花はおろか生命力の高い雑草一つ生えていない死んだ大地に鈍い音が響く。ゴリッ、と肉が抉れ、引き千切れる音が鳴る。
「ガッ……ぁ、はっ……はぁ……」
その音を何度、聞いただろうか。何度、己の体から響いただろうか。
視界は常にブレ、今自分がどこにいるのか把握すらできない。
殴られ、蹴られ、踏まれ、投げられ、千切られ、抉られる。
血が染み込んだ地面に血が降り注ぎ、吸収し切れなくなったのか水溜りになっていた。
『ちっ……あのやろう』
もうほとんど見えない瞳に黒い線のようなものが映る。おそらく、リョウの影が俺の前を通ったのだろう。だが、その影は無残にも弾け飛んだ。そして、その向こうから拳が――。
「ゴッ」
凄まじい衝撃と骨が折れる音。その後すぐに襲う鈍い痛み。
殴り飛ばされたであろう俺はそのまま吹き飛ばされ、地面を何度もバウンドする。ゴロゴロと転がり続け、何とか止まったが体は痙攣するばかりで立ち上がることができなかった。
「……まだ回復するか」
地面を踏む音が耳の傍で聞こえたと思ったら東は意外そうにそう呟く。まるで、『超高速再生』に必要な霊力の残量を知っているかのように。
実際、奴は知っているのだろう。どれほど俺のことを知っているか定かではないが、俺すら知らないことすら知っていそうである。
だからこそ、東が知らない手札を使うしかないと考えた。まぁ、実際にはその手札を切らずに奴の背中の『シールド』を剥がすことができたのだが。
だが、その結果がこれだ。手加減なしで放った渾身の一撃でも東は倒れず、むしろシールドを剥がされたことで本気になってしまったのである。
それからは防戦一方――いや、防ぐことすらできていないワンサイドゲーム。ただ東が俺を殴るだけの遊びとなってしまった。
正直、俺は舐めていたのだろう。どれだけ霊夢たちの地力を集め、強化したところで俺の本気の一撃には耐えられないと自惚れていたのだろう。これまで数々のピンチを一発逆転の一手で引っくり返してきたから今回もそうだと高をくくっていたのだろう。
しかし、ピンチを引っくり返した、ということは相手に付け入る隙があったことに他ならない。
じゃあ、東の場合は? 単純な身体能力の違いにどんな付け入る隙があるというのだろうか。こちらがどんなに大勢でも、どんな搦め手で攻めても奴のステータスの高さの前では意味をなさない。ただ適当に払いのけられて終わってしまう。今だって東の圧倒的なスピードに追い付けず、何の対処もできずに攻撃され続けている。
きっと、奴がその気になれば『超高速再生』で回復する間もなく、殺され、翠炎で復活し、復活した直後にまた殺されるだろう。
(……あ、れ)
そうだ。どうして、俺はまだ生きている? 幻想郷を崩壊させることが東の目的ならば俺の存在は邪魔なはず。幻想郷そのものを壊すのならここに住んでいる人たちも死ぬので人を殺すのを躊躇しているわけではないだろう。じゃあ、何故?
「ちっ……ドッペルゲンガーを吸収したせいか? いや、それも計算の内にいれたはず……まぁ、いい。翠炎が発動するまでひたすら殴ればいいだけか」
何かぶつぶつと独り言を言っている東だが、今はそれどころではない。
――ああ、そうだ。最初から……お前が生まれる前からずっと組織はお前を警戒していた。
過去で笠崎と戦った時、彼はそう言っていた。そう、つまり東は俺が生まれる前から俺の存在を知っており、ずっと警戒していた。なら、俺が生まれた瞬間に殺せばよかったのだ。それが無理でも俺が幻想郷へ行くまでの十数年の間にチャンスなどいくらでもあったはず。
事実、俺の力を借りなくても幻想郷を崩壊できただろう。俺を仲間に引き入れるメリットが『
じゃあ、もし、本当に東が俺を仲間に引き入れようとした理由が俺と敵対しないためだったら?
