第44話 音無 響
「忘れ物はないか?」
「ちょっと待って……多分、大丈夫」
望は鞄の中身をチェックし、返事をした。
「じゃあ、行くか」
「うん!」
元気よく頷く。それを見てから俺は玄関の扉を開けた。今日は9月1日。夏休みが終わり、2学期が始まる。
「でも、大丈夫なの?」
通学路の途中で望が聞いて来た。
「何が?」
「学校に行きながらでも仕事、続けるんでしょ?」
「うん」
「体とか壊さない?」
「それに関しては大丈夫」
何せ、霊力があれば腕が引き千切れてもすぐに再生出来る体なのだ。疲労で壊れたとしてもすぐに治る――はずだ。
「お二人さん、おはよう!」
その時、後ろから悟が走って来る。
「おはよう」「おはようございます」
俺と望が立ち止り、あいさつした。
「久しぶりだな。お前、ずっと仕事でほとんど遊べなかったし」
「そうだね」
「大変だな……ん? その指輪、どうしたんだ?」
右手の中指を見ながら悟が質問して来た。緑色の鉱石がキラリと光る。
「ああ、外れなくなってな。仕方なく」
「ドンマイ」
「うるせー」
「そんな事より! 望ちゃん!」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれ、望が肩を震わせた。
「聞いたよ! 東方、遊んでくれたんだって?」
「そうですけど……」
「響の言った事が本当だったらすごい事になるけど本当なの?」
「はい、本当です」
望は2日で東方を全てクリアしていた。つまり、全ての難易度のボスを倒したと言う事らしい。普通はあり得ないそうだ。
「今度から師匠って呼んでいい?」
「嫌です」
「そう言わずにさ。お願い! 師匠!」
「もう呼んでるじゃないですか!!」
そんな会話を聞きながらふと考える。本当に今後、何事もなく学校と仕事を両立出来るのだろうか。
「無理だな……」
自然と溜息が出た。理由は簡単、こんな朝早くから依頼のメールが届いているからだ。その証拠に今もスキホが震えている。
「お~い! 望~!」
その時、遠くの方から女の声が聞こえる。
「あ! 望(のぞむ)ちゃん!」
悟と言い争っていた望が望と同じ制服を着た女子生徒の元へ駆け寄った。
「おはよう!」
望が元気よくあいさつする。
「うん、おはよう」
望が話している相手は築嶋 望(つきしま のぞむ)と言って望の親友だ。同じ字なのに読み方が違うと言う理由で仲良くなったらしい。黒髪でストレート。長さは腰のあたりまである。顔は整っていて美少女と言える。身長は望より頭一つ高く俺とほぼ同じだ。
「じゃあ、お兄ちゃん行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
いつも、ここで別れて望は築嶋さんと学校へ向かう。いつも通り、俺と悟の二人だけで通学する。
「いや~、望ちゃんに築嶋さん。美少女が並んで歩くなんて素晴らしいね。望ちゃんは元気一杯の女の子って感じだけど築嶋さんは落ち着いていて大和撫子って感じだよ」
「知らん」
うんうんと頷いている悟を置いて歩き始める俺。
「ん?」
目の前から望と同じ学校の制服を着た男子が歩いて来る。ポケットに手を突っ込んで目を鋭くしていた。いつもなら気にならないのだが、幻想郷に行ってから霊力とか魔力を感じ取れるようになった今は違和感を覚える。
(霊力? いや、魔力か? う~ん……それも違う)
「どうしたんだ? 響」
「……いや、何でもない」
悟が追いついて来たので考えるのをやめた。男子とすれ違う。丁度、男子も俺の方を見て目が合った。
「「……」」
お互い、何も言わずに通り過ぎる。やはり、何か感じるが何かがわからない。今まで触れて来た力とは別の物らしい。
「お前、怖いぞ」
「え?」
急に悟に言われ、目が点になった。
「なんて言うんだろう? 夏休みの途中から目の奥に何かある感じ?」
幼馴染の悟が言うのだ。そうなのだろう。
「どんな感じだよ」
きっと、魂の中にいる吸血鬼たちの事だ。でも、説明しようにも出来ないので誤魔化す。
