東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第473話 芽吹く槍

 棘の魔槍(スピアーナ)の驚異的な増殖力を前に奪った地力で身体能力を向上させた東でさえ逃げ切ることはできず、茨の波に飲み込まれてしまった。

 しかし、波に飲み込まれる直前に逃げ切れないと判断した彼は全地力を防御力に回した。たとえ、『青怪鳥の嘴』で硬化していたとしても茨は茨。防御力を極限まで高めた東を貫けず、全ての棘は折れ、地面に落ちる前にボロボロに枯れて崩れてしまった。

 だが、彼が着ていたスーツは棘により穴が開き、スーツの下に仕舞っていた7つの蒼い宝玉が施されたネックレスが零れ落ちる。ネックレス本体は霊夢たちが付けていたそれと同様に強力な結界で守られており、傷一つ付いていない。また、7つある宝玉の内、5つが仄かに輝いており、残りの2つは黒く濁っていた。

「……さてと」

 胸元でゆらゆらと振り子のように揺れるネックレスに視線を落とし、ネックレスが無事であることを確認した後、改めて周囲の様子をうかがう。茨の波に飲み込まれたものの、防御力を高めたおかげで傷つかずに済んだが彼の周りは茨に囲まれ、すぐに脱出できるような状態ではない。今もなお増殖を続けているようでギチギチと茨と茨がこすれる不気味な音が耳に届いていた。まさにその光景は『茨の檻』。頭上に多少のスペースがあるだけで彼は完全に包囲されていた。

 しかし、東は茨の波から逃げながらも後方から枯れていく様をあざとく見つけていた。そのため、このまま待っていれば彼の周囲に密集している茨もいずれは枯れ、穴が開く。その瞬間、能力向上の比率を変え、一気に突破してしまえばいい。そう考えた彼は身動きが取れない状態でも比較的冷静を保っていられた。

「――育て」

 だが、初見の東ですらわかる『茨の檻』の突破方法に気づかない響ではない。不意に上から聞こえた宿敵の声にハッとした東が顔を上げる。そこにはいつの間にか『茨の檻』の中にいた響が右手を広げながら急降下してくるところだった。彼の右手の先には数本の小さな短槍(スピアーナ)があり、彼の掛け声と共に数本の小さな短槍(スピアーナ)が急成長し、まるで雨のように東へと降り注ぐ。通常の大きさの棘の魔槍(スピアーナ)を持てる数は両手に一本ずつ。しかし、小さな短槍(スピアーナ)であれば数本をまとめて持てることができ、同時に成長させることで範囲攻撃が可能となる。

「ぐっ」

 咄嗟に逃げようとした東だったが周囲の茨が邪魔で動けず、小さな短槍(スピアーナ)の雨の直撃を受けた。しかし、小さな短槍(スピアーナ)であっても彼の防御力を貫けず、スーツを損傷だけに終わり、東を囲うように小さな短槍(スピアーナ)が地面に突き刺さる。その後、響は東の前に降り立ち、両者の視線(響は相変わらず目を閉じたままだが)がぶつかった。

「……どうやら攻撃は無駄に終わったようだな」

 数秒の沈黙を破ったのは東だった。確かに棘の魔槍(スピアーナ)の能力は強力だ。だが、どんなに増殖したところで東の防御力を突破できなければ意味はない。それどころか増殖のために地力を無駄に減らすだけだ。さすがの東も増殖するための地力、もしくはそれに準ずる何かを消費することぐらい容易にできた。もう翠炎による白紙効果は使っているため、死んで地力を回復することは不可能。ただの浪費で終わった。

 それに加え、数分と経たずに彼を拘束する茨は枯れ落ちる。その瞬間、能力向上比率を変更して反撃に出ることだってできるだろう。そう考えた彼はニヒルな笑みを浮かべて勝ち誇った。

「……」

 それに対して響は無言のまま、近くの茨から採取した棘の魔槍(スピアーナ)を水平に持ち、構える。その姿はまさに全てを貫かんとする槍騎兵(ランサー)そのもの。まだ諦めていない響を見て目を細め、首を傾げる東。すでに『茨の檻』は崩れ始め、彼らの周りにボロボロになった茨が落ちてきている。今は茨の棘が刺さらないように防御力を底上げしているので動けないが、(化け物)が解き放たれるのも時間の問題だ。

