「……ッ!?」
目の前がブラックアウトし、1秒と経たずに意識を取り戻した東は
(なんだ……何が起きた!? 俺は、何をされた!?)
響が動く気配を見せないので彼はすぐに今の状況を整理しようと思考回路を巡らせた。だが、彼からしてみれば響が放った横薙ぎの一振りを紙一重で回避して1分と経たずに突然、死んだのである。状況を整理しようにも死因すら把握できていない以上、何もわかるわけがなかった。
(いや、死因は確実にあの刀だ……でも、あれは躱したはず)
響は攻撃を仕掛ける前に『式神武装』――そして、刀の名前を呟いた。つまり、あの刀は『黒刀―
1万回を超える『死に戻り』を繰り返した東は『炭素を操る程度の能力』を持つ雅を響の次に警戒していた。その理由は雅に触れられた生物は体の全ての炭素を別の同素体の炭素に変えられ、死に至るからである。そう、何も対策していなければ雅に触れられた時点で東の負けが確定するのだ。彼自身、雅の研究が進む前は響を追い詰めた途端、彼女の逆鱗に触れ、何度も殺されていた。そんな妖怪の『式神武装』であるならば己が気づかない間に殺されてもおかしくはない。
しかし、問題は雅の能力に対する対策を怠っていなかった点だった。
彼は幻想郷の住人から地力を奪い、身体能力を強化すると同時に響と同じような干渉系の能力を無効化する術式を施している。それは触れた対象の炭素に干渉する雅の能力も例外ではなく、事実、干渉系の能力を無効化する術式を施せるようになってからは雅の能力は東に通用しなかった。
そのはずなのに雅の『式神武装』で気づかぬ間に殺された。だからこそ、東は何が起きたのかわからなかったのである。
「……くそっ」
数分経っても東はもちろん、響も動かずにふわふわと白い球が二人の間を何度も通り過ぎていく。だが、その沈黙も長くは続かず、最初に動いたのは東だった。
残りの蘇生回数は2回であるが幻想郷が崩壊するまで約1時間もある。その間に『黒刀―
「……」
目にも止まらぬ速さで距離を詰める東だが響は黙って漆黒の刀を構え続けるだけで身動き一つしなかった。もちろん、『穴を見つける程度の能力』を持つ彼に限って東の速度に反応できなかったわけではない。する必要がなかっただけだ。
「ッ――」
一気に響の懐に潜り込み、常人であれば受けた直後、体が吹き飛ぶほどの威力を持った右ストレートを放つ東。しかし、響の体に拳が触れる直前、何かに触れ、ピタリと止められた。まさかの事態に東は大きく目を見開き、慌てて左拳を振るう。その左拳も右拳と同様、何かに触れた途端、勢いがなくなり、止まってしまった。
(何が……っ!)
それから何度も響へ攻撃を仕掛ける東だったがその全てが何かに阻まれ、勢いを殺される。そして、東は微かにだが、
「……『式神武装』――」
彼の式神は5人(実際にはドグが増えているので6人だが)であり、今まで明らかになっている『式神武装』は4つ。そう、この薄い布らしきものこそ、最後の『式神武装』――『
「――魂の羽衣」
『魂の羽衣』――攻撃、呪い、毒、不運などありとあらゆる災厄から響を守る羽衣。羽衣は目を凝らさなければ見えないほど薄い布であり、響の全身をすっぽりと覆っている。これに包まれている間、響は攻撃からはもちろん、『攻撃の最中に蹴躓く』などの
奏楽は『式神武装』を運用する地力として己の魂の一部を桔梗に提供したがそれを受け取った桔梗は最初に4つの『式神武装』を設計した。その後、それらを使う際に消費される地力量を計算し、地力を使いすぎないように4つの『式神武装』を使う時に使用できる地力量を決め、その計算値よりも多めに分配していたのである。
そして、余った魂の一部を使い、彼女の『式神武装』を設計――しようとしたのだが、少しばかり問題が発生した。
式神たちが提供した素材で作られる『式神武装』は提供された素材の特性や想いが形態や性能に反映される。
『成長を操る程度の能力』を持つリーマの式神武装は『成長する槍』。
『水と氷を司る神狼』である霙の式神武装は『水や氷を創造し、それを踏みしめられるスケート靴』。
『凝縮の魔眼を持つ半龍』である弥生の式神武装は『炎を凝縮し、全てを焼き尽くす龍の一撃を放つ砲台』。
そして、奏楽の場合――彼女の想いが性能に強く反映された。
響を守りたい。
響の役に立ちたい。
響の傍を離れたくない。
幼いからこそ、そんな純粋な気持ちばかり込められた彼女の魂は他の素材と併合しようとしてもサポート系の変形にしかならない上、他の素材を使うと性能が格段に落ちてしまうことが判明した。
なにより、一部とはいえ奏楽の魂を食べた桔梗は他の素材を食べた時よりもそれに込められた想いを強く感じ取り、共感してしまったのである。
東を倒さなければならない状況であっても同じ想いを抱く桔梗がそれを無下にできるわけもなく、彼女は奏楽の想いを受け取り、『式神武装』を設計した。それこそ一針一針丁寧に縫いあげていくように。
「すぅ……はぁ……」
『魂の羽衣』は他の『式神武装』と同様、凄まじい量の地力を消費する。だが、他と違う点は無効化した災厄の数ではなく、『魂の羽衣』を展開していた時間によって消費する地力量が決まること。4つの『式神武装』に分配した地力量と『魂の羽衣』を作る際に使用した魂の大きさから羽衣を展開できる時間は約3分だ。
(その間に一つ、命を奪う)
『魂の羽衣』の性能を知らない東は闇雲に移動し、あらゆる方向から攻撃してくる。おれを眺めていた響は深く深呼吸した後、徐に『黒刀―
「ッ!?」
その直前、『黒刀―
慌ててその場から離れようと後退する東だが、攻撃しようと右拳を振るっていた状態であったため、置いていかれるように刀の軌道上に残った右手の中指に刀の切っ先が
「ぐっ……」
その刹那、顔を歪めたのは刀が掠った東ではなく、攻撃を仕掛けたはずの響だった。額に脂汗を滲ませ、貧血でも起こしたようにその場で倒れそうになるが何とか踏み止まり、視線を前に戻す。
「ぁ……あぁ……」
彼の目に宿る薄紫色の星が捉えたのは右手の中指がゆっくりと黒ずんでいくのを茫然と見つめる東の姿だった。数秒と経たずに彼の右手は真っ黒になり、ボロボロと崩れていく。また、右手が完全になくなる頃には東の右腕もすっかり黒く染まり、右手と同様、崩壊が始まる。そのまま右肩、右胸と黒ずんでいき、いきなり彼の体が元に戻った。そう、たった今、東は死んだのである。その証拠に彼の首に下げられているネックレスの輝く宝玉は一つだけとなっていた。
「はぁ……はぁ……さぁ、あと一個だ。覚悟しろ、東」
『黒刀―
幻想郷が崩壊するまで1時間を切った今、最終再戦は最終局面へと突入する。