東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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あけましておめでとうございます。
今年も『東方楽曲伝』をよろしくお願いします。


第459話 二つ前の結末

『ふざ、けないでッ……』

 そう叫んだ彼女の周囲の木々は燃え、膝を付く大地は煤や燃え残った草に溢れ、激しい戦闘があったのだと一目でわかる。大怪我を負って動けない少女を抱きしめながら彼女はキッと目の前に立つ男を睨んでいた。

『ふざけてなどいない。ただ、お前が邪魔だっただけだ』

『なら、皆を巻き込む必要はなかったはずです! なのに、どうしてッ』

『それが効率的だった……というより野放しにすれば面倒だったからだ』

 男はそう言ってチラリと後ろを振り返る。そこには虚ろな目でかつて仲間だった彼女を見つめる数人の人影。そう、彼女は男の手によって仲間を奪われてしまったのである。今、彼女の味方は腕の中で眠る少女のみ。そして、その少女も男と仲間たちとの戦いで深手を負い、動けなくなってしまった。今もなお、治癒術で治療しているが少女の治療が終わる前に男の手によって彼女は殺されてしまうだろう。

『皆を……返してください』

『別に洗脳してるわけじゃない。こいつらが勝手に俺についてきただけだ』

『そう仕向けたのは貴方の能力です!』

 声を荒げ、悔しげに奥歯を噛み締めながら手首に装着されていた白黒の腕輪に視線を落とす彼女。数分前まで少女だけでなく、彼女自身もかつての仲間相手に戦っていた。だが、彼女本人に戦う術はなく、白黒の腕輪――『桔梗』を使って戦っていたのだが、戦闘中に『桔梗』がオーバーヒートを起こして戦えなくなってしまい、狙われた彼女を庇って少女が大怪我を負ったのである。

『マスター、申し訳ございません。まだ、完全に冷め切っていません。このまま戦ってまたすぐに……』

『くっ……』

『もう手はないようだな。じゃあ、死ね』

 男はそう言って右手を挙げる。その瞬間、男の後ろにいる彼女の仲間だった少女の足元から黒い粒子が舞い、彼女たちを襲う。咄嗟にお札を投げて結界を張ったが黒い粒子はそれを粉砕。粒子が彼女たちを通り過ぎた頃には彼女は全身切り刻まれたように血だらけになり、その場で蹲っていた。

『はぁ……はぁ……ぐっ』

『ほう……そいつを守ったか。本当に聖人のような奴だ』

 震える体に鞭を打って顔を上げた彼女を見て男は感心したように声を漏らす。彼女は少女を守るために自分の身を盾にしたのだ。

『絶対に、守ってみせます。この子は、最後まで私についてきてくれましたから』

『……やれ』

 黒い粒子によってボロボロにされてもなお、自分ではなく少女の治療を続ける彼女に対し、男はただ冷たい視線を向け、再び指示を出す。そして、彼女に向かって黒い粒子が、茨の鞭が、炎の塊が、無数の結界でできた刀が、氷の礫が飛来する。それを見た彼女は最後の力を振り絞って――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……んぅ?』

 少女は頬に落ちた何かで意識を取り戻した。生暖かく、少しばかり粘度のあるその何かの正体がわからず、無意識の内に右手を頬に伸ばし、それに触れる。指先が濡れ、それが液体であることがわかり、ゆっくりと瞼を開けた。

『……おねーちゃん?』

 そこには少女が姉と慕う女性の顔があった。目覚めたばかりで思考回路がまだ働いておらず、目と鼻の先にいる姉に思わず笑みを零すがすぐに理解してしまう。姉の顔は真っ青であり、それと対比するように彼女の体は真っ赤に染まっていた。

『だい、じょうぶ? 怪我は、ない?』

『え、お、ねーちゃん?』

 あまりの事態に姉の問いに答えられるわけもなく、少女はただ呆然としていた。そんな彼女を見て女性は小さく笑い、少女を潰さないように僅かに体を捻って地面に倒れる。

『おねーちゃん!? ねぇ、おねーちゃんってば!』

 ドサリ、という音で我に返ったのか慌てて体を起こして女性の体を揺する少女。しかし、すでに女性は事切れており、少女の言葉に反応することはなかった。

 きっと、治癒術を少女ではなく、女性本人に使えば生きていただろう。だが、仲間を失った彼女は本人が思っている以上に精神的負担がかかっており、怪我をしている少女を見捨てることができなかった。その結果がこれ()である。

