東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第47話 炭素

 左足が飛んで行く。バランスを崩し、俺は地面に倒れた。

「う、うらあああああッ!!」

 気合で右足だけを使って立ち上がり、落ちた左足を掴んで傷口にくっ付ける。それと同時に紫に作って貰った制服が再生。紫に頼んでおいてよかった。家に帰った時、服がボロボロだったら望に怪しまれてしまう。

「くっ……」

 その瞬間、激痛が走り顔を歪めるが左足は驚くほどの速さで治って行った。

「またっ……」

 俺の左足を吹き飛ばした張本人である妖怪少女は悪態を吐く。そして、また翼を伸ばして来た。

「何度も食らうかっての!!」

 両手に炎を纏わせ、迫って来た翼を裏拳で弾く。更に裏拳の勢いで妖怪少女に向かってロケットダッシュする。走っている間にもいくつもの切り傷を負うが妹紅の力で綺麗に治った。

「化け物!!」

 それを見て妖怪少女が叫んだ。

「それはそっちもだろ!」

 反論しながら拳ほどの火球を飛ばす。だが、それは妖怪少女が翼を目の前に突き立て、防いだ。

「治るならもっとぐちゃぐちゃにしてやる!!」

 そう言いながら妖怪少女は6枚の翼を螺旋状に組み合わせ、回転させながら俺に向けて伸ばして来る。まるで、ドリルのようだ。

「これは……」

 さすがにやばい。死にはしないが復活するのに時間がかかってしまう。その間にイヤホンを取られたら終わりだ。冷や汗を掻いていると曲が変わる。

「黒い海に紅く ~ Legendary Fish『永江 衣玖』!」

 頭に触角のようなリボンが付いた帽子。黒のスカートにフリルが施されたピンクの上着。その周りにこれまたフリルの付いた羽衣が浮いている。ドリルがもう目の前まで迫って来ていた。

「魚符『龍魚ドリル』!」

 咄嗟に取り出したスペルを宣言した瞬間、羽衣が右手に巻き付き、ドリルになった。更に帯電している。雷は俺の得意分野。ニヤリと笑い、迫り来る漆黒のドリルに雷を纏ったピンクのドリルをぶつけた。

「なっ!?」

 ドリルとドリルがぶつかる甲高い音の他に妖怪少女の驚く声が聞こえる。

「まだまだ!!」

 こちらのドリルに帯電していた電撃を向こうのドリルを経由して妖怪少女に向かう。

「くそっ!!」

 電撃が届く前に妖怪少女は右手と左手をピンと伸ばし、手刀で6枚の翼をぶった切った。漆黒のドリルは力を失い、地面に落ちる。

「雷符『ライトニングフィッシュ』!」

 一瞬、妖怪少女に隙が出来た所にスペルを叩き込む。千切れた翼で防御しようとしたが、さすがに間に合わず妖怪少女はもろに俺の攻撃を受けた。

「……よわっ」

 だが、全く通用していない。スペルは所詮、遊び用だ。攻撃力がない。

「知ってるもん!」

 でも、はっきり弱いと言われると堪える。きっと、持ち主なら相手に合わせてレベルを調整出来るのだが、コピーである俺には無理な話だ。

「よし、直った! 今度こそ!!」

 漆黒の翼は30秒ほどで元の長さまで成長し、再びドリルで攻撃して来た。PSPを覗き見て残り時間が1分を切ったのを確認する。

(スペルを発動しても、時間オーバーか!)

 そうなれば時間を稼ぐしかない。空を飛び、垂直に上昇する。

「逃がさないよ!」

 俺の後を追ってドリルも軌道を変更した。向こうの方が若干早い。

「やばっ!」

 更に加速するがどんどん距離が縮んで行く。あれを食らえば再生すら出来ない。即死だからだ。

(早くうぅぅぅ!!)

 残り20秒。

「死んじゃえええええ!」

 残り15秒。

「嫌だああああああ!!」

 残り10秒。ドリルの回転音が迫る。恐怖が俺を焦らせた。

「くそったれが!!」

 間に合わないと判断し、ドリルの方に体を向ける。予想以上にドリルは近づいて来ていた。急いで羽衣を操り、ドリルに向かって伸ばす。

「うお……」

 羽衣は頑張ってドリルを抑えるが徐々に羽衣が破けて距離が縮む。

 残り5秒。

「も、もう……」

 ドリルとの距離がもう10cmもない。これでは曲が変わってもどうする事も出来ない。

(それでも……諦めるもんか!)

