「ん、ああ~……」
9月に入って2週間ほどが過ぎた。もう、学校も仕事も熟せるようになった俺。だが、やはり夏休みの時よりも疲れる。今日は土曜日なので家に帰ったらゆっくり休むとしよう。そう決めて俺は個室の中で背筋を伸ばして伸びをした。背骨がボキッと鳴る。
「よし……帰るか」
家の近所にある公園。土日はそのトイレから俺は幻想郷に出入りしている。このトイレは滅多に人は使わないし、何より個室に入ればコスプレを見られる事もない。安全なのだ。制服姿でこのトイレから出て来たら不思議に思われると思うが。因みに制服は紫の能力によって少し、改造してある。
「……」
出た瞬間、視界に女の子が映る。中学生ぐらいで髪はボブ。黒髪。服はここから一番、近い中学校の物だ。つまり、望と同じ学校。
「音無、響?」
その時、女の子が俺の名前を呼ぶ。俺は一つ、溜息を吐いた。
「……来い」
そう言って歩き出すと女の子も黙って付いて来る。目指すは早苗の神社があるあの山。
「わかってる?」
「わかってるっての」
不安になったのだろうか。女の子が後ろから質問して来た。そりゃ、気付くに決まっている。
「そんなに妖力を放出してたらな」
「そ」
納得したのかそれ以上、女の子は何も言わなかった。そう、この女の子は妖怪。俺を倒しに来たのだ。
「さてと……」
神社に到着。ヒマワリはあの時から変わらず咲き乱れている。そのおかげでここは旅館になる計画は潰れ、『ヒマワリ神社』として観光スポットにするらしい。どうして咲き乱れたのかと言う疑問は誰も言わなかった。紫が何かしたに違いない。
「ここでどうだ?」
「う~ん……綺麗だから違う所が良い」
「それもそうだ。もうちょっと歩こう」
「うん」
妖怪少女は素直に頷く。それから山道から離れ、雑木林の中に入って行く。
「まぁ、ここで」
「わかった」
雑木林の中に少し開けた場所があった。そこで俺と妖怪少女は対峙する。
「? なんか変な感じだね」
「何が?」
「妖力を持ってるみたいだけど……なんて言うか汚い?」
「何かものすごく罵倒された!?」
汚いはあまりにもひどすぎる。
「だって、色々と混ざってるから。どんな美味しい食べ物でも別の食べ物と混ぜたらまずくなるのと同じだよ」
「いや、同じじゃねーよ!」
混ぜた事により美味しくなる組み合わせだってある。
「まぁ、そんな事はいいや」
妖怪少女の妖力が何倍にも膨れ上がる。急いでイヤホンを耳に装着した。
「やっぱり、そのイヤホンが鍵みたいだね?」
「……知ってるのか?」
「うん。リーマとの戦いを見てたからね。八雲の式神を通して」
「八雲って紫の事?」
じゃあ、式神は藍の事だろうか。
「そ。式神はシンプルな物だったからその時に適当に式を組み込んだみたいだけど」
「そんな事が出来るんだ。あいつ」
さすが、スキマ妖怪。
「鴉だったから全国に広めたのかも。私も北海道にいたし」
「そんな遠くからお疲れ様」
「本当だよ。リーマは友達だったし、何とか敵討ちをしたくて北海道の中学校からこっちの学校に転校してずっと貴女を探してたんだから」
妖怪少女の言葉に疑問を覚える。
「転校?」
「この世の中、妖怪としては生きられない。動物型の妖怪は動物として、人間型の妖怪は人間として生きていくしかない。だから、私は学校に行って普通に友達と話して人間ごっこを繰り返す」
つまらなそうに教えてくれた。
「……そんな暮らし、楽しいか?」
「そんな問い、野暮ってもんじゃない? 楽しいはずないでしょ?」
「そんな貴女に素晴らしい世界をご紹介致します」
「それはありがとう。でも、断らせていただくね」
「そりゃ、残念だ!」
