東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第467話 この世界のために

「……」

 霊夢の苦し気な寝息を聞きながら俺はあえて目を開けたまま、思考を巡らせ――ようとしてすでに思考を巡らせるほどの問題は残っていなかったに気づく。言ってしまえば俺が東に負け、死ねば奏楽が世界を滅ぼし、それを恐れて東と戦わなければ幻想郷が崩壊し、霊夢たちが死ぬだけの話なのだ。これ以上、この点に考えてもその事実は変わらない。きっと霊夢なら俺との会話でその点を理解している。

 なにより霊夢は一言も『助けて』と言わなかった。『救って』と願わなかった。『戦って』と命令しなかった。彼女は『この状況をどうにかしようと考えたのならそのために動け』と言っただけ。

 そして、俺は一度だけ東と戦い、勝利して幻想郷も霊夢たちも世界も救う方法を模索した。でも、その方法がわからなかった。今の俺には東に勝つ手段がない。彼は俺や仲間たちのことをほとんど()っているから。もう、俺だけでは守りたいものを守ることができなかった。

 だが、それは俺だけの話。たとえ、東の能力で俺、桔梗、奏楽以外の仲間が戦えない状況でも話し合うことができる。一緒に東を倒す方法を考えてくれる。遠くから俺たちの勝利を願ってくれる。

 霊夢も言う通りだ。一緒に戦場に出れば東に殺されるとわかっているから少しでも戦場から遠ざけようとして口を閉ざした。もし、話し合って仲間の誰かを犠牲にするだけで(・・・・・・・・)全てを救えると結論が出ればきっと実行されてしまう。世界と少ない犠牲を天秤にかければその重さに耐えきれなくなるのは犠牲になる仲間だ。だって、自分さえ犠牲になれば世界を救えるということは逆説的に言えば自分の命可愛さに犠牲にならなければ――その仲間のせいで(・・・)世界は滅んでしまうのだから。『世界と自分の命、どちらを犠牲にした方が楽か』などその答えは言わずとも、その状況にならなくとも容易に想像できた。

 だから俺は仲間と話し合うことを避けた。一緒に東を倒す手段を模索することを躊躇した。たった独りでこの重荷に耐えようと殻に閉じこもった。

 そんな俺を叩き起こしたのは霊夢である。全ての事情を理解した上で仲間を話し合えと、どうにかしたいと思ったのなら仲間を頼れと言ったのだ。

「……」

 ああ、わかっている。わかっていた。こんなところでうじうじ布団の中で丸くなるより仲間たちに東の絶望を経験して得た情報を話して一緒に考えた方がいいことぐらい。でも、世界の滅亡だとか、幻想郷の崩壊だとか、霊夢たちの死だとか、仲間が犠牲になる可能性だとか、色々なことを考えてしまい、俺は怖くなった。今まで経験したことのない重量を誇る大切なものを背負いあげようとして押しつぶされた。それはもう無様なほど簡単に。

 結局のところ、ただ俺が臆病なだけだったのだ。だから、霊夢は俺の背中を押してくれた。死にそうになりながらも必死に言葉を紡ぎ、どうしても踏み出せなかった一歩を踏み出させてくれた。

「……」

 俺はゆっくりと――一つ一つの動作を確認するように布団から出て立ち上がる。相変わらず、俺の世界は真っ暗だが手探りでなんとか壁まで辿り着き、壁伝いに歩いて襖を発見。そのまま、開けて居間の方向へ向かう。

 もし、東と戦えば俺は殺されるかもしれない。

 もし、俺が死ねば世界は終わるかもしれない。

 もし、俺が戦わなければ幻想郷は崩壊するかもしれない。

 もし、俺が逃げ出せば霊夢たちは死ぬかもしれない。

 もし、仲間たちと話し合えば誰かが犠牲になるかもしれない。

 廊下を歩きながらそんないくつもの『たられば』が頭を過ぎり、額に冷や汗が流れる。息が荒くなる。胸が苦しくなる。手が震える。足に力が入らなくなる。今にも膝から崩れ落ちそうになる。

