東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第464話 想いの素材

「ぐっ……」

 痛みでうめき声を漏らした雅ちゃんだったが血が飛び散らないように炭素を操作し、床に落ちた左腕の切断面を覆った。それと同時に残った腕から黒い腕が生えた。そう、炭素でできた義手である。

「これも……食べられる?」

 脂汗を額に滲ませながら左腕を拾った後、桔梗ちゃんに左腕を差し出す雅ちゃん。まさかの展開に俺を含めた全員が絶句していた。俺が視た(・・)のは打開策まで。だからこそ、雅ちゃんが自分の腕を素材にしようとするなんて思わなかった。

「食べ、られますけど……な、何をしているんですか!?」

 思わずといった様子で左腕を受け取った桔梗ちゃんだったがすぐに我に返って叫んだ。きっとここにいる全員が彼女と同じ気持ちである。確かにここに桔梗ちゃんの変形の素材になるようなものはない。しかし、だからといって何の躊躇いもなく、腕を差し出すのはあまりに――狂っている。

「私にできることってこれぐらいだから……左腕ぐらい炭素で代用できるし、こんな腕一本で幻想郷(ここ)が救われるなら安いもんだよ」

 どこか寂しげに目を伏せ、雅ちゃんは微笑む。それは嬉しさからこみ上げた笑みではなく、呆れから漏れた微苦笑。そんな彼女の笑みに隠された覚悟を見て皆、言葉を失った。

「それに……悔しいんだ。私たちが東の能力に引っかかったせいでリョウは死に、響は光を失った。あんな経験をした。絶望した。心が折れた。もう、響が苦しんでる時に見てることしかできないのは嫌だったのに……また、私は見てることしかできない。だから、これが私の覚悟の証。式神なのに主の傍にすらいられなかった情けない私にできる最大限の努力。本当に役に立つかわからないけど私にできる精一杯が左腕《これ》だった」

 そう言って雅ちゃんは自分の体を抱くようにそっと右手で黒い腕を掴み、桔梗に頭を下げる。まるで、閻魔大王に懺悔し、許しを請う罪人のように。

「だから……お願い、桔梗。私の代わりにこれを使って響を守って。響を助けて。私の……代わりに」

「……わかりました。雅さんの想い、確かに受け取りました」

 雅ちゃんの言葉に頷いた桔梗ちゃんは大きく口を開けて左腕を丸呑みした。桔梗ちゃんが素材を食べるところを見るのは初めてだったがまさか丸呑みするとは思わず、目を丸くしてしまう。

「ごちそうさまでした」

「……どう?」

「そう、ですね。こうして生物の部位を素材にするのは初めてですので……新しい変形ができるまで少しばかり時間が必要になるようです。ですが、必ずマスターの力になるような変形にしてみます」

「あ、桔梗ちゃんストップ」

 グッと両手を握りしめて宣言した彼女に待ったをかける。雅ちゃんが左腕を失ってしまったのはショックだ。だが、だからこそ彼女の想いを無駄にしないためにその変形に注文を付ける。

「今回の目的はあの異常な身体能力を持つ東を一撃で屠ること。それに見合った変形にできるか?」

「……はい。火力重視、もしくは即死するような特殊な能力を持った変形にすれば可能かと。しかし、その場合、変形を使う度に多大なエネルギーを消費します。全快しているとはいえ、今のマスターの地力量でも足りるかどうか……」

 そうか、その問題もあったか。先ほどの戦闘で響は翠炎の白紙効果を使ってしまっている。わざと死んで地力を全回復することはできない。一応、響には一時的に地力を増幅させる『ブースト』はあるがそれを使用して倒し切れなければ今度こそおしまいだ。

「エネルギーがあればいいの?」

 その時、今まで響が寝ている寝室の方を見ていた奏楽ちゃんが俺の袖を引っ張って質問してきた。雅ちゃんが腕を切断したところを見ていたはずなのにさほど動揺しているようには見えない。本当にこの子は不思議な子である。

「あ、ああ……」

「んー……じゃあ、もうちょっと増やそっかな」

 頷いた俺を見て首を傾げた彼女は胸に両手を当てて差し出すように掌を上にして前に突き出す。すると彼女の両手の上にバレーボールほどの白い球体が浮かんだ。一見して何の変哲もない白い球体だが不思議と圧迫感を与える不気味な球体。

「はい、ききょー。これあげる。おにーちゃんを助けてあげてね」

「え? ど、どうもです」

 どうやら雅ちゃんが左腕を差し出したのを見て自分も素材を提供するつもりらしい。桔梗ちゃんは戸惑いながら白い球体を受け取り、口に入れた。そして、目を大きく見開き、顔を青ざめさせる。

「な、なんてものをッ!? 奏楽さん、あなたは――」

「――だって、このままじゃみんな死んじゃうんでしょ? な、ら……わた、しも、がん、ば、らなきゃ。あ……余ったの、はエ、ネ……ルギー、に使って、ね?」

 突然、ふらふらし始めた奏楽ちゃんはそのまま俺の胸にポスっと頭を預けて眠ってしまった。桔梗ちゃんの様子から奏楽ちゃんが差し出した素材がとんでもないものだと推測できるが、それがいきなり奏楽ちゃんが眠りについた原因なのだろうか。

