東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

465 / 543
第455話 甘かった認識

 正直言って俺は何もわかっていなかった。

 もちろん、俺がオカルト(そっち側)を知った時、響から幻想郷に迷い込んでから今までにあったことを聞いていた。目の前で異能の力を使って見せてくれたこともあった。

 それこそ俺たちの母校の文化祭では戦いに巻き込まれ、響の強さを目の当たりにした。

 響だけじゃない。あの文化祭の戦いで俺は初めて皆が戦う姿を見た。普段は普通の人間と変わらない皆だったがあの時は強大な力を持つ頼もしい仲間だった。きっと、1人でも欠けていれば俺たちは妖怪たちの波に飲みこまれ、死んでいただろう。

 しかし、やはりと言うべきか。響の強さは他の皆とは次元が違った。

 『東方project』の曲を聴くだけで幻想郷の住人の力を得られる。

 霊力で結界を組み、攻撃と守りを同時に行うことができる。

 魔力で雷を操り、瞬きすらする暇もなく感電させられる。

 神力でいくらでも武器が作れる。

 妖力で攻撃力を底上げし、まとめて敵を吹き飛ばせる。

 『超高速再生』で地力がある限り、自動的に傷が治る。

 翠炎で矛盾を焼きつくし、蘇生(リザレクション)すら可能にする。

 魂に住む住人と魂を重ね、強大な力を得られる。

 吸血鬼と魂を共有して力をシェアできる。

 他にも猫になったり、闇の力で相手の攻撃を吸収したり、魔眼を持っていたりとまさに規格外の存在。

 たった1人でこれだけのことができる上、雅ちゃんたちのような式神と契約している。話に聞いただけでもお腹いっぱいになってしまう。それが響から全てを聞いた後の俺の感想だった。

 そう、俺は彼から話を聞いただけで理解したつもりだった。文化祭の戦いで見せた『魂共有』こそ彼の全力なのだと。

 だが、目の前で繰り広げられているあの戦いとすらいえない圧倒的不利な戦況(ワンサイドゲーム)を見てわかってしまった。あの文化祭の戦いでさえ、響は本気を出していなかった。

 いや、響自身、本気は出していたのだろう。

 ただ、全力ではなかっただけ。

 ただ、死にもの狂いではなかっただけ。

 ただ、己の力を全て出し切らなければならないほど切羽詰っていなかっただけ。

 だからこそ、俺はわかっていなかった。響が全力を出す意味を、彼が全力で戦う姿を、何故、文化祭の戦いで全力を出さなかったのかを。

「ッ――」

 

 

 

 

 

 

 

 そう、それは彼が全力で戦う姿があまりにも醜いからだ(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 『O&K』で開発した小型双眼鏡を覗きこんでいた俺は響の左腕が千切れるのを見て即座に顔を背け、その場で吐瀉物を地面にぶちまけた。すでに胃の中は空っぽであり、吐き出されるのは酸っぱい胃酸のみ。それでも吐き気は止まらない。それどころか今まで見た彼の無残な姿がフラッシュバックしてもう一度、胃酸を吐きだした。

「悟さん……」

 そんな俺の背中を桔梗ちゃんが心配そうに優しく撫でてくれた。きっと、吐き気を抑える【薬草】を使っているのだろう。だが、あまり効果は得られていないようでいつまで経っても気持ち悪さは消えてくれない。

「はぁ……はぁ……なぁ、桔梗ちゃん。あれは、なんだ?」

「……」

 俺の質問に桔梗は何も答えず、背中を擦り続ける。もちろん、彼女の答えがなくてもすぐに察することはできた。

 『超高速再生』。吸血鬼の特性の一つで地力があれば傷を治すことができる体質。小型双眼鏡で再び戦場に目を向ければ千切れたはずの左腕は何事もなかったように存在しており、潰された右足が現在進行形で再生中である。

 皆と別れて戦場に戻ってきた俺たちは響の邪魔をしないために森の中に身を隠し、助けに入れるようにために戦況を観察することにした。しかし、ここから響たちがいる場所までそれなりの距離がある。桔梗ちゃんの目にはズーム機能(携帯電話を食べた時に目に追加されたらしい)があり、ここからでも戦況が見えるらしいが普通の人間である俺にそんな機能は付いていないので小型双眼鏡を使うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、響の右肩が抉れる瞬間を見てすぐに吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞い散る鮮血。

 宙を舞う肉片。

 むき出しになる人骨。

 それなのに抉られた当の本人は気にする様子もなく、少しでも東から距離を取ろうともがいていた。普通であれば激痛で身動きすら取れないはずなのに彼の目の光は消えず、全力で戦い続けていた。

 それから響と東の戦いを見守った。見守ったといっても2人が速すぎて目では追えず、一瞬止まった時しか見えない。それに止まった時は決まって響がやられた瞬間なのでそういったことに耐性のない俺は何度も吐いた。

(なんなんだよ、これ……)

 少し前まで響は仲間である雅ちゃんたちを傷つけないために独りで戦うことが多かったらしい。俺たちが東の組織に誘拐されてから皆で戦うようになったと聞いたがそれまで雅ちゃんたちは歯痒い思いをしていたそうだ。

