東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第468話 覚悟を決める時

「響……」

 俺の登場に驚いたのか、少しの間、何も反応なかったがやっと悟が絞り出すように声を漏らした。相変わらず目は見えないので皆の様子がわからず、続きを話してもいいか悩んだかこのままでは埒が明かないので構わず口を開く。

「一つ目の問題はリョウが死んでドグに地力の供給がなくなったのが原因だ。なら、別の供給源を作ればいい。そうすれば一つ目の問題も解決されるし、ドグも消えずに済む」

「キャパシティーの方は? さすがのお前でも能力を2つ……まぁ、悟の方は軽量だろうけど、移植するのは――」

「――俺の魂構造が特殊なのは知ってるだろ。まだ空いてる部屋があるからそこに格納できるはずだ」

 家で例えるなら物置に普段使わない物を保管しておくようなものだ。それに悟と望の能力は常時発動型(パッシブスキル)なので空いている部屋に保管しても問題なく発動するだろう。

「……はぁ。見守るって言ったからな。お前らの決定に任せる」

 溜息を吐いたドグだったが、すぐにトサリと畳特有の軽い音が聞こえた。どうやら、その場でドグが畳に横になったらしい。これでドグの協力は得られた。

「悟」

「お、おう?」

「すまないが詳しい話を聞かせてくれ。途中からしか聞いてなかったんだ」

 俺が居間に入った時、真っ先に声を出しそうな桔梗の声がずっと聞こえてこない。それに雅の苦しげな息遣いや微かに血の匂いがする。俺が布団の中で燻ぶっている間に何かあったのは間違いない。

「わかった」

「はい、響ちゃん。移動するから手を握るよ」

「……ありがと、母さん」

 こちらを気遣うように優しく手を握った母さんに引っ張られ、俺は座布団の上に座ることができた。

 それから悟は彼が能力で視つけた東対策について話す。

 一つ目の対策は『東の知らない桔梗の変形を使い、一撃で倒す』というもの。その過程で雅が左腕を切り落としたこと。また、奏楽が魂の一部を桔梗に提供して深い眠りについたことを知った。リーマ、霙、弥生も自分の体の一部を素材としたため、多少なりとも疲労、負傷しているそうだ。因みに桔梗は新しい変形を生み出す作業に集中しており、俺が戻ってきたことに気づいていないらしい。

「雅、大丈夫か?」

「大丈夫……ではないかな。炭素を義手代わりにできるとはいえ、すぐに痛みは引かなくて」

「……すま――」

「――そこはお礼を言って欲しいかな。私は……ううん、私たちは私たちのために響を助けたいから桔梗に素材を提供したんだから。

「……ああ、ありがとう。皆も、ありがとな」

 頭を下げてお礼を言うと周囲から堪えきれず思わず漏れてしまったような小さな笑い声が聞こえた。

 二つ目は『ドグの力で悟と望の能力を俺に移植させる』方法だったので手短に話し、情報共有は終了した。

「それで? 俺の対策は東に通用しそうか?」

「……そうだな。まず桔梗の変形についてだが東が知る変形は今まで俺が使ったことのなる変形だけだ。今、開発してる変形は()らないだろう」

 でも、それは()らないだけだ。実際に変形が完成しなければ東に通用するか判断できない。そもそも東が培ってきた1万回以上の経験(絶望)とこの世界線では大きく違うところが一つだけある。

「その違うところって?」

「……俺の性別が違う」

「……は?」

「だから……今までずっと女だった『音無 響』がどういうわけかこの世界線だけ男として生まれたんだ」

 霊奈の質問に嫌々ながらも答えた。

 そう、理由はわからないがこの世界線の『音無 響』は男だったのである。それに気づいた東は散々調べ上げた俺について調査し直す羽目になり、計画は年単位で遅れた。更に今までの世界線では一度も生まれなかった翠炎の存在もあり、計画を大きく見直すことになったのだ。

「響が女の子……どんな子だったんだ?」

「桔梗が話していた『ななさん』って人格が俺の女バージョンそっくりだった。女の俺はどちらかといえば後方支援が得意だったし」

 それこそ彼女は仲間と一緒に困難に立ち向かうタイプだった。いや、女の俺は最初、支援しかできず、仲間に頼る他なかったのである。本当に俺と彼女はコインの表と裏のように真逆の性質を持っていた。東の経験(絶望)からしてみれば彼女こそ(本物)の『音無 響』であり、男である俺は(偽物)なのだろう。