しかし、奴の力は圧倒的に俺を凌駕している。俺と敵対しても何の問題もなかったはずだ。つまり、俺と敵対することで必然的に敵になる人を警戒していた? でも、敵になる人なんて俺の仲間ぐらいしかない。その皆も東の能力で歩くこと満足にできないレベルの運動音痴にされ――。
「違う……皆じゃ――ッごぼ」
何か閃きかけた時、俺の腹部に凄まじい衝撃が走り、胃液をぶちまけてしまった。そのまま地面を転がりながらも何とか正気を保ち、思考を巡らせる。
(そう、だ……奏楽だ。あの子だけは東の能力が効いていなかった)
そういえば、東は皆をどこかに連れて行こうとしていた。その時、奴は妙に急いでいたように見える。出鱈目でもどこに行くかぐらいは説明してもよかったはずなのに。皆を逃がした時も妙に素直に逃がしてくれたのも気になっていたが奏楽を警戒していたのなら納得できる。
でも、どうして奏楽なんだ? 確かに奏楽の力は強大だがそこまで警戒するほどのものではないはず。
いや、東は俺ですら知らないことを知っているのだ。奏楽の知られざる力を恐れているかもしれない。
東が奏楽を警戒していたと仮定しよう。俺を一思いに殺さなかったのも奏楽が遠くまで逃げるのを待っていたという可能性も考えられる。
だが、皆が逃げてからそれなりの時間が経っている。時間稼ぎは十分だ。俺を生かし続ける理由はもうないはずだ。
では、奴が俺を殺さない理由はなんだ? 俺が死ぬと都合が悪いことでもあるのか?
(……これ以上、考えても無駄か)
とにかく重要なのは奴が奏楽を警戒していること。俺を今すぐ殺すつもりがないこと。
「はぁ……はぁ……」
『超高速再生』で治っていく体に鞭を打って何とか立ち上がる。それを見た東は目を見開き、すぐに無表情に戻った。
「何度も殴られても、蹴られても立ち上がる……本当に、面倒な奴だよ」
「な、にを……言って……」
「だから、ここで終わらせてやる。ここで全部、済ませておく」
よくわからないことを言った奴は一瞬にして姿を眩ます。その刹那、俺の背骨が折れた。おそらく背中に回った東に蹴られたのだろう。そのまま無様に倒れ、現在進行形で修復されている背中に再びドンと衝撃が襲った。東が俺の背中を踏んづけたのだ。ぐりぐりと奴が足に力を込める度に皮膚が、骨が、内臓が、壊れていく。
「く、そ……」
奴に俺を殺すつもりがなくてもこのままやられ続けたらいずれ全ての地力を失い、動けなくなってしまう。そうなってしまえばもう何もかもおしまいだ。東もそれを知っているから『超高速再生』を何度も発動させて俺がガス欠を起こすのを待っているのだろう。
しかし、だからといって東の身体能力を前に俺はどうすることもできない。背中のシールドはまだ剥がれたままみたいだが、奴はあそこへ一撃を与える機会すら与えてくれないはずだ。それにあの渾身の一撃を受けてもピンピンしているのだ、たとえ隙を突いて背中に一撃を喰らわせられたところで何の意味もない。
「……」
ああ、そうだ。無防備な背中に一撃を与えたところで無意味なのだ。奴が本気になる必要はあったか? 俺を行動不能にするのが目的なら最初から本気で来ているだろうし、本気を出したタイミングがあそこだったのは明らかに不自然。つまり、あの攻撃、もしくは無防備になった背中は奴にとって不利益になることだった。無駄ではなかった。
(なら……可能性はゼロじゃない)
確かに奴の身体能力は異常だ。今のままでは一撃を与えることすらできない。
だから、チャンスは1度きり。
「『霊力ブースト』」
擦れた声で呟くと俺の体から紅いオーラが噴出した。
今こそ
次回、一矢報います。