東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第447話 能力の浸食

 翠炎の波に飲まれた皆はキョトンとした様子でこちらをジッと見ていたが、すぐにハッとして後ろにいる東の方へ振り返った。そして、慌てて彼から距離を取る。どうやら、上手くいったようだ。

「……」

 だが、皆の洗脳が解けたのに東は未だにこちらに背中を向けたまま、動かない。それに翠炎を放った時も皆が驚いて振り返ったのに彼だけは反応しなかった。まるで、最初からこうなるとわかっていたように(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

「ひ、東さん……」

 少しだけ怯えた様子で望が東に話しかける。洗脳が解けたおかげで東に操られかけていたことに気付いたようだ。俺の予想が正しければこれで奴の洗脳は無効化される。

「どうして、こんなことを?」

 望たちの話が本当ならば東は敵でありながら望を助けた。だからこそ、翠炎で正気に戻ってもにわかに信じられなかったのだろう。

「駄目だよ、望。そいつは敵なんだから」

 そう言いながら望を庇うように雅は背中に炭素の翼を形成しながら前に出た。やはり、奏楽の忠告を聞いたことがあるからか奴への警戒心が跳ねあがっている。

 他の皆もそれぞれ戦う準備を終え、いつでも動けるように構えていた。あの奏楽でさえ悟の胸に抱かれながら魂を固めて作ったナイフを持っていた。

「……く、くくく」

 その時、ずっと沈黙していた東が唐突に笑い始め、こちらを振り返る。先ほどまでの温厚そうな微笑みは消え去り、ニタニタと下品な笑みを浮かべていた。

「ああ、わかっていたさ。こうなることぐらい、お前がその炎を手に入れてからな」

「……やっぱり、お前が代表なんだな」

 雰囲気どころか話し方までがらりと変わった東に戸惑いながらそう問いかける。俺の言葉に皆が目を見開き、すぐに納得したような表情を浮かべた。

 そんな中、東だけは下品な笑みを崩さず、一歩だけ前に出た後、背中のリュックサックを下ろした。重い物でも入っていたのか地面に落ちた時にドス、と鈍い音がする。

「ああ、そうだ。だからなんだ?」

「なんだって……お前は幻想郷を崩壊させる気なんだろ!?」

 平然とした様子で答えた東に思わず声を荒げてしまった。幻想郷を崩壊させるだけじゃない。こいつは霊夢たちから地力を奪っている。このままでは地力を奪われている皆が死んでしまうのだ、冷静でいられるわけがない。

「はっ……今更そんなことを聞いてどうする? 答えなどわかり切ってるだろ」

 彼の言う通り、あの組織の目的が幻想郷を崩壊させることぐらい知っている。だから、それを食い止めるために俺たちはここに来た。

 そして、幻想郷の住人から地力を奪って――殺してでも成し遂げようとしている時点で俺が何を言っても止める気などないこともわかっている。

 結局のところ、どんなに言葉を交わしたところで意味はない。むしろ、こちらは皆の命が尽きる前に地力の流出を止めなければならないため、会話する時間すら勿体ない。最初から戦う(こうなる)運命だったのだ。

「……まぁ、本当に戦えるのならな」

「え?」

「このッ……きゃあっ!?」

「み、雅ちゃ――わわっ」

「ぐえっ」

 ニヤリと笑った東に首を傾げたその時、いきなり雅がその場で派手に転び、顔を地面に強打した。更に転んだ雅に駆け寄ろうとした望も雅と同じように転倒。幸い、望が倒れた先に雅がいたので地面とキスすることはなかったが二人とも何が起こったのかわからず、困惑しているようだ。

「お前、何をした!?」

「いや、なにも? その子が勝手に転んだだけだ」

「そんなわけ――ッ」

 俺の質問に肩を竦めた東だったが、追究するすぐに周りを見て言葉を失ってしまう。雅や望だけじゃない。他の皆もその場で片膝を付いていたり、転倒はしていないが動き辛そうに顔を顰めていた。

(まさかこれも東の能力!?)

 てっきり、洗脳系の能力だと思っていたがそんな単純な能力ではなかったようだ。だが、奴の能力は一体? 洗脳と今の状況に関連性はないように思えるが。

「不思議に思ってるみたいだな。そうだな……仲間を正気に戻した褒美に教えてやろう」

「褒美だと? ふざけるな!」

 東の言葉にリョウが声を荒げて自分の影を針状に変化させ、奴へ飛ばす。しかし、上手く能力が使えないのかほとんどの針が外れ、当たりそうだったそれも東は右手だけで叩き落としてしまう。

オレ(・・)の能力は『神経を鈍らせる程度の能力』。周囲にいる生物の神経を鈍らせるだけの能力だよ」

 つまり、皆が転んだり、動き辛そうにしているのは『運動神経』を鈍らされているせいか。でも、それだけなら洗脳に関して説明できない。それに『運動神経』を鈍らされただけでリョウが『影針』を外すのも不可解だ。

(ッ……そういうことか!)