「二つ目の対策も……と、いうよりそもそも悟に能力があること自体、東は()らない」

「……そ、そうか」

「別に眼中になかったわけじゃないんだぞ? 今までの世界線じゃ悟の会社がなければやばかったこともたくさんあったし。でも、悟自身、能力が発現、もしくはその存在そのものに気づいてなかっただけの話だ」

 きっと悟が能力を発現させたのもこの世界線だけ。なお、望の『穴を見つける程度の能力』は東も調査済みである。随分前の世界線で望の能力が最終決戦で発動し、逆転したことがあったので警戒しているのだ。だからこそ、東は俺たちが幻想郷に転移した後、最初に望に接触し、信用を得ようとした。最悪の敵を抱き込めば最強の味方になるのだから。

「じゃあ、対策が有効かどうかやってみるしかないってことか」

「ああ……なぁ、本当に――」

「――いいのかって質問はなしだよ、お兄ちゃん」

 悟に対して問いかけようとした言葉に答えたのは望だった。雅たちはすでに桔梗に素材を提供した後だったが、望と悟に関してはまだ間に合う。今ならまだ止められる。そう考えて思わず零れた問い(弱音)。でも、それを口にすることすら望は許さなかった。

「確かに能力を移植しても無駄に終わるかもしれない。そのせいで私たちが死んじゃうかもしれない。でもね、やらなくても死ぬんだよ。私たちはお兄ちゃんが『コスプレ』で紫さんの能力をコピーしない限り、幻想郷から出られないんだから」

「……待て。どういうことだ」

 たとえ、俺の目が潰されようとも能力そのものが消えたわけじゃない。幸い、『ブースト』は使えるのでもう一度、『時空を飛び越える能力』と四神結界を使って転移すれば――。

「――そうだ。四神たちはどうした? さっきから……と、いうより幻想郷に来てから一度も声を聴いてないんだが」

「あ、れ? お兄ちゃん、知らなかったの?」

「待って、師匠。俺も知らない。四神たちがどうしたんだ?」

 俺に続き、悟が質問すると他の人たちが困惑したように沈黙してしまう。あの時は幻想郷の異変に気を取られていて気づかなかったが今思えば奏楽と合流した時、彼女が気絶していたとしても麒麟が状況を説明してくれてもおかしくはなかった。

「あ、そっか。奏楽はずっと気絶してたから……えっとね。悟、これを見てほしいんだけど」

 そう言って雅が何かをちゃぶ台に置いたのかコトリという音が聞こえる。それから3回に分けて連続で同じような音がした。雅が座っているであろう方向とは別の場所から聞こえたので別の誰から同じような物を置いたのかもしれない。

「そ、それって……」

 その何かを見た悟が息を飲んだ。それからすぐに隣に座っている母さんの方からごそごそと何かを探す気配を感じ、再びコトリとちゃぶ台から音がした。聞こえた音は計5回。音の大きさや響きから察するに彼女たちが置いたのは――四神の珠。

「四神の珠が、どうかしたのか?」

「音だけでそこまでわかったことには突っ込まないけど……あの転移の時、すごい負荷がかかったみたいで――」

 最初、僅かに呆れたような声音で言葉を発した雅だったがすぐに深刻そうに声を低くする。

 

 

 

 

 

 

「――四神の珠、全部が罅割れちゃって四神たちの声も存在も消えちゃったの」

 

 

 

 

 

 

「それは……」

 転移の負荷に珠が耐え切れず、破損したことにより俺の本能力が生み出した四神たちは消滅。もちろん、四神結界も使えず――『時空を飛び越える程度の能力』で外の世界と幻想郷を行き来できなくなった。それは幻想郷の崩壊、そして、霊夢たちの死と同時に俺たちも彼女たちと一緒に死ぬことに他ならない。

 

 

 

 

 

 

 ――覚悟を決める時だよ、『偽物(音無 響)』。

 

 

 

 

 

 

 そんな『本物(音無 響)』の声が聞こえたような気がした。


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