東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第453話 切り札の定義

「いくら『ブースト』を重ねたところで!」

 『霊力ブースト』、『神力ブースト』、『魔力ブースト』を発動した影響で俺の体は紅、白、青色のオーラに覆われている。それを見た東は忌々しげに舌打ちをした後、すぐに地面を蹴って一瞬にして俺の懐に潜り込む。

(くっ……でも)

 『ブースト』を3つも重ね掛けしたのにも拘らず奴の動きを見切れなかったのはさすがに精神的に堪えたが予想していたことなので予定通りにその場で両腕をクロスして振り払うように仕掛けを発動させる。

「アーマー、展開(パージ)!」

 俺を中心に半径5メートルほどのドーム型の結界が展開され、それに阻まれた東の動きが一瞬だけ止まった。幻想郷へ転移する前に服の下に施して今まで使っていなかった『結鎧『博麗アーマー』』を発動させたのだ。きっと、拳を振るわれていたら一瞬すら動きを止めることはできなかっただろう。まぁ、『結鎧』だけでは東を完全に止めることはできず、すぐに音を立てて結界は崩壊してしまったがそれでいい。その時間が欲しかった。

「ッ!?」

 東が俺を殴ろうと腕を引いた刹那、俺と奴の間に割り込む1枚の結界。そう、背中の防壁を破った時に使用した『回界』――今は回転していないので『霊盾『五芒星結界』』の生き残り(最後の1枚)だ。念のために遠くの森の中に隠していたのだがさすがに距離があって呼ぶのに時間がかかってしまったのである。

「こ、のっ」

 行く手を阻む『霊盾』に顔を歪ませた東は構わず拳を振るう。『霊盾』は奴の一撃を受けて何の抵抗もできずに砕かれてしまった。

 キラキラと舞う『結鎧』と『霊盾』の破片。『ゾーン』を使って破片の位置を確認し、奴の拳の軌道上で重なるように結界の破片を霊力の線で繋いだ。結界の破片は破壊された直後ならば操作できるのである。

 さすがに何十本も重なった霊力の線を簡単に破壊できなかったようで東の拳は確かに止まった。だが、それも長くは続かず、1秒ほどで全て粉砕されてしまう。

(でも、これでタイミングがずれたッ!)

 どのような攻撃でも必ず“ジャストミート”という位置とタイミングが存在する。野球では『バッターが球の中心を捉えて上手く打つこと』をいうがこの場合、『最も相手にダメージを与えられる位置とタイミング』のことを示す。

 普通であれば相手が動き続けている状況でその場所を的確に攻撃することは難しいが東の身体能力を考慮すればそれぐらい容易にできてしまう。事実、今まで俺を攻撃した時、奴の攻撃は全て“ジャストミート”していた。しかし、タイミングがシビアなため、ほんの少しでも東の動きを止められればそれを外す。

「リョウ!」

『わかっている』

 『結鎧』、『霊盾』、霊力の線で防いだのに未だに俺へ迫る拳を視ながら俺が声を荒げるとリョウが前方広範囲――それこそ俺の姿を隠すように影を操作した。きっと東からしてみれば巨大な影が己を飲み込もうとしているように見えるに違いない。まぁ、この影は壁としての機能はなく、その証拠に影の中から東の拳が現れ、少しずつ奴の姿が影から出てくる。そして、俺の体に拳が届く寸前、とうとう東の顔が影を通り抜けた。

 

 

 

 

 

 光撃『眩い光』

 

 

 

 

 

「ごっ……」

「なっ――」

 “ジャストミート”を外したとはいえ東の攻撃力は化け物染みており、凄まじい衝撃といくつかの内臓が破裂したようで激痛が襲う。だが、俺は思わず笑みを浮かべてしまった。

 どんなに東の身体能力が高くとも人間の基本的な機能は俺とは変わらないはずだ。そこで考え付いたのが『光撃』による目つぶし。閃光弾レベルの強い光をまともに見てしまえばしばらくの間、目は使えなくなるだろう。しかし、何の対策もなく、『光撃』を放っても躱されてしまうのはわかっていた。

 だからこそ、奴の顔が影を通り抜け、かつ、俺に攻撃が届いた最も気が緩みやすいタイミングでカウンター(『光撃』)を放ったのである。俺の予想は正しかったようで東はその場で目を両手で押さえていた。これがラストチャンス。ここで決めるしかない。