 曲が変わり、スペルが出現。そこに書かれている名前を見て、再び俺はニヤリと笑った。

「メイドと血の懐中時計『十六夜 咲夜』! 幻世『ザ・ワールド』!」

 変身を待たず、咲夜のスペルを唱える。時間が停止した。ドリルも妖怪少女も動かない。

「た、助かった……」

 安堵の溜息を吐きつつ、妖怪少女の元へ戻った。

「今の内に」

 スカートの中から大量のナイフを取り出し、妖怪少女の周りに設置する。結構、重労働だった。4分ほど過ぎた辺りで時間が残り少ない事に気付く。世界の時間は止まっていてもPSPは稼働しているのだ。

(ここにいると俺もナイフの巻き添え、食らうな……)

 そう思い、妖怪少女から距離を取ったその時、曲が変わった。

「遠野幻想物語『橙』!」

「なっ!?」

 俺が橙に変身するのと同時に妖怪少女がナイフに驚く。焦った妖怪少女は翼を元の長さまで短くした後、そのまま全てのナイフを吹き飛ばした。そのおかげで一瞬だが隙が出来る。

「天符『天仙鳴動』!」

 弾幕は確かに弱い。だが、今は妖怪だ。体術なら互角なはず。

(これで終わらせる!!)

 弾幕を撒き散らしながら妖怪少女に突進する。このスピードならどれだけ翼を伸ばせても間に合うまい。

「……」

 だが、妖怪少女は落ち着いた様子で地面に両手を付けた。その刹那、目の前が黒に染まる。

「え?」

 意味が分からない。彼女はただ地面に手を付けただけだ。それなのにどうして目の前が真っ暗になったのだろう。

「がっ!?」

 その答えはすぐに判明した。地面から翼と同じ漆黒の分厚い板が飛び出していたのだ。その板へ俺は顔面からタックルし鼻の骨だけではなく首の骨まで折れた。すぐに霊力を流し込み、再生させたがその場に倒れてしまう。

「な、何が……」

「知ってる?」

「は?」

 板の向こうから妖怪少女の声が聞こえた。

「炭素。私の翼は炭素で出来てるの。そして、その炭素を私は自由自在に操れる」

 幻想郷的に言うと『炭素を操る程度の能力』だ。

「じゃ、じゃあこの板も」

「そう、地面の中にあった炭素を寄せ集めて作った防御壁。炭素って鉛筆の芯からダイヤモンドまで硬度を変化させる事が出来る。もちろん、私の翼も例外じゃない。伸ばす時には柔らかくして、攻撃を防ぐ時は硬くするの」

「待て。聞いた話じゃダイヤって打撃には弱いって……」

 ダイヤは一番、硬いと言われているがそれはモース硬度――つまり、摩擦やひっかき傷に対する強さだ。金槌で殴れば粉々に割れてしまう。

「誰がこの翼や板はダイヤで出来てるって言った?」

「何?」

「この世に存在する天然に出来る一番、硬いはダイヤ……でも、それは人間が見つけた物質でのこと」

 だんだん、わかって来た。

「まだ、発見されていない。炭素の同素体……」

「そゆこと。じゃあ、死ね」

 板を飛び越えで6枚の翼が俺に向かって急降下して来た。

「ふざけんなっ!!」

 その場を離れようと転がる。

「ッ!?」

 5枚の翼は地面に突き刺さり、1枚は左腕を刈り取った。括り付けてあったホルスターと一緒に左腕が飛んで行く。それを掴む為に右手を伸ばす。

「もういっちょ!」

「くっ!?」

 今度は漆黒の防御壁からいくつもの鋭い棘が飛び出した。左手は一旦、諦めて体を捻って棘を躱す。

「……え?」

 どうして俺は考えて来なかったのだろう。PSPは紫のおかげで元より遥かに丈夫になった。だが――。

「い、イヤホンが……」

 イヤホンはそのままだった。棘の1つがイヤホンを引き千切っていたのだ。変身が解ける。本能的に左腕の切り口に霊力を流して再生を試みるが霊力が足りず、止血だけで終わってしまった。

「お? 見てなかったけどすごい事になってるね」

 いつの間にか防御壁がなくなっていて俺の状況を見た妖怪少女がニヤリと笑う。

「そんなあんたに絶望を」

「っ! やめっ――」

 止めようとまた右手を伸ばすが6枚の翼が近くに落ちた左腕に降り注いだ。何度も。何度も――。PSPは壊れていないようだが、俺の左腕はミンチ状になって使い物にならなくなってしまう。まだ、あれを傷口に付けていれば治っていた。でも、もうそれすら出来なくなってしまった。

「さて……どうやって殺してあげようかな?」

 ニヤニヤと嘲笑う妖怪少女の声が俺の頭に響いた。

 


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