棘の魔槍(スピアーナ)は成長、増殖する槍だ」

 不意に語り出した響だったが彼が纏っている『着装―桔梗―』の両腕の装甲が輝き始め、東は動けないながらも警戒する。あの輝きも東にとって知らない情報だ。

「茨の棘が更なる茨を生み出し、増殖する。また、棘そのものを棘の魔槍(スピアーナ)にすることだって可能だ」

 少しずつ強くなる両腕の装甲の光を見つめながら響は静かに話し続ける。まるで、何かを待っている間、暇を潰すように。

「だが、その驚異的な増殖力の反面、枯れるのも早い。たった今、成長させた小さな短槍(スピアーナ)ですらご覧の有様だ」

 響の言葉通り、すでに小さな短槍(スピアーナ)も枯れ始めていた。あと1分もしない内に全ての茨が枯れ、東は自由の身になる。言い換えればすでに棘の魔槍(スピアーナ)の増殖を止めていることに他ならない。

「でも……棘の魔槍(スピアーナ)の攻撃力じゃお前には届かない。それぐらい、わかっていた。だからこそ、少しばかり裏技を使わせてもらった」

 そう響が言い終えた刹那、両腕の装甲の輝きが弾け、白銀のガントレットが姿を現す。そのガントレットは龍の鱗に覆われ、その指先は爪のように鋭く尖っていた。

(弥生ってやつを素材にした鎧か……じゃあ、成長する棘の魔槍(スピアーナ)はリーマか)

 『死に戻り』によって響のみならず彼の式神である弥生とリーマのことも知っていたため、『式神武装』の基となった人物に行き着いた。だが、何故か響は棘の魔槍(スピアーナ)の時のように武装名を口にせず、何かを探すように目を動かしているのか僅かに閉じられた瞼が動いている。

凝縮(・・)―腕力―」

 武装名の代わりに響がそう告げた瞬間、両腕のガントレットから黄色いオーラが漏れ始めた。東の予想通り、このガントレットの素材は弥生が提供した龍の鱗である。そして、弥生の特性は『龍』と彼女の持つ『凝縮の魔眼』が基となった『凝縮』。今までの変形では東には太刀打ちできないと判断した桔梗は新しい変形を作ると同時に式神組から提供された素材を使って今までの変形の強化も図ったのである。その一つが『凝縮』の特性を装甲に組み込んだ『装甲凝縮』。指定した部位の力を向上させる。今の場合、響の腕力が強化されている状態だ。

「――ッ」

「ぐ……」

 黄色いオーラを放つガントレットによって強化された両腕を使い、響は全力で棘の魔槍(スピアーナ)を突き出す。槍の矛先は真っすぐ東の左胸へと向かい――僅かに血が出ただけですぐにその動きは止まってしまった。『装甲凝縮』を駆使しても東の防御力を突破しきることはできなかったのである。血が出た時は思わずドキリとした東だったが棘の魔槍(スピアーナ)を突き出した状態で静止している響を見てニヤリと口元を歪ませた。

「終わりだな」

「……ああ、終わりだ」

 東の言葉に対し、響も笑みを浮かべ、裏技を発動させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――芽吹け、槍の種(スピアーナ)!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が――ッ!?」

 僅かに東の左胸に突き刺さっている棘の魔槍(スピアーナ)の矛先が仄かに輝き、消える。そして、東の体の至るところから棘の魔槍(スピアーナ)が飛び出し、鮮血が迸った。あまりの事態に目を白黒させている東だが次から次へと体の内側から生える棘の魔槍(スピアーナ)のせいで思考が回らず、ただただ激痛と衝撃に耐えるばかり。しかし、その我慢も長くは続かない。

「まずは、1つ目」

 何故なら、響がその言葉を発した瞬間、無数の棘の魔槍(スピアーナ)を体から生やした東は息を引き取り、彼のネックレスの宝玉の1つが輝きを失った。


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