 東に植え付けられた絶望が鎖のように俺の体を縛り付ける。それこそが奴の考えた作戦。俺の心をへし折り、戦う意欲を失くし、不戦勝狙い。それが奴の目的を達成しつつ、奏楽がこの世界を滅ぼさない勝ち筋。仮に心をへし折れず、俺を殺し、奏楽が世界を滅ぼそうと自分には次があるから関係ない。勝てはしなくとも絶対に負けがない、東にとって有利な状況。

 だから、俺は歩みを止めなかった。止めてはならなかった。

 次のある東はともかく、俺は絶対に動かなければならなかった。奴にとってこの世界は数ある世界線の一つでも俺にとってここが唯一の世界なのだから。世界も、幻想郷も、霊夢も、仲間も失いたくない大切なものだったから。俺はそれらを守るために――前を見る。たとえ、光は見えずとも立つことはできる。歩くことはできる。走ることもできる。戦う手段だってあるはずだ。戦えるのなら大切なものを守ることだって可能。ああ、俺は独りじゃない。独りじゃなかった。

 

 

 

 

 

「お前の能力で俺と師匠の能力を――響に移植できるか?」

 

 

 

 

 

 仲間がいる。

 居間に繋がる襖の前に立ち、中から聞こえた悟の声で俺は自分の愚かさは恥じた。きっと、俺が不貞寝している間も皆はこの状況を打破するためにずっと頑張ってくれていたのだ。俺がうじうじ悩んでいる間に東をどうにかする方法を見つけてくれたのだ。

「簡単な話だ。能力ってのは体の一部。自分を構成する大切な存在だ。それを移植すれば……どうなるかわからんぞ。特に……」

 拳を握りしめ、時間を無駄にし続けていたことを後悔している間も居間では話し合いが続いている。どうやら、悟は彼と望の能力を俺に移植することで俺の失明と勝利への道筋を見つける方法を同時に解決するつもりらしい。

 だが、問題があった。これこそ俺が恐れていた仲間の誰かが犠牲になること。その犠牲者は――望。彼女は俺の本能力が『穴を見つける程度の能力』を与えた際、ドグが言っていたキャパシティーを超え、地力がなくなってしまった。それこそ永琳や紫に生きていることが不思議、死んだ人と同じと言われてしまうほどのイレギュラー。そんな彼女から能力を移植すれば――。

「……構いません。私の能力でお兄ちゃんが……幻想郷が救われるのなら」

 ――それがわからない望ではない。わかっていながらも彼女は能力の移植を承諾した。自分の命がかかっているのに少しだけ考え、答えを出した。下手をすれば一生、答えの出ない問題なのに。

「雅ちゃんも言ってたけど……私だってずっと悔しかった。私をずっと支えてくれたお兄ちゃんのために何かしたかった。でも、何もできなかった。能力を手に入れてやっとお兄ちゃんの役に立てるかもしれなかったのにそれもできなくて……だから、今度こそお兄ちゃんや皆のために頑張りたいの。頑張らせてほしいの!」

「……」

 そんなことはない。望がいてくれたから俺はここまでなんとか生き残ってこられた。

 そう言ってやりたがったが何故か俺の足は動かない。その原因はわかっている。望にそんな気持ちを抱かせたのは長い間、仲間に頼ろうとせず、『皆で生き残る覚悟』を決めたのに結局、今も独りで解決しようとした俺のせいだから。

 

 

 

 

 

 ――だから。

 

 

 

 

 

「……いや、お前らの覚悟はわかったが、一つ目の問題が――」

「――それならすぐにでも解決するぞ」

 襖を開け、一歩前に踏み出す。これから大切なものを守るために様々な困難を乗り越えなければならないだろう。成功する確率も低いし、最悪の場合、全てを失う可能性だってある。

 

 

 

 

 

「ドグ、俺の式神になれ」

 

 

 

 

 

 でも、常に安全な方法を取れるわけじゃない。そんなこと、今まで何度も死にかけ、何度も失いかけた俺が一番知っていることだった。

 だからまずは仲間を頼ることから始めよう。それがたとえ、誰かが犠牲になろうとも俺はその重荷を背負う。背負いきってみせる。それぐらいしなければ守るものも守れないだろうから。


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