『そん、な……』

 目の前が真っ暗になっていく中、ふと周囲に白や黒の破片が飛び散っていることに気付く。そう、姉の従者である『桔梗』の残骸。そして、『桔梗』の心臓(コア)である蒼い球体は粉々に砕け散っていた。心臓(コア)さえ無傷で残っていれば『桔梗』は再起動できる。だが、肝心の心臓(コア)が破壊されているため、もう手遅れ。姉だけではなく、『桔梗』も死んでしまったことに他ならない。

『ぁ、あぁ……』

 幼い少女は気付いてしまった。

 姉はもう死んでいること。

 姉はもう動かないこと。

 姉はもう話さない。

 姉はもう――笑わないこと。

 独りぼっちだった自分を助け、家族として迎えてくれた。

 ずっと一緒にいると約束してくれた。

 他の仲間が男の味方になってしまった時、共に取り戻そうと戦った。

 だからこそ、姉が戦えなくなったとわかった瞬間、彼女に迫る攻撃へ身を躍らせた。

 そして、家族も、仲間も、姉も。何もかも失った。

 これで少女は独りぼっち。孤独。孤立。

『ほう、守り切ったか』

 不意に男の声が耳に滑り込んできた。錆びついた機械のようにぎこちない動きで振り返るとそこには家族や仲間を従えた男が少女を見下ろして嗤っていた。いや、少女ではなく、女性を見て嘲笑を浮かべていた。

『やっと……やっと、終わる。ここで長かった。あぁ……■■■。これで、やっと終われるよ。これで解放される』

 不気味なほど歪んだ笑みを浮かべていた男だったが次第に声を震わせ、涙を流しながら独り言を呟き始める。もはや、少女のことなど目に入っていない。

 確かに少女は強かった。幼いながらも女性と並び立ち、かつての仲間と勇敢に戦った。

 だが、結局のところ、それだけ。いくら仲間と戦えたところで勝たなければ意味がない。守りたいものを守れなければ無駄に終わるだけ。

 だから、男は自分の世界に夢中になっていた。

 敗れた少女にできることはないから。

 自分1人油断していたとしても下僕と化した彼女たちの仲間がどうにかしてくれるから。

 すでに勝利を確信していたから。

『…………――』

 そのせいで、少女の言葉を聞き逃した。

 いや、たとえ聞いていたとしても男は理解できなかっただろう。その言語は人間には到底理解できないひどく冒涜的な何かであるからだ。

『――――……――……………――――――』

『……ん?』

 ポツリ、ポツリと言葉を紡ぐ少女はいつしか立ち上がって――否、幽霊のように音もなく、浮かび上がっていた。そのことに気付いた男だったがすでに手遅れであった。

『許さない……許さない許さない許さないゆるさないゆるさないゆるさないゆルサないユるさナイゆルサナいゆルサナいユルさナイユるサナイユるさない。ユルサナイ』

 いつしか人間が理解できる言葉を話していた少女だったが漏らすそれはたった一言、『許さない』。

 家族や仲間を奪われ、姉を殺され、孤独に叩き落された少女はもう理性という枷が外れていた。今まで幽霊を操るだけで済んでいた力(・・・・・・・・・・・・・・)が男のせいで解き放たれてしまった。

 少女の能力――『魂を繋ぐ程度の能力』は少女が幽霊に声をかけることで力を発揮する。しかし、少女が少女となる前、姉に助けられることとなった事件の際、彼女は周囲の魂を取り込み、強大な力を得ていた。

 そう、『魂を繋ぐ程度の能力』とは己の魂と他者の魂を繋ぎ、時には力を借り、時には吸収して糧とする禁術に認定されるほどの危険な能力。魂を吸収されたものはその瞬間、死んでしまうからである。

 その証拠に彼女の周囲の動植物は例外なく、死んだ。燃える木々も、僅かに燃え残った草も、炎から逃げ惑う動物たちも、家族だった人間も、仲間だった妖怪も。唯一生き残っていたのは女性の能力を研究し、その力を一部でありながら(干渉系の能力を弾く力を)コピーした男のみ。

『ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ』

 それでも少女は止まらない。魂という魂を吸収し、力を蓄え、膨れ上がり――。

 

 

 

 

 

 

 

 

『こんな世界、もういらない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 それがこの世界で最期まで生きていた存在が漏らした最後の言葉であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――それから遅れて1秒後、一つの世界線が終わりを迎えた。


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