東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第471話 最終再戦

 博麗神社を出発して数十分後、目的地に着いた俺は『着装―桔梗―』のホバーを噴出させ、地面に着地する。ここは数時間前に東と戦った広場。小町とのシンクロで発動させたスペルの影響で死んでしまったあの土地だ。

「……戻ってきたか」

 降り立った俺を見ていた東はどこからか持ってきた岩から腰を上げ、静かに口を開く。俺を絶望の底に落としてから移動していなかったらしい。俺と東の間をいくつもの白い球体が通り過ぎていく。

「その様子だと心は折れていないみたいだな」

「……まぁな」

 彼の質問に短く答えると『そうか』と残念そうに呟き、この数時間の間に着替えたのか新品のズボンのポケットから手を出した。そして、俺の姿を観察してどこか訝し気な表情を浮かべる。だが、些細な違和感だったようで質問することなく、別の話題を出した。

「お前がここに来たってことは俺を止めるために戦うんだろ?」

「ああ」

「そんな()で? さすがに無謀すぎる」

 そう言って彼は俺の閉じられた目(・・・・・・)を指さす。そんな彼の様子に俺は心の中でホッと安堵の溜息を吐く。

 俺の目には悟と望の能力の影響で紫色の星が浮かんでいる。それを見れば内容はともかく対策を立てたことがばれてしまう。それを避けるためにあえて目を閉じていた。幸い、『暗闇の中でも光が視える程度の能力』は目を閉じた状態でも『視える』ので戦うのに支障はない。魔法を使えば星を隠せるだろうが、その術式を組み上げる時間がなかった。

「そんなのわかってる。でも、お前を止めなきゃ俺たちは全員死ぬ。だから、戦う」

「……」

 俺が引く気がないとわかった東はどこか悲し気な――いや、諦めたような顔をした。まるで、最悪の事態に陥ったかのように。

「お前だって()ってるだろ。お前が死ねばあの化け物がこの世界を破壊する。なんならお前らだけでも外の世界に戻してやる。そうすれば幻想郷が崩壊してもお前らが死ぬことはない。お前にとって悪くない話だ」

「……いや、それでも俺はお前と戦う。止めてみせる」

 きっと、今の東の言葉は嘘ではない。彼の復讐対象は俺ではなく、あくまで紫や妖怪、そして、幻想郷。俺が逃がしてほしいと願えば奴は今言ったように逃がしてくれるだろう。

 だが、もう手遅れだ。その(頭を垂れる)段階はすでに通り過ぎている。逃げを選択するには犠牲を出しすぎた。ここで逃げたら皆の想いが無駄になる。それだけはしたくない。してはならない。

「……なら、お前はこの世界が滅亡してもいいって言うんだな?」

「それは俺が死んだ場合だろ。最初から負けるつもりで戦いほど馬鹿じゃない」

「さっきの戦いを忘れたのか!?」

 俺の返答に納得できなかった東は声を荒げる。もちろん、忘れるわけがない。あれほどいいようにやられたことは今までなかった。死ぬ気で――実際、死んでまで殺したのに蘇生されて無駄にされた。おそらくこれまで戦った相手も『超高速再生』で回復、翠炎で蘇生する俺を見て同じような気持ちを抱いただろう。

 今まで様々な奴と戦ってきたがその多は厄介な能力を持ち、その能力に俺は幾度となく窮地に追いやられた。また、純粋に身体能力の差で何もできずにボコボコにされ、不意を突いて何とか勝利を勝ち取ったことだってある。しかし、俺のように回復、また、蘇生する相手はいなかった。ましてや東は俺より蘇生できる回数が多く、霊夢たちから奪った地力で身体能力を著しく向上させている。誰が見たって無謀としか思えない戦いだ。

「忘れたわけじゃない。でも、どんなに強い相手だとしても戦わなきゃならない時がある」

 それに勝ち目はないわけじゃない。東の経験(絶望)()っているし、今度は奴が俺の切り札(希望)を知らない。そう、今まで『死に戻り』という現象によって情報に関して常に俺たちよりも優位に立っていた彼にとって初めて()らない情報を俺たちは持っているのだ。

 また、これは喜ぶべきことではないが世界が滅亡する原因である奏楽は深い眠りについている。たとえ俺が殺されても奏楽が世界を滅ぼすことはない。これも東は知らないことだ。つまり、今の俺には東のことは筒抜けだが、東は俺の目を潰してから得た力を知らず、それを使えば確実に不意を突ける。

「……そうかよ。じゃあ、死ね」

 そうとは知らない東は静かに告げ――。

 

 

 

 

 

 背後から殴られる。

 

 

 

 

 

 ――俺は暗闇の中にあった『(突破口)』を視て背後に格納庫に納めていた白黒の盾を展開し、その直後、ドバン、という凄まじい轟音が響き渡った。

「なっ」

 振り返れば盾の衝撃波を受け、一歩だけ後ずさった彼は目を丸くしている。本来であれば体ごと吹き飛ぶレベルの衝撃波だったのだが、驚異の身体能力で踏みとどまったのだろう。しかし、それよりも重要なのは奴の一撃を完全に見切って防ぐことができたこと。

