『――! ――、――――――!? ――――!』
声が、聞こえる。
『―――――。―――、―――――――!』
ノイズが酷く、その内容はわからない。
だが、その声の主は女性で、どこか焦っているように、
彼女は一体、誰なのだろう。俺は知っているはずなのに、どうもその解が頭に浮かんでこない。いや、わかっているのに何かに邪魔されているのだ。
『―――……――……――――――』
いつしかその声が遠くなっていた。そして、遠ざかるほどに彼女の声は震える。まるで、『イカナイデ』と言っているようで俺の心を締め付けた。そのまま俺は底なし沼に沈むようにゆっくりと意識を手放した。
そこはまさに地獄だった。
飛び散る血しぶき。倒れ伏せる人々。周囲では女性の甲高い悲鳴が響き、ドタバタと逃げる人々の足音が聞こえる。
そんな阿鼻叫喚な惨状の中、ただ1人だけ地面に座って呆然としている男がいた。彼の腕の中には今まさに命の灯が消えつつある美しい女性。彼女の腹部はズタズタに引き裂かれ、彼らの足元に血の泉が広がっていく。
「愛しているわ……」
そう言った女性は男の頬に紅い手を添え、小さく微笑む。そして、そのまま静かに息を引き取った。それを見た男は震えのせいで歯をカチカチと鳴らし、死んだ彼女を否定するように何度も首を横に振る。
――そう、だからこそ俺は周りが見えていなかった。迫る彼女を殺した化け物にも、後ろに開いたスキマにも。
「ぁ……あぁ……嘘、だ……嘘だ」
「ええ、そう。これは嘘。これは夢」
女性の死体を抱きしめながら言葉を紡ぐ男の後ろにいつの間にか女性が立っていた。その女性は紫色のドレスに身を包み、頭にはナイトキャップのような帽子を被っている。そして、その帽子からは思わず目を庇いたくなるほどの美しい金髪が零れていた。彼女の右手には白い日傘、左手には黒い扇子を持っており、扇子で口元を隠している。
そんな彼女は男の背中を見下ろしながら少しばかり憂鬱そうにため息を吐く。それに男は気付くことなく、ただひたすら腕の中で安らかに眠る女性に声をかけ続けていた。
――そう、だから俺は聞えていなかった。化け物がアイツを見て漏らした呻き声も、アイツの独り言も。
「ごめんなさいね。でも、大丈夫。その人を失った悲しみは消えないけれど……こんな惨劇はなかった。そう、これはただの夢だもの」
その時、男はやっと背後に立つ女性の存在に気付いたのか、涙を流したまま振り返る。しかし、男が何か言う前に女性はコロコロと笑いながらパチン、と扇子を閉じる。
そして、目の前が真っ暗になった。
場面が変わる。
「ぁ、っ……あぁ」
6畳一間の狭い部屋で男が頭を抱えて呻き声を漏らしている。晩酌する時に使っている机の上には倒れて中身を垂れ流す500mlの缶ビールと微笑んでいる女性の写真が飾られた写真立て。そんな悲惨な状態の机に突っ伏してもがき苦しむ男だったが、手に持っていたグラスを扇風機に向かって投げてしまう。
「く、そっ……くそくそくそくそぉ!!」
そのまま男は怒りに身を任せ、手当たり次第に周囲にあった物を破壊し始めた。そう、あの女性の写真すらも。
「……思い出してしまったのね」
そんな中、あの紫色のドレスを着た金髪の女性が憐れんだ目で暴れている男を見ていた。その手に白い傘も黒い扇子もない。ただ、静かに右手を男の背中に伸ばし、その手から小さな
そして、部屋の中に血の雨が降り注いだ。
場面が変わる。
そこはまさに地獄だった。
飛び散る血しぶき。倒れ伏せる人々。周囲では女性の甲高い悲鳴が響き、ドタバタと逃げる人々の足音が聞こえる。
そんな阿鼻叫喚な惨状の中、ただ1人だけ地面に座って呆然としている男がいた。彼の腕の中には今まさに命の灯が消えつつある美しい女性。彼女の腹部はズタズタに引き裂かれ、彼らの足元に血の泉が広がっていく。
「愛しているわ……」
そう言った女性は男の頬に紅い手を添え、小さく微笑む。そして、そのまま静かに息を引き取った。それを見た男は目を見開き、女性の死体を見つめる。
「な、にが……」
擦れた声で漏れた言葉は
「嘘だ……こんなの、ありえ――」
