東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第477話 必中の風矢

「……」

 ふと東が我に返ると響と戦っていた死の大地に立っていた。響の読み通り、幾重にも重ねた術式のおかげで傷つけることのできない東のネックレスは龍弾砲(ドラゴ・ハウザー)によってここまで吹き飛ばされ、ネックレスが死の大地に落ちた後、東は復活したのである。ネックレスの蘇生は東が設定した状態で蘇生するので焼失した彼の衣服――灰色のスーツも再現されていた。

(なんて……破壊力だ……)

 どんな攻撃を受けても蘇生できるとはいえ体全てが焼失した影響で数秒ほど呆けていた彼だったが目の前の光景を見て冷や汗を流す。

 地面はドロドロに溶け、一部の木々は龍弾砲(ドラゴ・ハウザー)によって跡形もなく消し飛んでいる。また、消し飛ばされずに済んだ木もそのほとんどが爆風によってなぎ倒され、響から逃げるために駆け込んだ森の姿はどこにもない。

 『式神武装』を見た東はすぐに極限にまで底上げされた防御力を貫けるほどの威力を持った変形を響たちが用意していると予想していた。だからこそ、真正面から戦うことを止め、幻想郷が崩壊するまで時間稼ぎすることにしたのだ。

 だが、崩壊を止めるためとはいえ、まさか地形を変えてしまうほどの威力を持つ一撃を何の躊躇いもなく、放つとは思わなかった。まぁ、これほどの威力を持つ一撃を放てばその反動も自然と大きいはずだ。響も無傷とはいえないだろう。彼には『超高速再生』があるので数分と経たずに全快するだろうがその分、地力も消費する。『式神武装』という大技を連発できる原因は不明だが少しでも地力を削っておくことに越したことはない。

 それに加え、威力が高すぎたおかげで東は一切、痛みを感じることなく、一瞬で死ぬことができた。蘇生できても痛みまでは誤魔化せないのでその点に関しては感謝する。

「……」

 死の大地に立つ東は視線を落としてネックレスを見た。そこには7つの内、3つの宝玉が輝いている。残りの蘇生回数は3回。全ての宝玉の光が消えた時、彼は蘇生できなくなり、殺されたら再び『死に戻り』が発動してあの地獄へ戻るだろう。そうならないためにも――そして、そうなってしまった時のために少しでも抵抗して時間を稼ぎ、情報を集める。もう逃げることすらできない彼に残された唯一の道だった。

「ッ――」

 厄介な『穴を見つける程度の能力』を持つ響相手にどのようにして戦うかシミュレートしようとした瞬間、向上した聴力で遠くの方から異音を捉え、咄嗟に左に跳んだ。その刹那、先ほどまで彼が立っていた場所に青白く光る一本の矢が突き刺さり、地面を粉砕した。

(これは、風弓!?)

 桔梗の変形の一つ――『風弓』。その名の通り、矢に風の力を宿らせ、速度と破壊力を底上げする弓だ。その威力は射った場所と着弾地点によっては東の防御力を貫くほどである。また、今までの響は射撃スキルが皆無であり、出鱈目に射って暴風を起こし、戦場をかく乱させるために使用していた。

 しかし、今回の響(・・・・)は異常なまでの射撃スキルを持つため、彼の視界内にいる間、どこにいても常に狙撃される危険性があった。この戦いで東が最も警戒していた桔梗の変形である。

「おい……おいおいおい!」

 そして、地面を抉った風の乗った矢を見て気づく。彼は今、『穴を見つける程度の能力』を持っている。つまり、彼の視界から外れていたとしても能力が発動すれば――。

「くっ」

 遠くの方から届く風を切る複数の音が耳に届き、顔を歪めて東は全力でその場からバックステップした。その直後、何本も青白い矢が地面へと突き刺さり、死の大地を揺らす。

 そう、『穴を見つける程度の能力』を持つ響の手に風弓が握られた瞬間、どこにいても狙撃される危険性に晒されることに他ならない。

 そんな矢が己の命を貫こうとこれから何本も飛んでくる。東は背中が凍り付かせながら必死に飛んでくる矢を躱し続けた。

 きっと、響は地面を抉るほどの威力を持つ風弓の被害を最小限に抑えるために開けた場所までネックレスを吹き飛ばした。そうなるように『穴を見つける程度の能力』を駆使して龍弾砲(ドラゴ・ハウザー)を放ったのだ。