 悟の『暗闇の中でも光が視える程度の能力』。そして、望の『穴を見つける程度の能力』を組み合わせれば常に『(突破口)』を見つけられる。また、悟の能力は『暗闇(絶望)』が深ければ深いほど視える『(希望)』は強くなる。つまり、東との戦力差が開けば開くほど『(突破口)』を見つけやすくなるのだ。

「くっ」

 まさか目が見えない俺に攻撃を止められると思わなかったようで彼は悔しげに顔を歪めた後――。

 

 

 

 

 

 上からの踵落とし、と見せかけた下からのアッパーカット。

 

 

 

 

 

 ――真上に現れた東の踵を一歩だけ下がることで回避。着地した東はすかさず真上に拳を突き上げるが一歩下がった時、地面に展開した盾を踏み、軽い衝撃波を発生させて自分の体を後方へ吹き飛ばしてそれも躱した。

「……何を、した」

 さすがに最初の回避が偶然ではないと理解した奴は震える声で目が見えないはずなのに難なく地面に着地した俺に問いかけてくる。

「お前の攻撃を躱しただけだ」

「どんな手を使って躱したのか聞いてんだよ!!」

 こちらの秘策を教えるわけもなく、淡々と答えると東は絶叫した後、再び姿を眩ませた。高速で移動して攪乱する作戦なのだろう。

「……」

 だが、俺は慌てずに目を閉じた状態でその時が来るのを待つ。

 実は複数回の蘇生、異常な身体能力を持つ絶対的強者である東にもいくつか弱点がある。

 一つは『死に戻り』という現象による失敗に対する恐れのなさ。たとえ、この世界線で作戦が失敗したところで死ねばまたあの始まりの日(地獄)からやり直すことができる。だから、俺が戦う意思を見せても東は世界が滅びる可能性があるのにすぐに俺が諦めるのを諦めた。世界が滅んでも奴からしてみればすぐにやり直せるからである。だからこそ、東の作戦はどこに穴があり、その対処法も杜撰なものが多い。何度も『死に戻り』を経験したせいで試行錯誤を重ねる癖がついているのだ。その穴を突けば東を倒すことだって可能。

 そして、もう一つは――。

「な、んで当たらないッ」

 何度も振るわれる拳を体を捻って躱し、盾を使って防ぎ、翼から衝撃波を放って距離を取る。たったそれだけで数時間前まであれだけ優勢だった東は冷静さを欠き、大振りの攻撃を放ち続ける。

 

 

 

 

 

 ――圧倒的な戦闘経験のなさ。

 

 

 

 

 

 これまでの東は基本的に裏から暗躍する役目が多かった。能力を使って仲間を増やし、『死に戻り』で培った情報を基に作戦を立て、リーダーとして指示を出す。前線に出てきても能力を駆使して敵を懐柔して味方にしてしまう。1万回以上のやり直しを経てもこれまで奴自身が戦ったことは片手で数えるほどしかなかったのである。数時間前にまだ東の経験(絶望)を知らない時にすでに感じ取っていたことだ。

(さぁ、行くぞ……覚悟しろ、東)

 振るわれた拳を盾で受け止め、俺は初めて自ら前へ――東へと迫る。このタイミングで接近されるとは思わなかった彼は目を見開き、体を一瞬だけ硬直させた。そのまま、盾から拳を離し、慌ててバックステップ(後退する)。身体能力の高い東が全力で後退すれば1秒足らずで数十メートルも離れることができる。格納庫から武器を展開しても到底間に合わない。だが、すでに展開している武器を変形させれば話は別。

 東の知らない情報(切り札)

 試行錯誤前提の杜撰な作戦。

 戦闘経験のなさ。

 この3つを考慮すれば桔梗が生み出した5つの新しい変形の中で先陣を切る武器は自ずと決まった。それは――最も攻撃力がなく、不意を突ける“長い得物”。

 『ゾーン』を発動し、世界がゆっくりになる中、目の前に展開されていた白黒の盾に触れ、変形。盾の形は一瞬で変化してスローモーション再生のようにゆっくりと東の眼球へとその矛先が迫る。

「ッ――」

 自分の眼球が今まさに貫かれそうになっていることを視認したのか、奴は矛先から逃れようと顔を無理やり動かす。そして、矛先は東のこめかみを掠る(・・)結果に終わった。

「なんだ、それは……」

 数メートルほど離れたところまで後退した東はこめかみから僅かに血を流した状態で俺が手にする得物を見て問いかける。

「式神武装――」

 その問いに答えるように呟きながら俺は静かにその得物を両手で持ち、構える。

 長く、細いフォルム。色は深い緑。ところどころに鋭利な棘が生え、先端はどんな物も貫いてしまいそうなほど鋭く尖っていた。

 

 

 

 

 

 

「――棘の魔槍(スピアーナ)

 

 

 

 

 

 そう言って俺は『成長を操る式神(リーマ)』の想いが込められた魔槍の矛先を東へと向けた。

 


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