「そう、これは嘘。ありえないこと。あなたはただ運が悪かっただけ」
その声にハッとした男が振り返る。そこには紫色のドレスを着た金髪の女性が立っていた。あの、胡散臭い笑顔を浮かべて・
「お、まえは……」
「そんなこと気にしなくていい。その人を失った悲しみは消えないけれど……こんな惨劇はなかった。私にも会わなかった。だって、これは夢なんだもの」
そう言って金髪の女性はパチンと扇子を閉じる。
そして、目の前が真っ暗になった。
場面が変わる。
「……」
男は静かに机に向かい、ノートに何か書きこんでいる。彼の体が邪魔でその内容はわからないが男の表情は怒りのせいで酷く歪んでいた。
「許さない……ぜってぇ許さない」
扇風機の風で揺れる前髪。そこから覗く彼の額には汗が滲んでいた。
ガリガリと憎しみを込めてノートに文字を刻み続ける男だったが不意に後ろを振り返る。
「思い出してしまったのね」
「お前はッ!!」
男の後ろにはどこか面倒臭そうにスキマに腰掛けるあの金髪の女性が佇んでいた。彼女を目に捉えた彼は椅子を倒しながら立ち上がり、女性へ殴り掛かる。それに対し、女性はただ右手を前に伸ばし、そこから――。
そして、目の前が真っ暗になった。
場面が変わる。
場面が変わる。
場面が――。
そこはまさに地獄だった。
飛び散る血しぶき。倒れ伏せる人々。周囲では女性の甲高い悲鳴が響き、ドタバタと逃げる人々の足音が聞こえる。
そんな阿鼻叫喚な惨状の中、ただ1人だけ地面に座って呆然としている男がいた。彼の腕の中には今まさに命の灯が消えつつある美しい女性。彼女の腹部はズタズタに引き裂かれ、彼らの足元に血の泉が広がっていく。
「愛しているわ……」
そう言った女性は男の頬に紅い手を添え、小さく微笑む。そして、そのまま静かに息を引き取った。それを見届けた男は何も反応せず、女性の手を握っている。
「ああ、そういうことか」
小さな声で呟いた彼は徐に後ろを振り返った。丁度、スキマからあの紫色のドレスを着た金髪の女性が出てくるところを目撃する。
「あら……意外と冷静なのね。まぁ、いいわ。ごめんなさいね、でも大丈夫。だってこれは夢だもの」
男に見つめられ、少しばかり目を見開いた女性だったがすぐに黒い扇子で口元を隠し、パチンと閉じる。
そして、目の前が真っ暗になった。
場面が変わる。
場面が変わる。
場面が変わる。
場面が変わる。
場面が変わる。
場面が変わる。
場面が変わる。
場面が変わる。
場面が変わる。
場面が変わる。
場面が――。
揺蕩う意識の中で、ただひたすら男の一生を見せ続けられる。
これまで歩んできた男の絶望をこの身で体験させられる。
たった独りで復讐を誓った男の心を理解させられる。
ああ、そうか。そうだったのか。だから、お前は――。
目の前に広がる光景。それはまさに地獄だった。
飛び散る血しぶき。倒れ伏せる人々。周囲では女性の甲高い悲鳴が響き、ドタバタと逃げる人々の足音が聞こえる。
そんな阿鼻叫喚な惨状の中、ただ1人だけ地面に座って呆然としている男がいた。彼の腕の中には今まさに命の灯が消えつつある美しい女性。彼女の腹部はズタズタに引き裂かれ、彼らの足元に血の泉が広がっていく。
「愛しているわ……」
そう言った女性は男の頬に紅い手を添え、小さく微笑む。そして、そのまま静かに息を引き取った。
「……」
もう、何度目かわからない、愛する人の死を目の当たりにした彼は黙って女性の死体を抱える。その手にもはや力は込められていない。ただ、意識を取り戻した状態を保っているだけに過ぎない。
「――」
男の前で化け物が耳をつんざくような雄叫びを上げる。それでも男は動かない。動いたところで全て無駄に終わると
「失礼」
その声を聞いた男はただスキマから出てきた金髪の女性を見つめる。その目に光はない。復讐以外の感情はすでに枯れ果ててしまったのだから。
「目覚めた時、きっと貴方は“現”へと戻るでしょう。だから、安心しておやすみなさい」
パチン、という扇子を閉じる音と共に男の体が前に倒れる。その動きに合わせるように映像にノイズが走り始めた。
また、場面が変わる。