『式神武装』を駆使してなんとか東の残り蘇生回数を1回まで減らすことに成功した響だったがその手は僅かに震え、手に持つ『黒刀―
対して東も最初は7回もあった蘇生回数が少なくなり、冷や汗を流している。だが、東には『死に戻り』があるため、さほど焦ってはいなかった。
『ここで殺されるのは本望ではないが、殺されたら殺されたで仕方ない』。
『今回の失敗を次の世界線で活かし、今度こそ幻想郷を崩壊させる』。
減らされたとはいえ、蘇生回数はまだ1回あるというのに東はそんなことまで考えていた。
「すぅ……はぁ……」
乱れる息を整えるため、深呼吸を繰り返す響。次第に手の震えも収まり、薄紫色の星が浮かぶ目に意識を集中させ、
「くっ……」
いきなり数メートルという距離を詰められた東は奥歯を噛み締め、全力で後退。それと同時に響は『黒刀―
(あれに当たったら、今度こそ俺はッ……)
迫る響を前に彼は漆黒の刀を睨みつけ、数秒後の己の姿を想像する。予想が正しければあの刀に触れただけで死ぬ。あれは武器などではない。触れた場所を炭素に変える毒のようなものだ。
『黒刀―
先ほど、『黒刀―
また、『黒刀―
「ッ――」
今までの戦いから死の一振りを完全に躱しきることは不可能。驚異的な身体能力でどんなに速く動こうと今の響は一瞬の隙を見逃さず――むしろ、その隙を作り出すことができる。現に
(どうやっても避けられないのだったらッ!)
ここで死ねば蘇生できなくなり、『着装―桔梗―』の機能を全て使われればどれだけ身体能力を向上させても殺されてしまうだろう。ならば、死ななければいい。どんな形でも生き残ればいい。だからこそ、東は覚悟を決め、とうとう『黒刀―
それを見届けながら響は地力が大量に消費され、その場で膝を付く。その拍子に手に持っていた『黒刀―
きっと、響ももう少しだけ譲り受けた望の『穴を見つける程度の能力』と悟の『暗闇の中でも光が視える程度の能力』の関係性を考えていれば薄紫色の星が浮かぶ瞳の弱点に気づいていただろう。
元々、『暗闇の中でも光が視える程度の能力』はその名の通り、暗い場所、目が見えない状況でも周囲の様子がわかるようになる能力である。また、暗闇を絶望に、光を希望に読み返ることで『どんな状況でも僅かな希望を見つけることができる』能力になる。そして、それは絶望的な状況であればあるだけ光――希望の強くなるのだが、逆説的に絶望的な状況でなければ希望も見えにくくなってしまうことに他ならない。先ほども
そして、『黒刀―
「ぁ、ああああああああああ!!」
少しずつ浸食する炭素から――死から逃れるために彼はまだ炭素になっていない二の腕を右手で掴み、全力で引っ張り、引き千切った。夥しい量の血が左腕から溢れ、周囲を真っ赤に染める。それでもなお、引き千切られた左腕は黒ずんでいくが東は真上に放り投げた。驚異的な身体能力によって投げられた東の左腕は空中で完全に真っ黒になり、ボロボロに崩れ、風に流されて消えていく。
触れた物を炭素に変える炭素の同素体を放っておくといずれ地球全てが炭素になってしまうため、空中で霧散し、その特性が消えるように設定した。そのため、風に流されたとしてもその先で再び浸食が始まることはない。
「なっ……」
東が左腕を引き千切ったこと。なにより、薄紫色の星が浮かぶ瞳がそれを視逃したことに驚愕し、響は体を硬直させる。それが致命的な隙となってしまう。
「あああああああああああ!!」
「ガッ……」
激痛に苛まれながらも好機と判断した東は全力で響に詰め寄り、未だ健在の右拳を振るう。彼の右拳は唯一『着装―桔梗―』に守られていない響の顔面に突き刺さり、凄まじい勢いで吹き飛ばされた。何度も地面をバウンドし、その勢いがなくなる前に再び接近した東に蹴られ、地面を転がる。何とか態勢を立て直そうとしても『黒刀―
『マスター! マスター!!』
何度も殴打され、蹴られ、地面に叩きつけられる響に桔梗は何度も呼びかけるがその声に応える余裕は響にはなかった。【盾】を展開しようにも目に集中できず、どこに展開していいのか判断できない。下手に展開し、【盾】を破壊されでもしたらしばらくの間、使えなくなってしまう。出し惜しみしている場合ではないのは確かだが闇雲に【盾】を使うわけにもいかず、響はただ東の攻撃を受け続けた。
地力は残り僅か。頼みの綱である『式神武装』は使えない。残りの切り札は全てばれている。東の驚異的な身体能力は健在。
まさに絶望的な状況であり、彼の目に浮かぶ薄紫色の星が輝く状態でもある。
――砕ける小さな体。散らばる破片。くるくると回転しながら舞う
「……ぇ?」
だからこそ、響は視えた。この状況を打破するために誰が何をして、誰がどうなってしまうのか。
しかし、その希望は彼にとって希望でも何でもなかった。ただ薄紫色の星は機械的に彼が生き残る唯一の道を教えてくれただけに過ぎない。それもその希望は未来に繋がる道の入り口しか照らしてくれず、どうしてその光景が視えたのか彼にはさっぱり理解できなかった。
「マスター!」
だが、それでも時間は、世界は止まらない。視えた未来予知に困惑し、思わず体を硬直させる響に東の右拳が迫る中、小さな影が目の前に躍り出た。