 なにも奴が鈍らせられるのは『運動神経』などの神経系だけじゃない。警戒や技のコントロールなど神経を使うこと全てを鈍らせられる(・・・・・・・・・・・・・・・・)のだ。

 だからこそ、皆は警戒心が鈍らされ、簡単に東を信じた。洗脳ではないので一度、解除され、東に何かされたと自覚した瞬間、警戒心が跳ねあがり、それを鈍らされても信じなくなっただけ。

 しかし、問題は神経系を鈍らされた場合だ。翠炎で一時的に元に戻すことは可能だが、すぐに鈍らされて動けなくなってしまうだろう。

「くっ……」

 見れば、炭素のコントロールすらできなくなってしまったのか雅の背中の翼がサラサラと風に飛ばされ、消えてしまった。他の皆も顔を強張らせて東を睨みつけている。俺以外に能力が使えそうなのは魂を固めたナイフを持っている奏楽ぐらいだろう。

「……やはり効かないか。まぁ、いい。オレの能力はいわば毒のようなものでな。傍にいる時間が長ければ長いほど鈍らせられる大きさが増す。集中力に始まり、警戒心、神経系……さぁ、人間の神経を極限まで鈍らせたらどうなるか。想像できるか?」

「ッ!? お前ら、響と俺を残して逃げろ! 自律神経系を鈍らされたら死ぬぞ!」

 東の言葉の意味を理解したリョウが絶叫した。

 大学の授業で習ったが自律神経系は心拍、呼吸、分泌の調整など、内部環境の調節を行っている神経系だ。もし、それらを鈍らされたら呼吸や鼓動が上手くできなくなり、死に至るだろう。

 すでに運動神経――体性神経系を鈍らせることができている時点でいつ自律神経系を鈍らせられるかわからない。今すぐにでも皆をここから離すべきだ。

「リョウ、お前はどうすんだ!?」

「お前の影に入る! 翠炎で俺を燃やせ!」

 干渉系の能力が効かない俺の影に入ればリョウも東の能力を無効化することができる。東の実力が分からない現状、少しでも戦力を残しておくべきだ。

 すぐにリョウの傍に移動して翠炎を灯した右手で彼女の頭に触れ、リョウの能力だけ受け入れるとすぐに俺の影へ潜り込んだ。

「お前らは急いでこの場から離れろ!」

「でも……もう、ほとんど体の感覚が、なくて」

 俺たちと合流するまで東の傍にいた雅たちはすでにかなり東の能力に浸食されていたようで悟と奏楽以外、その場でへたり込んでしまっていた。逃げることはおろか立ち上がることすらできないらしい。

「ぐっ……奏楽、幽霊を使って皆を運べるか!?」

「うん、できる! 皆、お願い!」

 奏楽は力強く頷いた後、幽霊を操って皆の体を浮遊させ、凄まじい速度でこの場を離脱する。

『桔梗、動けるか!?』

『はい、私は“生物”ではないので奴の能力は効きません!』

『奏楽は幽霊を動かすのにせいいっぱいなはずだ。皆を守ってくれ!』

『わかりました。マスター、ご武運を!』

 東を警戒しながら霊奈の手首に装備されたままだった桔梗に念話を送る。これで野良妖怪や妖精に襲われても何とかなるだろう。

「……これで邪魔者はいなくなったな」

 すんなりと皆の逃走を見逃した東だったが最初から俺としか戦うつもりはなかったらしい。地面に落としたリュックサックを蹴飛ばした後、ニタリと笑った。

「邪魔者なんかじゃない。俺の大切な仲間だ」

「足手まといにも気を配るなんてお前も大変だな。ほら、かかってこいよ。守りたいものがあるんだろ?」

「……言われなくても、やってやるよ!!」

 余裕綽々といった様子で佇んでいる東に向かって俺は突っ込んだ。俺の影に潜っているリョウも俺の影を操作して奴へ攻撃を仕掛ける。

 

 

 

 幻想郷の崩壊を阻止、そして、霊夢たちの命を救うための戦いが始まった。

 


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