「自分でもよくわかんない。まぁ、響が無事ならいいんだけどな。それより、大学決めた?」
「ああ、○○大学に」
「ええ!? そんなに頭いい所かよ!? 頑張って勉強しなきゃ」
「? 一緒の大学がいいのか?」
「まぁ、お前といると楽しいし」
「ふ~ん」
それから学校に着くまで適当な話を続けた。
「音無君! 大丈夫だった?」
「山で遭難したんだって?」
「母親が蒸発したって本当?」
「ちょ、落ち着けって……」
教室に入ると同時にクラスメイトに囲まれる。確かに山で遭難したし母親が蒸発した人は珍しいと思うがここまで注目されるとは思わなかった。
「はい、ストップ!」
俺とクラスメイトの間に悟が入り込み、そう言った。
「質問は一人、一回! 順番は出席番号順だ!」
「おい! お前が何で仕切るんだよ!」
クラスメイトの男子が文句を言う。
「俺は響の幼馴染だ! こいつを守る権利がある!」
悟の言葉にブーイングする一同。その隙に俺は自分の席に座った。一番、窓際で前から3番目だ。丁度、横の窓が開いており、風が気持ちよかった。
「ん?」
その瞬間、ズボンのポケットに入れておいたスキホがまた震える。開いてメールの中身を確認するとやはり依頼だった。実は依頼には2種類あり、その日にやらなければいけない依頼と後日でも大丈夫な依頼だ。それをスキホが自動的に識別し、今日やらなければいけない依頼だけがスキホに届く仕組みになっている。だが、減らした依頼は後回しにしただけだ。酷い日は依頼の数は2桁になる。
「お? 携帯、変えたのか?」
悟がスキホを見て聞いて来た。その後ろに一列で並ぶクラスメイトを見る所、順番待ちらしい。
「これは仕事用。まぁ、新しくしたのは事実だけど」
スキホが入っていたポケットとは違うポケットから新品の携帯を取り出す。狂気異変の後、壊れてしまったのだ。
「へ~……さぁ、質問タイムスタート!」
「俺に拒否権はない……よな」
「仕事って何してるの?」
「黙秘します」
肩を落として、クラスメイトの質問に淡々と答える俺だった。
俺は学校で浮いている。孤独と言っても過言ではない。遠くでひそひそと俺を見ながら内緒話は当たり前。酷いのは悪戯だ。男女問わず俺に告白して来る。悪戯だとわかっているので傷つかないけど時間の無駄なのでやめて貰いたい。更に廊下を歩けばすれ違う人のほとんどが俺の顔を見る。何か付いているのだろうか。それにも慣れた。クラスでも同じだ。一応、話す事は出来るのだが、女子と話せば顔を紅くされるし男子と話すと何故か視線を外される。まともに顔を見て話をしてくれるのは悟だけだ。やはり、この長い髪のせいだろうか。
「趣味は何ですか?」
「家事?」
趣味が見つからなかったので適当に答える。教室の端で黄色い歓声が上がったが関係ないだろう。それよりも質問の内容が何故かお見合いのようになって来ているのは気のせいなのだろうか。
響は気付いてなかった。彼は確かに浮いている。だが、その理由は容姿にあるのだ。
顔は整っていて、身長は男にしては低く、女子にしては高い。成績優秀。運動神経も抜群だ。それでいて性格はクール。モテなきゃおかしい。
内緒話の内容はだいたい『かっこいい』や『綺麗』などの褒め言葉。
告白されるのは悪戯でも何でもなく本気の告白だ。
顔は女なので男からも人気があり、女子からは尊敬される存在だ。廊下ですれ違う度、同級生は憧れの存在として、下級生は女子なのに男子用の制服を着ている先輩がいると不思議に思い、まじまじと見る。そして、下級生は部活などの先輩に質問し、男だと言われ驚愕するのだ。
クラスメイトになれたらその1年は天国。だが、慣れていないと顔を直視、出来ない。更に響の顔は女の中に男らしさがあり、かわいさの中にかっこ良さがある。だから、女子は紅くなってしまい、男子は顔を見てしまうとドキッとしてしまうのだ。相手は美少女顔だが、男だと理解しているので必死で抵抗しているらしい。
因みに響のファンクラブも存在しているが本人は知らない。会長はもちろん、悟である。その事も響は知らない。つまり、響は孤独なのではなく孤高の存在なのだ。