 その気持ちが今、少しだけわかったような気がする。

 雅ちゃんたちは頼られなかったことが悲しかっただけじゃない。

 信じられなかったことが寂しかっただけじゃない。

 響が独りで戦えば『超高速再生』頼りの捨て身の戦いをすることも、皆を守るためにたった独り、血まみれになって、傷ついて、それでも戦い続けると知っていた。

 雅ちゃんたちはそんな無茶を響にさせたくなかったから。少しでも響にかかる負担を減らしたかったから一緒に戦いたかったのだ。

 そして、こんな役にも立たない能力(『暗闇の中でも光が視える程度の能力』)を持つ俺はこうやって響がやられる姿を見続けることしかできない。一緒に戦おうとすら思えない。それが情けなくて双眼鏡を握る手に力が入った。

「ッ……あれは!?」

 その時、俺を介抱してくれていた桔梗ちゃんが声を荒げる。吐き気を気合いで誤魔化し、急いで双眼鏡を覗き込むと丁度、背中から漆黒の翼を生やした9人の響が東に向かって突撃しているところだった。

 『魂共有』で力をシェアした響と吸血鬼は最大10人まで分身できる。つまり、とうとう響が切り札を切ったのだ。

 しかし、分身たちに囲まれた東はまるで子供を相手にするように次々に分身を消していく。文化祭の戦いであれだけ猛威を振るった『魂共有』でさえ東に通用しない。その事実が信じられず、言葉を失った。あの響でさえ、奴に勝てない。このまま負ける。

 そう、思った時だった。

 『魂共有』を突破されたはずの響の体が幻想的なオーラに覆われ、それを見た東が焦ったように響へ迫ったのである。

 そして、今まさに響へ東の拳が届くといったところで、いきなり東の背後に鎌を振りかぶった響が出現した。それも、上半身しかない状態で。

「――え?」

 そんな言葉を呟き終える前に殴られそうになっていた響の上半身が突然消え、残った下半身から凄まじい量の血が溢れ、東を濡らす。そこへ奴の背後に現れた響が鎌を振るい、東の腰を両断した。そのまま響は地面に叩きつけられ、残っていた下半身の傍に落ち、体を真っ二つにされた東の上半身も地面にコロリと落下する。

「ッッッ!?」

「さ、悟さん!」

 今まで一番強烈な光景に俺は吐き気を催し、またその場で胃液を地面に吐き散らした。慌てた様子で桔梗ちゃんが俺の傍に飛んでくる。背中に仄かに広がる温もりのおかげで吐き気も少しだけ治まり、思考を巡らせられるようになった。

「今、のは……」

「おそらく『時空を飛び越える程度の能力』で1秒前の世界に飛んで東を斬ったのでしょう」

「1秒前の世界って……でも、時空移動は難しいって言ってただろ」

 桔梗ちゃんの解説に思わず、反論してしまう。幻想郷内に転移するだけでもあれだけの準備をしなければならなかったのに時間軸さえも移動することになればそれ相応の代償が――。

「――まさかあいつの体が真っ二つになったのは」

「……はい、私の聞いた話ですがマスターは一度、意図的に時空移動をして死にました(・・・・・)

「死んだって……」

 つまり、翠炎で蘇生(リザレクション)したがもし、翠炎がいなければその時点で響はこの世を去っていたということになる。しかも、試験的に発動させた能力の事故によって。きっと、今までにも戦闘や能力の事故で何度も死にかけ、『超高速再生』や『翠炎』で死の淵から蘇ってきたのだろう。だから、あんな自分の生すら顧みない無茶苦茶な作戦を実行することができた。

 あれが響の全力。最終的に無傷であるのなら途中でどんなに傷ついても構わない、正気とは思えない戦い方。

 ああ、認めよう。今、俺は多少なりともあいつに恐怖を抱いている。力にではなく、響の考え方に。

 響の話を聞いて理解したつもりだった。

 文化祭の戦いを見て響の戦い方は綺麗なものだと誤認した。

 あんなに強い響の心配をする雅ちゃんたちは大げさだと思っていた。

 なにもかも、甘かった。

「……」

 だから、俺は吐き気を無理矢理飲み込んで双眼鏡を覗きこむ。これからも響と一緒に過ごすために彼の戦いを、覚悟を、考え方を見届ける。それができなければ俺は響の傍にいる資格はない。あれを含めて響なのだ、それすら受け入れられず、共に過ごしたところでお互いに不幸になるだけ。そんな上辺だけの関係に俺はなりたくない。

 翠炎による蘇生が始まったのか響の体は翠色の炎に包まれていた。そして、東の死体は――。

「……は?」

 ――ふと奴の胸が一瞬だけ光った(・・・・・・・)ら何事もなかったように元の姿で立っていた。響の返り血でスーツは真っ赤に染まっていたが体の方はここで会った時に戻ったかのように汚れ一つ付いていない。

「え、あれ……なんで」

 桔梗ちゃんも東が無傷で立っているのに気付き、呆然とした様子で声を漏らした。

 そんなことよりも東が無傷で立っているのなら非常にまずい状況だ。『時空を飛び越える程度の能力』で響が死んでしまったのなら翠炎の蘇生(リザレクション)が発動したことになる。それはつまり、今日はもう蘇生(リザレクション)できないことでもあるのだ。もし、このまま東に攻撃され、『超高速再生』が起動できないほど地力を減らされたら響は、今度こそ死ぬ。

「桔梗ちゃ――」

 急いで響のところへ向かおうと声をかけながら桔梗ちゃんに視線を向けた瞬間、彼女は顔を真っ青にして両手で口元を押さえた。まるで、殺人現場を目撃した登場人物のように(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。俺もすぐに双眼鏡を覗きこんで戦場に視線を戻す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには響を庇うように両手を広げ、東の腕に胸を貫かれているリョウの姿があった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。