東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第450話 悟の直感

「奏楽さん、前方から妖精の群れが迫っています」

「うん、わかった……――、―――!」

 私の言葉を聞いた奏楽さんは普段とはかけ離れた真面目な表情で頷き、聞き覚えのない言葉を紡ぎます。その刹那、私たちの前に白い靄が湧き出て前にいる妖精たちへ群がりました。最初は不思議そうに首を傾げていた妖精たちでしたが、すぐに苦しげに顔を歪め、そのまま消滅してしまいます。

(まさか、ここまで強いなんて……)

 私はこの時代に来てからまだ1か月ほどしか経っていませんので皆さんはおろか今のマスターの実力すら把握し切れていません。しかし、奏楽さんの力はあまりに強大。ただ言葉を紡ぐだけで妖精をまとめて屠ってしまいます。

 なにより彼女はまったく地力を消費していません(・・・・・・・・・・・)。つまり、どれだけ力を使っても奏楽さんはガス欠を起こさない。

「――――――……さぁ、いこ!」

 白い靄に話しかけ、消した(もしくは白い靄が自分で消えた)奏楽さん。私もすぐに出発したいのですが、そう上手くもいかないようです。

「ま、待って……速いよ、2人とも」

 その時、覚束ない足取りでやっと私たちに追い付いたのは悟さんでした。その後ろには彼以上に息を切らせた望さんたちの姿。

 最初は奏楽さんの能力で飛んで移動していたのですが、あの未知の力を使う奏楽さんでもさすがに8人もの大人を木が生い茂る森の中を運ぶのは難しかったようです。森に入って数分で雅さんが勢いよく木に激突し、鼻血を出した時点で顔を青くした皆さんは奏楽さんに降ろして欲しいと頼み込みました。あの勢いで木にぶつかったら一般人である望さんと悟さんは首の骨が折れて死んでしまうでしょう。

 ですが、森の中を走って移動することにしましたが奴から距離を取っても能力の影響はすぐに消えないのか、皆さんの走る速度は恐ろしいほど遅く、何度も躓き、何度も転び、何度も木にぶつかってここまで来るのにすでに満身創痍です。

「はぁ……はぁ……なにこれ、全然体が言うことを聞いてくれないんだけど」

 とりあえず、待っていると悟さんの次に追い付いた霊奈さんがそう呟きました。東は自分の能力を毒と例えました。奴の傍にいればいるほど、信用すればするほど神経を鈍らされ、泥沼のようにはまっていきます。

 そのため、皆さんの中で最後に合流した悟さんはもちろん、霊奈さんも東を信用し切っていませんでしたので能力の浸食はそこまで深くないようです。奏楽さんの場合、東のことを最初から拒絶していたので能力が効かなかったのでしょう。彼女の力はまだよくわかっていないのであくまで推測の域は超えられませんが。

「……も、ぅ……無理」

「の、望さん!? 大丈夫ですか!?」

 霊奈さんが合流してから3分と経たずに皆さんも何とか私たちに追い付くことができましたが、その途端、望さんがその場で倒れてしまいました。彼女は最も東さんの傍にいた時間が長く、窮地を助けてくれたせいで(・・・)信用してしまい、体力も人並みしかありません。そんな状態でただでさえ走りにくい森を何度も転びながら全力疾走(東の能力で100メートル走を20秒かけて走り切るほどの速度。なお、転んだ時間はいれておりません)したのですから倒れてしまうのも無理はないでしょう。

「ねぇ、あんたの能力で能力の浸食(これ)、どうにかできないの?」

「できたらとっくにやってるつーの。深くまで根付いてて関係を断ちきれねぇんだ」

 望さんだけでなく、あーだこーだと言い争っているリーマさんとドグさん以外の皆さんも心底疲れ切った表情を浮かべています。マスターは博麗神社に行けと言いましたが本当に辿り着くことができるのでしょうか。

「悟、大丈夫?」

「あ、ああ……なんとか――」

 心配そうにしている奏楽さんの頭を撫でる悟さんでしたが、彼の言葉は遠くの方で響いた轟音によって掻き消されてしまいました。丁度、マスターたちが東と戦っている方向です。かなり遠くの方まで来ましたがここまで戦闘音が届くとはそれほど激しい戦いが繰り広げられているのでしょう。

「マスター……」

 きっとマスターの身を心配しているのは私だけではないようで皆さん、轟音が響いた方向を不安げに見つめていました。マスターには東の能力は効かないことはわかっていますが奴の実力は未知数。マスターがそう簡単に負けるとは思えませんが心配なものは心配です。

「……」

「ん? どうしたの、悟」

「……ああ、いや」

 その時、鼻に詰め物をした雅さんが鼻声で悟さんに声をかけました。何か考え事でもしているのか顎に手を当てている悟さんは何か言いかけますがすぐに口を噤んでしまいます。何かあったのでしょうか?

