東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第483話 残骸の想い

「咲さん……なんで――」

「――説明は後。まずはあの人をどうにかしないと」

 あの夜に救うことができなかった咲さんが何故、生きているのか。ここは俺の魂の内側なのにどうしてここにいるのか。色々と聞きたいことはあったが彼女は言葉を遮り、目の前に立つ白髪の女性に視線を向けた。

『ぐっ……もう少しだったのに、余計なことをしてくれたわね!』

 女性は俺の後ろにいる咲さんを睨みつけ、彼女の周囲からパキパキと音が鳴った。ここは魂の内側なので何もないのだが、彼女の体から空間を凍り付かせるほどの冷気が漏れているらしい。

「あれは……幽霊の残骸」

 奏楽と出会ってすぐ彼女から摘出した幽霊の残骸は魂の一室に封印していた。それから色々なことがあり、何度か幽霊の残骸が暴走しかけたことはあったが体は少女ほどのものだったし、顔は俺に似ていたはずだ。しかし、今は大人の姿で奏楽にそっくりな容姿。一体、何があったのだろうか。

(いや……そうか)

 魂の住人は俺に似るが幽霊の残骸も例外ではない。俺は東に桔梗を破壊され、怒りに身を任せて本能力を使って自分の存在を『死』へと作り替えた。そのせいで俺という存在がなくなり、その法則も崩壊。幽霊の残骸は元々、奏楽の一部だったため、彼女に似た容姿になったのだろう。

『まぁ、いい。こうなればやることは一つ。あなたを殺して私があなたになればいい!』

 そう言った幽霊の残骸は右手を地面に叩きつける。その途端、地面から鋭い氷の棘がいくつも飛び出し、俺たちへと射出された。即座に使い慣れた鎌を出現させ、後退しながら氷の棘を弾く。ここは魂の内側。吸血鬼たちの力は使えないが武器ならばいくらでも生み出せる。

「キョウ君、鎌が!」

「ちっ」

 背中に抱き着く咲さんの言葉で手に持つ鎌を見れば刃が凍り付いていた。ここでは意志や想いが強いほど力が増す。氷を弾いた鎌すら凍らせるほど幽霊の残骸の意志や想いが強いのだ。

 このままでは俺の手すら凍り付くので鎌を手放し、再び新しい鎌を生み出す。だが、それだけでも数秒のタイムラグが発生するため、氷の棘が俺たちを捉えるのも時間の問題だ。このままでは俺だけではなく、せっかく再会できた咲さんまで――。

 しかし、今の状況ではどうすることもできず、氷の棘を弾き、鎌を捨て、新しい鎌を掴んで振るう。そんな単純な作業を繰り返していると不意に首に回された咲さんの腕に力が込められた。

「大丈夫……大丈夫だよ、キョウ君」

 鎌が氷の棘を弾く音に紛れるように耳元で囁く咲さん。彼女の顔は見えないが声音だけで笑っているのがわかった。

「ここは君の魂の中……君が望めば何でも生み出せる空間。だから、君の中で一番強い武器を使えばいいんだよ」

「……駄目だ。それはできない」

 俺の中で一番強い武器――そんなの、決まっている。

 だが、あの子はただの武器じゃない。ただの人形じゃない。

 あの子には意志があった。命があった。想いがあった。

 ここで生み出せるのは無機質な武器だけ。形は作れてもあの子ではない。あの子を作り出すためには彼女の意志がここになければならない。だから――。

「――だから、私がここにいる。あの子から君を託された私の中に……あの子の想いがある」

 咲さんの言葉を理解する前に彼女が後ろから俺に見せるように右手を差し出す。そこにはビー玉よりも二回りほど大きな蒼い珠。

「キョウ君、お願い。この子を使ってあげて」

「……ああ!」

 両手に鎌を出現させ、向かってくる氷の棘に投げつける。鎌は氷の棘に激突し、他の棘を巻き込んで吹き飛んでいった。その隙に咲さんから蒼い珠を受け取り、握りしめて強く願う。

(頼む、桔梗……もう一度、俺に力を貸してくれ!)

 

 

 

 

 

 

『……当たり前じゃないですか、マスター』

 

 

 

 

 

 

 握りしめた蒼い珠が輝き、人形の姿へと変えた。

 白黒のメイド服。綺麗な黒髪。人形とは思えない生き生きとした表情。

 もう見ることはできないと思っていた桔梗の姿がそこにはあった。

「……桔梗」

『マスター、時間がありません。私は咲さんの中に残っていた桔梗(・・)の残留意志です。すぐに摩耗して消えてしまいます。その間にあの人を!』

 謝りたいことも、お礼も、何の変哲もない会話も、これからのことも、彼女と話したいことは山ほどある。

 だが、今はそれどころではない。幽霊の残骸を何とかしなければ俺と咲さんは彼女に殺されてしまう。魂の内側で殺されたらどうなるかわからないが、いいことは起きないだろう。

「ああ、頼む!」

『はい、マスター!』

 俺は桔梗の右手を掴み、地力を注ぎ込む。その瞬間、彼女の体は融解し、俺を包み込んだ。これが――最後の『着装―桔梗―』。桔梗と最後の共闘だ。

「キョウ君、あの人の近くに! その後は私が何とかするから!」

「わかった!」

 相変わらず俺の背中にくっついたままの咲さんに頷き、俺はすぐに背中の8つのビットを飛ばした。ビットから照射されたレーザーが氷の棘を溶解させ、翼とビットを繋ぐワイヤーが切り刻む。

