東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

475 / 543
第465話 希望の光

「能力を……移植?」

 全員が困惑した表情を浮かべる中、左腕を切断した痛みで額に汗を滲みませている雅ちゃんが言葉を零す。まぁ、無理もない。俺でも能力で視なければ絶対に思いつかなかっただろう。

「それってどういうこと? それに悟と望の能力は……」

 雅ちゃんの言葉を受け継ぐように質問した霊奈。しかし、その途中で口を閉ざしてしまった。

 俺と師匠の能力は『暗闇の中でも光が視える程度の能力』と『穴を見つける程度の能力』である。だが、今の響は東の『神経を鈍らせる程度の能力』により、視神経を極限まで鈍らされ、光すら認識できない――疑似的な失明状態にさせられた。俺たちの能力は目に関する能力だ。失明している響では能力を移植できても意味がない。そう、普通の能力であるならば。

「俺の能力は『暗闇の中でも光が視える程度の能力』。普段なら役にも立たない能力だが、失明しているのなら?」

「目の前は真っ暗だから……暗闇の中にいる。でも、それで視えるようになるって確証はどこにも」

「俺が幻想郷に初めて来た時、ルーミアに襲われて暗闇の中に閉じ込められた。でも、俺は普段と同じように視えた。視えないのに視えたんだ」

 師匠の反論に冷静に返した。響の場合、視神経を鈍らされているので本当に視えるかわからないが上手くいく可能性は高いだろう。そんな俺の言葉に納得しかけた皆だったがすぐに首を傾げた。

「じゃあ、望の能力は? 悟の能力で目が視えるようになるなら必要ないんじゃ」

「それはまた別の話。俺の能力で響の目が視えたところで東には勝てない。だから、師匠の能力で東の弱点……穴を見つけるんだ」

 リーマちゃんの疑問に短く答える。どんなに雅ちゃんたちが提供した素材で桔梗ちゃんが強力な変形を作り上げたとしてもそれを当てられなければ意味がない。先の戦闘で響は東の異常な身体能力を前に防戦一方になっていた。そんな相手に初めて使う変形を何の策もなく当てられるとは到底思えない。

「でも、この能力はいつ発動するかわからないんだよ? そんな不確定事項を当てにするのは――」

 重要な場面で発動しない能力にやきもきしていたからこそ、師匠は悲しげに告げる。しかし、それは織り込み済み。それを踏まえた上で俺はドグに移植できるか聞いたのである。

「――俺の能力は『暗闇の中でも光を見つける程度の能力』」

 師匠の言葉を遮って言い放ったのは何度も伝えた俺の能力名。遮られた師匠はもちろん、他の皆も目を細めて俺へ視線を向けた。

「さっき言ったように暗闇の中で普段通りに周囲が視えるだけの能力だ。でも……わかったんだ。この能力にはもう1つだけ効果がある」

 それがどんなに追い詰められた状況でも俺が諦めずに思考し続け、東を打倒する方法を視つけ出した理由でもある。そして、俺が見出した最後の希望()

 

 

 

 

 

「『暗闇(絶望)の中でも(希望)が視える程度の能力』……追い詰められて目の前が真っ暗になっても諦めず、小さな希望を見つける。それが俺の能力だ」

 

 

 

 

 

 あの時、自分の能力を自覚した瞬間、真っ暗だった目の前に一筋の光が射し込んだ。その光を覗きこむ(・・・・)と二つの景色が視えた。一つは何かを美味しそうに食べる桔梗ちゃんの姿。そして、もう一つは俺、師匠、ドグの三人が手を繋いでいる光景だった。それを見てあの方法を思いついたのである。

「絶望の中でも希望が視える……ッ!」

 俺の言葉を繰り返すように呟いた師匠だったがすぐに気付いたのだろう。ハッとして自分の右目を覆うように右手を顔に当てた。そのままおそるおそる俺の方を見る。

「まさか……」

「え? どういうこと?」

 師匠の様子を見て視線を彷徨わせる弥生ちゃん。きっと、自分だけが気付いていないのではないかと不安になったのだろう。だが、今のところ、師匠だけしか気付いていないようで他の皆も混乱した様子で俺と師匠を見ている。

