この異常な反応は一体、なんなのだ。まるで、ずっと昔から警戒していた人が突然目の前にいたような――。
――あの人、何かお兄ちゃんに悪い事をしようとしてる……。
そういえば、東からタロットカードを貰った数日後、雅から奏楽が彼を警戒するようなことを言っていたと報告を受けた。まさか、あの時から奏楽は東の企みを本能的に察知していたのか。
『そ、そう、だ。あの時、奏楽は……』
未だに泣き止まない奏楽を見て雅の心の声が聞こえる。奏楽の『魂を繋ぐ程度の能力』の影響で無差別に人の心が伝わっているのかもしれない。俺には干渉系の能力は効かないので俺の心の声が伝わることはないと思うが。
(待て、干渉系の能力が効かない……そうかっ)
『桔梗!』
こんな状況では普通に声を出したところで桔梗には届かない。だが、俺は桔梗と魔力の糸で繋がっている。それを介して念話を送った。
『へぇあ!? マスターの声が聞こえました!? これは、幻聴!?』
『幻聴じゃない! お前は東をどう思ってる!?』
『東、さんですか? 会ったばかりなのでよくわかりませんが……いまいち信用できないとは思っています。どうして、皆さんあんなに彼のことを信じているのでしょう?』
霊奈が東について行った時、桔梗は困惑していた。おそらく、彼女にも東の洗脳は効いていない。完全自律型人形だからといって桔梗は人間ではない。それが影響しているのかもしれない。とにかく、奴の洗脳は一部の奴には通用しない。
また、洗脳自体、そこまで強いものではない。いや、というより脆い。
博麗の巫女の勘を持つ霊奈が違和感を覚えたのも、洗脳が解けた西さんが再び洗脳されることはなかったのもその脆さのおかげ。何か引っ掛かりがあればすぐに解けてしまうはずだ。
つまり、一度でも正気に戻せば洗脳されていたと自覚し、奴の洗脳を無効化出来る可能性が高い。
そして、なにより俺にその洗脳が通用していないということは――。
(――この洗脳は東の能力によるもの!)
「翠炎!」
耳を塞いでいた両手を思い切り地面に叩きつけ、翠炎を炸裂させる。翠色の炎が四方八方へ飛び散り、津波のように皆へ襲い掛かった。