「吸血鬼!」

「ええ!」

 動けない東から目を離さず、やっとダメージから回復した吸血鬼を呼び、手を繋いだ。そして、お互いの魂に意識を向け、波長を合わせた。

「「『魂共有』!!」」

 『魂共有』を済ませ、()吸血鬼()すぐに頷き合い、手を離して東へと駆け出す。その途中で()は『禁じ手』を使い、10人に分身した。そのまま狙撃銃を手にした5人の分身が上から、鎌を持った残り5人が地面を走って目標へと迫る。

「それは、識っている(・・・・・)!」

 しかし、しばらくは動けないはずだった東は潰された目を開けてニヤリと笑った。

 『魂共有』は約1か月前、母校である高校の文化祭の時に初めて使った技だ。また、西さんが東の能力から解放されたのも約1か月前。つまり、西さんから東が離れた――つまり、幻想郷へ来たのは1か月前であると予想できる。そう、笠崎の騒動は東が幻想郷へ侵入するための囮であった可能性が高い。

 そう考えれば笠崎と()が戦った時点で奴は外の世界にはいなかった。『魂共有』をその目で見ることはできないのである。

「――ッ!」

 だが、確かに今、東は『魂共有』を見て『シッテイル』と言った。この切り札はすでに見破られている。そう判断した本体()はその場で急停止して分身たちを先に行かせた。

 技を事前に知っていればいくらでも対策できる。その証拠に化け物染みた身体能力を武器に狙撃銃による銃撃や吸血鬼特有の身体能力を駆使して暴れる9人(・・)相手に対等はおろか優勢を保っていた。

 意識が繋がっているため、連携は完璧なはずの分身たちでも東の動きについていけず、いなされ、躱され、攻撃され、どんどん傷ついていく。

 どんなに遠くから狙撃しても東はそれを回避した後、トン、と軽く飛んで空にいる分身を蹴って他の分身たちにぶつける。

 きっと、あの分身たちは数分とかからずに全員消されてしまうだろう。

 ああ、わかっていた。『魂共有』でいくら人手や手数を増やしたところで東には到底及ばないことも。西さんが見たというレポートに『魂同調』のことが書かれていた時点で奴が物理的に自分の目で観察できない『魂共有』を識っていることも。なにより、東が()が『魂共有』を使うと予想して対策を立てていることも。

 そもそも、切り札とは対策を立てられていない、相手が予期せぬ逆転の一手。使うこと自体、あってはならない緊急処置。つまり、『識っているかもしれない』と予測できる時点でそれは切り札とは呼べない。

 だから、今こそ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――確実に知らない切り札(ジョーカー)を切る絶好のチャンスだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『妖力ブースト』!!」

 分身たちが稼いでくれた数分で待機時間(キャストタイム)を終えた『妖力ブースト』を唱え、全身が幻想的なオーラに包まれる。これで全ての準備が整った。

「なッ!?」

 分身を全て消した東は切り札(『魂共有』)を攻略されてもなお、動こうとする()を見て目を見開いた。しかし、すぐに正気に戻り、()を止めようと一瞬にして距離を詰め、拳を振るった。

 

 

 

 

 『ゾーン』

 

 

 

 

 お互いが腕を伸ばせば届く距離。瞬きをして目を開けた瞬間には殴られて地面を転がることになるであろう刹那の時間。その間を『ゾーン』で限界まで引き伸ばし――それ(・・)を見た()はニヤリと笑った。

(飛ッッッべえええええええええ!!)

 分身たちが戦っている間に構築した術式を起動させ、『魂共有』が強制的に解除されると共にぶちりという音が腰から聞こえる。その痛みに思わず瞬きをし、凄まじいGが俺の体を軋ませ、ハッと我に返ると目の前にはこちらに背を向ける東と俺を見てニヤリと笑う俺がいた(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『時空を飛び越える程度の能力』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去の俺(キョウ)が幻想郷を旅するきっかけに、また、幻想郷へ転移する時に使用した『時任 響』の派生能力。

 本来であれば位置はもちろん過去や未来まで移動できるとんでもない能力だが、俺はそれをコントロールできず、1秒後の世界に飛ぼうとしただけで上半身と下半身が分かれてしまった。おそらく、1秒前の世界に飛ぼうとしても同じ結果になるだろう。

 そう、逆説的に言えば上半身と下半身が分かれるという些細なデメリット(・・・・・・・・)だけで1秒という短くも人間が絶対に越えられない時間の壁を移動できる。あのレポートに一切記されていなかった、とっておきの切り札(ジョーカー)

「っ……」

 目の前で不気味に笑う俺の上半身が消え、東が息を飲む。そして、残った下半身から噴水のように溢れる血を浴びる東の無防備な背中に残った地力全てを込めた鎌を一閃。そのままやつの胴体は俺と同じように両断され、真っ赤な鮮血が宙を舞った。


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