「そうだな……例えば、真っ暗な森の中を歩いてていきなり目の前から懐中電灯を持った人が来たら? どんな風に見える?」

「そりゃ懐中電灯を向けられてるから眩しいんじゃ?」

「ッ! そっか、暗闇の中で光が視えるならそれは()になる!」

 俺の質問に答えた弥生ちゃんだったが答えに行き着いたのは霊奈だった。

 暗い世界に光が射す――それはつまり、暗黒の世界に穴が開き、そこから光が射しこんだことに他ならない。

 また、師匠の能力が思うように発動しないのは穴がある場所を見つけられなかったからだ。

 だが、もし、その穴が常に見つけられるような状態になれば? 師匠の能力が常に発動し、穴を見続けられる。それはつまり、勝つための方法を常に得られ続けるのだ。

 俺の能力で絶望の中でも()を生み出し、師匠の能力でそれを見つける。それが俺が見つけた(希望)。たった一つの東に勝つための活路。

「……それでドグ。答えはどうなんだ?」

 俺の問いで全員の視線がドグに集中する。彼は目を閉じながら腕を組み、静かに俺たちの話を聞いていた。数秒ほど沈黙が続いたがやがてドグは目を開き、溜息を一つだけ吐く。

「答えはイエスでもあり、ノーでもある。それもノーが二つだ」

「……その心は?」

「お前の言う通り、俺の能力ならお前らの能力を響に移植できるだろうな。これがイエス。でもな? 忘れたわけじゃないだろ? 俺は現在進行形で消滅しつつある。能力を使えば一瞬で消えちまうだろうさ」

 肩を竦めて他人事のように言った後、『それにな』と続けた。一つ目のノーの解説はまだ続くらしい。

「お前たちの能力を移植するためには3つのプロセスが必要だ。1つはお前たちから能力を断つこと。これはお前たちの能力がどれだけ癒着しているかによって消費する妖力が変わる。二つ目に能力を響の体に移動させること。まぁ、移動させるだけならさほど妖力は必要ないだろうが、問題は3つ目――響に能力を移植させるプロセス。これについてはやってみなきゃわからん。響と能力の相性にもよるし、そもそもキャパシティーが足りるかどうか」

「キャパシティー?」

「言っておくが何事にも限界ってもんがある。強力な能力になれば容量が大きい。そんな能力を容量が足りないのに無理やり移植すれば代わりに何かを削らなきゃならん」

「……」

 ドグの言葉に師匠が俯いた。確か彼女は『穴を見つける程度の能力』が発言した拍子に全ての地力を失ったと聞く。それもその能力を与えたのは響の本能力らしい。つまり、師匠は容量の大きい能力を得る代わりに地力を削ったのだ。もしかしたら響も容量が足りなければ何かを失うかもしれない。

「……二つ目のノーは?」

「簡単な話だ。能力ってのは体の一部。自分を構成する大切な存在だ。それを移植すれば……どうなるかわからんぞ。特に……」

 そう言ってドグは師匠に視線を向けた。地力を削ってまで手に入れた能力を手放せばどうなるか。また地力が戻ってくるのか、それとも能力も地力も失って死んでしまうのか。それを知る者はここにはいない。

「……構いません。私の能力でお兄ちゃんが……幻想郷が救われるのなら」

 静まり返った部屋に師匠の声が響く。死ぬかもしれないと聞かされたのに彼女は顔を青ざめさせながらもしっかりとした眼差しでドグを見つめていた。

「雅ちゃんも言ってたけど……私だってずっと悔しかった。私をずっと支えてくれたお兄ちゃんのために何かしたかった。でも、何もできなかった。能力を手に入れてやっとお兄ちゃんの役に立てるかもしれなかったのにそれもできなくて……だから、今度こそお兄ちゃんや皆のために頑張りたいの。頑張らせてほしいの!」

「望ちゃん……」

 彼女の覚悟の言葉に静さんは悲しげにその名を呼び、唇を噛み締めた。静さんは今まで3回、結婚している。1度目の夫とは離婚。2人目の夫は病死。3度目――事実婚だったがリョウまで亡くした。

 そして、今度は愛娘である師匠まで失うかもしれない。しかし、師匠の能力がなければ東に勝てないのも事実であり、なにより娘の気持ちを尊重したいのだろう。だから、彼女はまた心を押し殺す。『死なないで!』と叫びたいのに静さんは自分自身でそれを良しとしない。

「もちろん、俺も構わない。そうじゃなきゃこんな危険で成功率の低い方法なんて提案しないさ」

「……いや、お前らの覚悟はわかったが、一つ目の問題が――」

「――それならすぐにでも解決するぞ」

 ドグが気まずげに頭を掻いて視線を彷徨わせたその時、ここにはいないはずの人の声が聞こえた。ほぼ全員がその声が聞こえた方に目を向ける。

 

 

 

 

 

「ドグ、俺の式神になれ」

 

 

 

 

 

 そこには相変わらず限りなく白くなってしまった黒目を虚空に向けながらも『俺たちの希望の光(音無 響)』が立っていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。