(なんて、出鱈目な奴に……)

 いや、出鱈目だったのは元々だった。響が女だった頃も何度も死に戻り、ありとあらゆる手を使って追い詰めてもその度に仲間の手を借りて逆転してみる。それが『音無 響』という人間であり、復讐を成し遂げるにあたって唯一無二の障害だった。

 それは性別が男になっても変わらない。むしろ、サポート寄りだった彼女よりも攻撃的になったことで使えなくなった手札が多く、一から調べなおす必要があった。それほど東にとって『音無 響』という存在は厄介であり、無視できない相手だった。

「ちっ……」

 異常な身体能力を持つ東にとって本来であれば飛んでくる矢を躱すことぐらい容易である。それは風弓であっても変わらないはずだった。

 風弓は矢に風を乗せるだけであり、それ以外に恐れるような機能はない。だからこそ、警戒していたとはいえ彼が狙えないほどの速度で動き回れば問題ないと思っていた。

 それが『穴を見つける程度の能力』を持った瞬間、風弓は驚異へと変貌する。

 常人であれば肉眼で捉えられないほどの速度で動いても正確に飛んでくる。

 回避しても回避した先へ落ちてくる。

 こちらの動きを先読みされ、まるで道を塞ぐように地面を抉る。

 一撃でもまともに受ければ東の動きが鈍り、すぐにハチの巣にされる。そうなれば彼の胸で輝く3つの宝玉の1つが輝きを失うだろう。5つあるであろう『式神武装』の内、2つが不明な状態で残機を減らされるのは間違いなく悪手。だから、東は全力で風弓を躱す。掠ることすら許されない。掠っただけで王手をかけられる棘の魔槍(スピアーナ)の件があったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『式神武装』――」

 

 

 

 

 

 そのせいで風弓の矢を躱すのに夢中になり、それ(・・)に気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 背後から聞こえたその声に東は目を見開き、背後を振り返らずに全力で前に跳ぶ。そして、その場に何かが通り過ぎ、彼の背中――灰色のジャケットに小さな切れ込みが付いた。地面をゴロゴロと転がった後、すぐに立ち上がった東は横薙ぎに手に持つ吸い込まれそうなほど真っ黒な刀(・・・・・・・・・・・・・・・)を振るった状態で静止する響の姿を見つける。

「はぁ……はぁ……お前、どうやって」

 つい先ほどまで風弓による攻撃を受けていた東はいつの間にか響に背後を取られていたことに疑問を持つ。

 弓はずっと森があった場所から飛んできていた。しかし、今の響は東の背後――つまり、森側とは逆の位置に立っている。矢を躱すのに夢中になっていたとはいえ、ここは草一つ生えてこない死の大地。こんな開けた場所で響の姿が見えればすぐに気づくはずだ。

「どうやってって……上から」

 漆黒の刀を構えながら『そんな簡単なことにも気づかないのか?』と言わんばかりに告げる響。彼は風弓で矢を放ちながら霙の鉤爪(スリート・タロン)で上空を滑って移動していた。そして、東に見つかるギリギリの場所で矢を上空へと放つ曲射に変更し、放ってから着弾するまでの時間を引き延ばした。ほぼ垂直に落ちてくる風弓の中をすいすいと移動して一気に降下して東の背後に着地。そのまま今もなお手に持っている漆黒の刀で東を切りつけたのだ。

「……」

 そう、不思議なほど丁寧に説明する響に東は首を傾げる。響の説明で背後を取られた理由はわかった。だからこそ、不思議でたまらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして、彼はわざわざ技名を口にして自身の居場所を教えたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、いいのか?」

 何を企んでいるのかわからず、どう動くか悩む東だったがそんな彼を見て響はどこか挑発するように笑みを浮かべてそう言った。

「何がだ?」

「気づいてないのか……いや、別にいいんだ。ただ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お前、もう死ぬぞ?」

 

 

 

 

 そう響が告げた瞬間、東の目の前は真っ暗になり、彼の胸で輝いていた宝玉の一つが輝きを失った。

 


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