『このっ……あなたはいいの!? 表に戻ってもリョウも、桔梗もいないのよ!?』

 ビットとワイヤーで氷の棘を阻まれてもなお、射出を止めようとしない幽霊の残骸が悲鳴を上げるように叫んだ。

 ああ、彼女の言うとおり、リョウは死に、桔梗は破壊されてしまった。怒りと悲しみで今にも胸が引き裂かれそうだ。現に絶望した俺は自分の存在すら投げ捨て、東を殺すために『死』へと成り代わった。

「行くぞ、桔梗! 最大出力!」

『オーバーヒートまで残り10秒。急速冷却(クイック・クーリング)、使用します』

 脚部のホバー装置に地力を注ぎ、飛来する氷の棘を回避しながら彼女へと迫る。急速冷却(クイック・クーリング)を使用し、凄まじい量の水蒸気が『着装―桔梗―』から漏れた。

『私があなたになればもうそんなに苦しむ必要はなくなる! 私があなたの代わりに成ってあげるから! 私が全てを背負うから!』

 水蒸気をまき散らしながら迫る俺たちを拒絶するように氷の棘を飛ばす幽霊の残骸は奏楽にそっくりな顔でポロポロと涙を零す。

(ぐっ……)

 それに比例するように氷の棘の威力と冷気が強くなった。ビットのレーザーですら溶解できず、ワイヤーによる切断も難しい。彼女から発生する冷気で俺のまつげが凍り始めた。だが、それでも俺たちは止まらない。止まってはならない。

 パキパキと音を立てながら凍り付く桔梗の花が刻まれた胸部に手を当てる。彼女は俺の魂の中で幽閉されていた存在。そのせいで彼女の感情が俺の中へと流れ込んでくる。負の感情を糧として成長する彼女がその胸に宿す感情――それは、孤独。

『だから……私にも、命を、頂戴よ。もう、真っ暗な部屋で、独りは、嫌だよ。寂しいよ』

 氷の棘の雨が降る中、その隙間から見えた彼女と初めて幻想郷に行く前、たった独りで家で留守番していた過去の俺(キョウ)の姿が重なった。

(確かに、表に戻ったところでリョウも、桔梗もいない。失った物はもう取り戻せない。それはすごく辛いし、全てを投げ捨てて楽になりたい。何もかも放り投げて消えてしまいとさえ思った!)

 でも、自分を失ってしまった俺を落ち着かせるように咲さんに撫でられ、俺の背中を押すようにまた会いに来てくれた桔梗を見てわかったのだ。

 2人を失った悲しみはどうしたって消えないけれど、俺にはまだ助けたい人が、助けてくれる人が――仲間がいる。俺を支えてくれる大切な人たちがいる。その人たちのために、俺はまだ死ぬわけにはいかない。諦めるわけにはいかない。

 しかし、幽霊の残骸にはそんな存在がいなかった。奏楽を助けるために身勝手に彼女から切り離し、危険だと判断して魂の一室に幽閉。俺はそんな彼女から目を逸らし続け、今日この日まで生き続けてきた。

 俺はそんな彼女の犠牲の上に立ち、ずっと皆に救われ続けた。ならばそのお返しに俺も彼女を救わなければならない。

 だから――。

 

 

 

 

 

 

 

「――俺はお前を受け入れる! だから、お前も俺を受け入れろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――手を伸ばせ、幽霊の残骸。もう、お前は独りじゃない。お前には俺たちがいる。

 

 

 

 

 

 

 

『うるさい、うるさいうるさいうるさあああああああい!!』

 氷の棘の隙間を縫うように移動し、とうとう彼女の傍まで辿り着いた俺は右手を伸ばすが幽霊の残骸はそれを左手で払った。払われた右手が凍り付き、桔梗の右手の装甲が砕け散る。

 彼女の想いや自身の罪に気づくのが遅すぎた。当たり前の話である。奏楽から彼女を切り離してからすでに数年は経ち、その間、ずっと放置され続けたのだから。こんな言葉だけで信頼しろというのが間違いである。

「……大丈夫だよ」

 だが、ずっと俺の背中にくっついていた咲さんが飛び出し、幽霊の残骸へと抱き着く。その瞬間、彼女の体も凍り付く――はずなのに不思議と咲さんの体は無事だった。

「大丈夫……キョウ君は信じられるよ。ずっと傍で見ていたあなたならわかるでしょう?」

『あっ……』

 そのまま子供をあやすように優しく幽霊の残骸の頭を撫でる。幽霊の残骸は氷の棘を射出するのを止め、ただ茫然と涙を流していた。

「もし、不安だったら私が一緒にいてあげる。奏楽ちゃんの代わりにあなたのそばに……」

「咲さん、それは」

 幽霊の残骸の核になる、ということなのだろうか。だが、それはあまりに危険である。幽霊の残骸は負の感情で強くなる。そんな存在の核になれば彼女も負の感情に飲み込まれてしまうだろう。

「ふふ、大丈夫だよ。お姉ちゃんに任せて、ね?」

 どこかおどけたように俺に笑ってみせた咲さんは幽霊の残骸から体を離し、彼女の額にそっと口づけを落とした。

「独りで寂しかったね……これからは私がずっと一緒にいてあげるから」

『……うん』

 いつの間にか子供の姿になっていた幽霊の残骸は素直に頷くと彼女の体は白い粒子へとなり、咲さんの体へ吸い込まれていった。

「……お疲れ様。よく頑張ったね」

 自分の胸に手を当てて笑う咲さん。何もない空間のはずなのに風が吹き、咲さんが着ている白いワンピースを揺らす。

 

 

『ありがと』

 

 

 その風に乗ってそんなお礼の言葉が聞こえたような気がした。


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