「えっと、桔梗ちゃん……奏楽ちゃんは何を?」

「……奏楽さんは自分の魂を差し出しました」

「……は?」

 自分の、魂? それは、どういうことだ。いや、言葉の意味は理解している。それに彼女の能力を考えれば納得もいく。だが、それによって引き起こる奏楽ちゃんへの影響がわからない。考えたくもない。

「それもおそらく大部分の魂を渡したようです。私は食べた素材を解析して変形を作るのですが少し解析しただけでそれがわかるほどのエネルギー量です。おそらく奏楽さんの言う通り、この魂を使って変形を作っても余ってしまうでしょう」

「じゃあ……『余った分はエネルギーに使ってくれ』っていうのは」

「私たちの話を聞いて変形だけでなく、エネルギー不足を解決しようとしたのでしょう。そして、これだけのエネルギー量ですから高火力、もしく特殊な効果を持つ変形で消費するエネルギーも『奏楽さんの魂(これ)』で賄えます」

「奏楽、ちゃん……」

 彼女の能力は『魂を繋ぐ程度の能力』。繋ぐことができるのならば――自分の魂を別の何かに繋ぎ、疑似的に切り離すことだって可能なはずだ。

 すぅすぅと眠る奏楽ちゃんを見て奥歯を噛み締めた。気持ちよさそうに眠っているが桔梗ちゃんの話を聞いた今は大部分の魂を失い、その失ったエネルギーを睡眠で補おうとしているようにしか見えない。彼女はいつ、目覚めるのだろうか。いつ、あの太陽のような笑顔を浮かべてくれるのだろうか。

「……雅と奏楽がそこまでするなら私だってやらなきゃね。2人みたいに自分の身を犠牲にする覚悟はないけど」

 不意にリーマちゃんが自虐的な笑みを浮かべ、桔梗ちゃんの前に移動して彼女に背中を向けるように座った。そして、凄まじい勢いで髪の毛が伸びていく。『成長を操る程度の能力』で髪の毛を伸ばしているのだ。

「ほら、私の妖力がなくなるまで伸ばすから端から食べてって」

「は、はい!」

「あ、ドグ、ハサミ持ってきて」

「……へいへい」

 桔梗ちゃんに麺をすするように髪の毛を食べられながらドグに指示を出すリーマちゃん。やはりというべきか『成長を操る程度の能力』を使うために妖力を使用するらしく、限界まで髪の毛を食べさせる気のようだ。

「……霙、ちょっと手伝ってくれない?」

「あ、はい。私も丁度、手伝って欲しいことがあったので」

 そんな2人を見ていた弥生ちゃんと霙ちゃんは立ち上がって別室へと消えていった。きっと、桔梗ちゃんに食べさせる素材を用意するのだろう。

 そして、リーマちゃんの妖力が底を尽き、倒れた頃になって弥生ちゃんと霙ちゃんが戻ってくる。2人とも――特に弥生ちゃんの衣服には少ない量の血がついていた。

「はい、桔梗。私からはこれ」

 そう言って弥生ちゃんが差し出したのは両手一杯の白銀の鱗。彼女は龍人ができる。つまり、あの鱗は霙ちゃんに一枚一枚引きちぎって用意したのだ。あれだけ血だらけになるほど鱗を千切られるなんてどれほど痛かったことだろう。

「私からはこちらを」

 霙ちゃんの手の中には4本の大きな牙と白い毛の束だった。おそらく神狼の姿になった後、弥生ちゃんに牙を折ってもらい、ついでに白い毛も切ったのだ。

 これで桔梗ちゃんに与えられた素材は6個。

 雅ちゃんの左腕。

 奏楽ちゃんの魂。

 リーマちゃんの髪。

 弥生ちゃんの鱗。

 霙ちゃんの牙と毛。

 多少時間はかかるかもしれないが皆の想いが込められた素材だ。東を打倒するような変形になる。俺はそう確信していた。

「……ごめんなさい。私は素材になりそうなものは」

「望は人間だもの。仕方ないよ……私はお札、とか? ありったけの霊力を込めれば素材にはなると思うけど」

「いや、霊奈には別のことをやってもらうから霊力は温存しておいてくれ。もちろん、師匠にも協力してもらうよ」

 俺の言葉に『え?』と驚いた様子で顔を見合わせる2人だったが今は時間が惜しい。桔梗ちゃんに新しい変形を作り出す作業に集中するように指示を出し、俺の腕の中で眠っている奏楽ちゃんを静さんに渡して改めて皆に視線を向けた。

「桔梗ちゃんの強化はこれぐらいにして……2つ目の方法を試そうと思う。ドグ」

「あ?」

 いきなり名前を呼ばれたせいかドグはキョトンとした様子で首を傾げる。アロハシャツ姿の男がそんな反応をしても気持ち悪いだけだ。

 いや、そんなことはどうでもいい。正直、桔梗ちゃんの強化は上手くいくと思っていた。式神組の5人が文字通り自分の体を削って素材を用意したのは予想外だったが。

 しかし、2つ目の方法は危険である上、失敗する可能性が高い。そもそもできないかもしれない。それほど現実味のない方法だ。その分、成功した時、響の問題は『立ち直らせる』以外、全て解決する。その方法は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の能力で俺と師匠の能力を――響に移植できるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺の『暗闇の中でも光が視える程度の能力』と師匠の『穴を見つける程度の能力』の移植である。

 


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