PSPのボタンをプッシュし、曲を再生する。だが、それと同時に妖怪少女の背中から真っ黒な6枚の翼が生えた。その翼は直接、背中に繋がっておらず空中に浮いている。更に長方形で板のようだった。それを見ていると目の前にスペルが出現する。怪鳥との戦いの時は出て来なかったが妖怪と戦う時はそうは行かないらしい。
「ラクトガール ~ 少女密室『パチュリー・ノーレッジ』!」
スペルを唱え、パチュリーの服へ早変わり。
「退治する」「殺す」
お互いに言い合う。それから俺はスペルを取り出し、宣言。
「日符『ロイヤルフレア』!」
その刹那、俺の周りから炎の塊が妖怪少女に向かって突進する。この距離なら躱せない。それほど炎の弾が大きすぎるのだ。
「なっ!?」
だが、炎の弾が妖怪少女にぶつかる直前で弾が弾けた。目を見開くが焦らず、次のスペルを使う。
「木符『シルフィホルン上級』!」
今度は木の葉が妖怪少女を襲った。
「無駄だよ」
「くッ……」
まだ弾かれる。ここからじゃどうやって防いでいるか全く、把握できない。
「今度はこっち」
弾かれた木の葉の隙間から妖怪少女がニヤリと笑っているのが見えた。
「……え?」
どすっ、と体に衝撃が襲った。恐る恐る腹部を見る。何やら黒い板状の物体が生えていた。
「あ、ああ……あああああああああああああああああああああああッ!?」
遅れて襲う激痛。飛び散る血液。耐え切れず、俺は絶叫した。掠れる視界の中、妖怪少女の背中に浮いている板が1つだけ地面に突き刺さっているのがわかった。そして、後ろをちらっと見ると背後の地面から黒い板が伸び、俺の腹部を貫いている。地面の中を進んで来たようだ。
(地中から……もしかして、攻撃を防いだのも?)
今更、気付いてももう時間は戻らない。お腹から血がドバドバと流れ、俺の足元に血の海を作る。手に力が入らない。
「お休み。永遠にね」
俺は目を閉じた。
「あっけないな……」
女から翼を引き抜き、振って血を拭う。リーマはこんな奴に負けたのだろうか。運が悪かったに違いない。
「帰る」
踵を返し、山を下りようと足を踏み出した。
「火水木金土符『賢者の石』!」
その時、後ろから眩い光が生まれる。
「ッ!?」
振り返った先にいたのは5つの結晶を引き連れた女の姿だった。
「いっけええええええええ!!」
その5つの結晶から大量の弾が吐き出される。それぞれに属性があるようで直撃はまずい。
「こなくそっ!」
背中の6枚の翼を伸ばし、目の前に突き立てる。私の翼は自由自在に伸び縮みする。弾幕と翼が衝突し爆発した。翼の裏にいた私には全く、被害はなかったが今の状況を信じられなかった。
「何が……どうなって?」
確かに女の腹を突き破ったはずだ。その証拠に私の翼は血で濡れていたし今も女の足元には血の海がある。それでも女は立っていた。それだけじゃない。反撃して来たのだ。
「く、くそっ!!」
向こうの弾幕が消えると同時に翼を地面から引っこ抜き、6枚とも女に向かって伸ばす。
「月まで届け、不死の煙『藤原 妹紅』!」
翼が女を引き裂く直前で何を叫んでいた。
(何?)
紫パジャマに変身する前にも同じように叫んでいた事を思い出す。
「――っ!?」
翼が腹を突き破り、右腕を肩から切り落とす。更に右足に2枚の翼が2つの切り傷を作った。1枚は動揺からか外してしまった。女は顔を歪め、苦しそうなうめき声を上げる。すぐに引き抜いた。
「あ、あれ?」
よく見れば女の服が変わっている。今度は赤いもんぺにサスペンダー。これまたへんてこな服装だ。
「……さてと」
落ちた右腕を左手で拾いながら女が呟いた。
「こっからだ。妖怪少女」
そう言って右腕を肩に当てる。
「な、何を……ッ!?」
恐ろしい光景に目を見開く。腹の傷も足の傷も一番、酷い右肩の傷も一瞬にして治ったのだ。服も再生している。
「お前を退治する」
右手に炎を纏わせ、私に向かって突き出した。