東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第463話 自覚する希望

 居間に戻った俺たちだったがしばらくの間、誰も喋らなかった。いや、喋ることができなかった。

 もちろん、現状を受け入れるのに精一杯だったこともあるが、たとえ東を打倒する方法を見つけたとしてもそれを実行する響があの状態では意味がない。それを知っているからこそ俺たちは停滞した。暗闇の中、手に持つ松明が消えてしまい、身動きが取れなくなった迷子の子供のように。

「……で、どうする?」

 重い沈黙を破ったのはドグだった。リョウが死んだ今、彼に時間はあまり残されていない。俺たちの――そして、幻想郷の行く末を見届けるつもりである彼にとって今の状況(硬直状態)が続くのは避けたいのだろう。

「どうするって……あいつは何度も死に戻って私たちの情報を集めたんでしょ? そんな自分すら知らないことを知ってる相手にどうやって戦えばいいの?」

 どこか投げやりな言い方でリーマちゃんがそう言うとほとんどの人が視線を落とした。無理もない。それほど東の持つ情報は驚異的なのだ。それこそ過去の世界で笠崎は桔梗ちゃん対策の兵器をいくつも所持していたのは東が桔梗ちゃんの変形を知っていたからに他ならない。こちらの手はほぼ筒抜けであると考えていいだろう。

(でも、もし本当にそうだったら2回も殺せないはず……)

 1度目は見ていないが2回目の時、響は『時空を飛び越える程度の能力』を使い、1秒後の世界に飛んで東の不意を突き、殺した。もし、東が俺たちの全てを知っているのなら不意打ちは絶対に不可能であるはずなのに。

 つまり、死に戻りしている東でさえ知らないことがある。それさえわかれば東をどうにかできるかもしれない。

 だが、それを実行する響があの状態では意味がない。結局、響を立ち直らせない限り、俺たちが何をしても無駄に終わる。だからこそ、皆はどこか諦め始めていた。いつだって俺たちを引っ張っていたのは響だったから。

 なにより今の俺たちに響を立ち直らせる手段がない。彼が経験した地獄を知らない俺たちの言葉などに意味などないのだから。

「……」

 そんな絶望的な状況の中、顔を上げているのは5人。

 皆を見守るようにジッと待つ静さん。

 どこか挑戦的な目で俺たちを見渡すドグ。

 どうすればいいかわかっていないがこの状況をどうにかしようとキョロキョロしている桔梗ちゃん。

 今もなお心配そうに響のいる寝室の方を見続けている奏楽ちゃん。

 そして――こんな状況の中でも思考回路を巡らせ、打開策を考え続けている俺。

 静さんとドグはリョウの死をすぐに受け入れ、前に進んだ。

 桔梗ちゃんはずっと子供の頃の響と旅をして様々な経験を積んできた。

 奏楽ちゃんは東の能力を無効化し、響の心が折れていることを看破するなど、常識外れな一面も多く、まだ子供であるため、今の状況を飲み込むよりも響の心配をする方に集中していた。

 なら、俺は?

 響の醜い戦いを目の当たりにして吐瀉物をぶちまけるほど脆いメンタルを持ち、どんなに考えたところで無駄だと正しく理解している。

 ああ、わかっている。自分でも自分がおかしいことぐらい、わかっていた。

 響のようにたくさんの人の力を一つに集め、困難に立ち向かえない。

 師匠のようにチート染みた能力を持っていない。

 雅ちゃんたちのように異能の力を使って戦えない。

 静さんのように愛する人の死を一時的とはいえ後回しにし、愛する人が望んだ未来を掴むために前を向くような強さを持っていない。

 ドグのように自分の死を受け入れ、笑いながら未来を見届けようと思えない。

 桔梗ちゃんのように守りたい人の右腕となり、傍に居続けられない。

 奏楽ちゃんのようにどんな状況でも純粋に大好きな人を心配できるような、自分よりも他人を優先するような慈悲深さを持ち合わせていない。

 そんなただの人であるはずの俺は未だに考えることをやめない。やめたくない。やめられない。やめてはならない。

 そう、結局のところ、まだ諦めていないだけ。まだ暗闇(絶望)の中で灯り(希望)を探そうともがき続けているだけ。俺にできるのはそれだけだから。

 そして、気づく。ああ、そうか。そういうことだったのか。俺の能力は――。

「……皆、聞いてくれ」

 シンと静まり返っていた部屋に俺の声が響く。いきなり声を発したからか皆は一斉に顔を上げ、俺の顔を見て目を見開いた。

「東をどうにかできる方法……あるかもしれない」

 その言葉に全員が声を失う。それもそのはずだ。師匠の『穴を見つける程度の能力』ですら見つけられなかった打開策をちょっとした企業の代表取締役を務めているだけの一般人である俺が持ち出したのだから。

「それって……どういう」

「どういうも何もそのままの意味だ。つまり、東をどうにかするためには『響を立ち直らせた後』、『東が知らず』、『東の身体能力ですらどうにもできないような攻撃を』、『5~6回』撃ち込めばいい」

 今、問題になっているのは『響の心が折れていること』と『東の持つ情報』。そして、『異常な身体能力と『蘇生能力』の4点。言ってしまえばそれさえどうにかすれば東を倒せる。

「そんな簡単に言わないでよ……」

「いや、別段、難しい話じゃないんだ。実際、死に戻って情報を集め続けたはずの東ですら響に2回殺されている。そう、すでに響はさっき言ったことを2回もやってるんだ」

「あっ……」

 俺の発言にハッとする雅ちゃん。2回もできたのだからあと5~6回できてもおかしくはない。少なくとも可能性はゼロではないことだけは確かである。

「で? その具体的な案はあんのか」

「……ああ。それが本当にできるかどうか皆と話し合いたいんだ」

 その言葉に皆はお互いに顔を見合わせ、覚悟を決めたように頷き合うと再び俺に視線を戻した。続きを話せと言いたいのだろう。

「俺が視えた(・・・)打開策は2つ。1つは桔梗ちゃん」

「へ? 私ですか?」

「ああ、この中で東とまともに戦えるのは奏楽ちゃんと桔梗ちゃんしかない。その中でも桔梗ちゃんは手っ取り早く強化できる方法があるだろ」

「……素材を食べさせて新しい変形を生み出すこと」

 いち早く答えに行き着いたのはやはり師匠だった。彼女は能力が開花されてから妙に頭の回転が速くなった。そうしなければ能力をまともに使えなかったのだろう。

「そう、桔梗ちゃんの真骨頂はそこだ」

「その新しい変形すら東が知ってたらどうするの?」

 質問してきたのは霊奈。しかし、その質問は問題にすらならない。何故なら東が『何を知っていて』、『何を知らないのか』を知っている人がいる。

「その点は後で響に聞けばいい。あいつは東が経験したことを経験してるんだからな」

「あ、そっか。でも、東すら打倒できるような素材が――」

「――ねぇ、桔梗」

 霊奈の言葉を遮ったのは雅ちゃんだった。座っていた場所が遠かったからか話しかけられた桔梗ちゃんはパタパタとちゃぶ台の上を走り、雅ちゃんの前に移動する。

「はい、なんでしょう」

「素材だけど……どんなものでもいいの?」

「え、ええ。食べられるものならどんなものでも素材にできます」

「……そう。なら――ッ!!」

 そう言って彼女は能力を使ってどこからか炭素を集め、短い剣を作り――自分の左腕を切り落とした。


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