「奏楽さん、望さんだけでも運ぶことはできませんか?」

「んー、出来るよー」

 地面に倒れ込んでいる望さんを見かねたのか奏楽さんに提案する霙さん。奏楽さんもすぐに頷いて大量の汗を掻いている望さんを白い靄で持ち上げました。

「あ、ありがと……」

「ううん、だいじょぶ!」

 ふわふわと浮かびながらお礼をいう望さんに奏楽さんは笑顔を浮かべます。この中で最も危険な状態なのは望さんです。奏楽さんの操る白い靄は不思議な力を持っているので望さんの身も守ってくれるでしょう。ですが、本当にあの白い靄は何なのでしょう? マスターがいうには幽霊、らしいのですがただの幽霊があそこまで強い力を持っているとは思えないのですが。

「……うん、やっぱり駄目だ」

 皆さんの息も整ったところでそろそろ出発しようと思っていたところでした。ずっと考え事をしていた悟さんが覚悟を決めたような顔でそう呟きます。

「何が駄目なの?」

「なんというか……このまま響に任せるのはまずい気がする」

 彼の呟きに顔を見合わせた私たちですが代表して弥生さんが悟さんに問いかけます。悟さんもすぐに答えてくれましたがそれでも彼の言葉の真意を理解することはできませんでした。

「まずいってどういうこと?」

「いや……どういうことって言われたら困るんだけど最悪な事態になる(・・・・・・・・)、と思う」

 おそらく悟さん本人も根拠のないただの勘なので上手く説明できないのだろう。皆さんも困惑した様子で悟さんのことを見つめています。

 

 

 

 

 

 

 ――いや、俺も行く。もちろん、俺の能力とか武器なんて何の役にも立たないのはわかってんだ……でも、この子は絶対に連れて行くべき、だと思う。

 

 

 

 

 

 

(これは、もしかして)

 ですが、私は悟さんの言葉を聞いて博麗神社での出来事を思い出します。あの時も悟さんは直感に従って奏楽さんと一緒にマスターたちについていくと言い出しました。

 そして、奏楽さんがいたおかげで東について行こうとした皆さんを一時的に止め、今のように逃げることもできたのです。

 たった一回。されど一回。悟さんの摩訶不思議な直感を無視するには状況があまりにも悪すぎました。もし、ここで彼を信じなかったせいでマスターの身に何か起きれば私は一生後悔することでしょう。まぁ、マスターが死んでしまった時点で私も死んでしまう(活動停止)してしまうのですが。

「……悟さん、マスターのところに戻るなら誰がいいと思いますか?」

 このまま放置すれば最悪の事態になるのでしたらマスターを放置せず、何かしなければならないことに他なりません。そのためにはあの場所へ必要があります。ですが、こんな状況ですので全員で戻るという選択肢はあり得ない。彼の直感を信じるのなら最後まで判断を委ねるべきでしょう。

「俺と、桔梗ちゃんかな。皆は東のせいでまともに動けないし。桔梗ちゃんより奏楽ちゃんの方が皆を守ることに適してる。なら、この中ではまだマシな俺と人一人なら余裕で守り切れる桔梗ちゃんが行くべきだ」

 まるで、最初から質問が来るとわかっていたように悟さんははっきりとそう答えました。まさか『暗闇の中でも光が視える程度の能力』という戦闘には不向きの能力しか持たない非戦闘員の悟さんが戻ると言い出すとは思わなかったのでしょう。皆さんは目を丸くして驚いています。

「だ、駄目です! 危険すぎます! けほっ」

 その証拠に悟さんと最も付き合いの長い望さんが真っ青な顔のまま、声を荒げました。声を出すのも辛いのでしょう、彼女はすぐに咳き込んでしまいます。

「大丈夫だって桔梗ちゃんはともかく俺が戦場に出て行けば東の能力の餌食だし。少し離れた場所で待機してるだけだから」

「でも……」

「望さん、ここは悟さんを信じましょう。もちろん、私が全力で悟さんをお守りします!」

「……わかった」

 私も悟さんの意見に賛成すると望さんは渋々といった様子で頷いてくれました。きっと、彼女もマスターのことが心配で戦力に慣れずとも私たちが戦場の近くで待機しておいた方が安心できると思ったのでしょう。

「じゃあ、悟君、桔梗ちゃん。気を付けて」

「ああ、そっちもな。奏楽ちゃん、皆のこと頼んだよ」

「うん、頑張る!」

 私の代わりにまだ能力の浸食度が低い霊奈さんが奏楽さんのサポートをすることになったようで彼女たちを先頭に皆さんは博麗神社を目指して移動を再開しました。

「……よし、桔梗ちゃん、行こ――のわっ!?」

「……飛んで行きましょうか」

 皆さんの背中が見えなくなったので早速、来た道を引き返――そうとしますが、悟さんは一歩目から転んでしまいました。本当に、あの場所へ戻っても大丈夫なのでしょうか。少し不安です。


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