東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第484話 最期の言葉

「……咲さん」

 幽霊の残骸を吸収した後、咲さんは祈るように胸の前で両手を組み、目を閉じていた。その姿がどこか神秘的で俺は少しの間、彼女を眺め、改めて声をかける。

「あ、ごめん。今は時間なかったね」

「それは……そうなんだけど、大丈夫なのか?」

「ん? ああ、あの子なら落ち着いてるよ。もう暴れることなんてないと思う」

 あれだけ暴れていた幽霊の残骸が簡単に落ち着くとは思えず、もう少し詳しく聞こうとしたがその前に『そんなことよりも』と咲さんに遮られてしまった。

「最後の、お別れ……すませないと」

「え……あっ」

 咲さんが俺を――具体的に言えば俺が身に纏っている『着装―桔梗―』を悲しげに見つめながら言い、そこで桔梗から白い光が漏れていることに気づく。

 『着装―桔梗―』を発動する直前、桔梗は自身のことを『残留意志』と言っていた。そして、すぐ摩耗して消えてしまうとも。

「桔梗……」

『……申し訳ありません。限界のようです』

 そう言って『着装―桔梗―』を解除した彼女は目を伏せて謝る。それだけ彼女とのお別れがもうすぐそこまで迫っているのだと悟ってしまった。

「……どうにも、ならないのか?」

『はい……先ほども言いましたが私はただの残留意志。それも咲さんの能力の影響で微かに残っていた程度のものです』

 それでも諦めきれず、質問するが桔梗は首を振った後、俯いてしまう。

 桔梗は過去の俺(キョウ)をずっと守ってくれた。吸血鬼化を止めるために翠炎によって燃やされたため、過去の記憶は永琳から貰った薬で夢として見た程度にしか覚えていないが、幻想郷に行く前、家で独りぼっちで留守番していた俺にとって初めてできた家族といっても過言ではないほど大切な存在。だからこそ、現在に桔梗がいなくて過去に何が起きたのか気になったし、彼女と共に現在に戻って来られた時は記憶を燃やされてしまった分――いや、それ以上に彼女との思い出を作ろうとも思った。

 だが、桔梗と再会してすぐ西さんを保護して東の組織の足取りを掴み、彼女と碌に遊ぶことはできず、幻想郷に来てしまったのである。

 まだ、たくさん話したい。

 まだ、たくさん遊びたい。

 まだ、一緒にいたい。

 まだ、まだ、まだ……。

 でも、それはもう叶わない願い(・・)。こうやってもう一度、話すチャンスを得ただけでも幸運だと泣いて喜ぶべきだ。

 桔梗は俺の目の前で、俺を庇って東に破壊された。油断した俺のせいで桔梗は死んだ。

 今も桔梗の体は少しずつ融解し、体も消えている。あまり時間は残されていない。

 泣くことも、悔やむことも、悲しむことも後でできる。それに謝罪も主想いの小さな従者は『従者としての務めを果たしただけです』と言って素直に受け取ってくれないだろう。

 

 

 

「桔梗、ありがとう」

 

 

 

 だから、俺の本当の気持ちを――感謝の気持ちを伝えよう。この胸から溢れるほどの感謝の気持ちを。

「ずっと俺の傍にいてくれてありがとう……俺のために頑張ってくれてありがとう」

『マスター……』

「桔梗がいてくれたから過去の俺(キョウ)は頑張ることができた。咲さんや月さんが死んで……塞ぎこんでいた時、桔梗が励ましてくれたからもう一度、立ち上がることができた。桔梗がいなかったら……お、れは……」

 ああ、駄目だ。堪えきれない。泣くのは、悔やむのは、悲しむのは後だと決めたはずなのに少しでも気を抜くと謝りそうになる。逝くなと泣き叫びそうになる。少しでも桔梗の姿を目に焼き付けたいのに涙で前が歪んでしまう。

『……マスター、聞いてください』

 言葉がつっかえてしまい、何も言えなくなってしまった俺を見て桔梗は嬉しそうに微笑んだ。その微笑みはどこか大人びており、見慣れない表情に思わず見惚れてしまった。

『決して私は後悔などしていません。あの時、この身を挺してあなたを守ったことを誇りにすら思っています』

 『ですが……』と桔梗は俺から目を逸らす。すでに彼女の体はほとんど消えており、向こう側にいる咲さんの顔すら見えるほどだ。あと数分たらずで彼女は完全に消滅してしまうだろう。

『もっと、お話ししたかった。もっと、思い出を作りたかった。もっと、あなたの役に立ちたかった。もっと……一緒にいたかった。そんな思いが溢れてなりません』

「……」

『しかし、それはもう届かない祈り(・・)。私が自分の意志で捨てた未来です。だから、あなたが気に悩む必要はないのです』

「ッ!? それは――」

『――それに、私はこんなにも幸せなのですから』

 そう言った桔梗の目からポロリと一粒の涙が零れ落ちた。あれは悲しみの涙ではない。別れを惜しむ涙ではない。自分は幸せ者だと俺に言えた嬉し涙。己の行いに恥はなく、後悔はなく、力の限りに生き抜いた。だから、桔梗は満足して――逝ける。そんな彼女をこれ以上、引き留めることは俺にはできなかった。

「……ありがとう、桔梗。今までありがとう。ゆっくり休んで」

『はい、マスターも……どうか、これからのあなたに幸せが待っていますように』

 すでにほとんど見えなくなってしまった桔梗は俺にゆっくりと近づき、俺の額に口づけを落とした。人形の体なのにキスをされた場所からほのかにぬくもりが広がっていく。

『マスター、ありがとうございました。大好きです』

 最期に彼女は俺から離れた後、白い粒子となって魂の外側へと向かい、やがて見えなくなった。しばらく俺と咲さんは桔梗が消えた方を見続ける。

「……キョウ君、大丈夫?」

「……ああ。咲さん、ありがとう。咲さんのおかげで桔梗と最後の別れができた」

 桔梗の残留意志が残っていたのは咲さんの能力の影響だと言っていた。つまり、咲さんがいなければ最後の別れすらできなかったことになる。

「ううん、こちらこそ桔梗のおかげで今もこうして生きて……はいないけど、元気にやってるから」

 少しおどけるように言った咲さんだが、すぐに真剣な眼差しを俺に向けた。きっと、俺が質問すると察したのだ。

「……咲さんはどうしてここに? それに能力って」

「えっと、ここにいる理由と能力は別だから順番に話すね。まず、私がここにいるのは桔梗に食べられたから」

「食べられ……」

 そういえば咲さんが殺された後、過去の俺(キョウ)が咲さんの声を聞いて桔梗に食べるように指示していた。もしかしてあの時、桔梗が食べたから咲さんの魂が素材として桔梗の中に残っていたのだろうか。

「私は桔梗の中でずっと2人を見守ってた。そして、『着装―桔梗―』した時、私の魂はまだ部屋に余裕のあったキョウ君の魂に引き込まれたの」

「じゃあ、初めて『着装―桔梗―』した時からずっと俺の中に……」

「うん、それに君の魂の中でキョウ君のことを教えてくれた人(・・・・・・・)がいて――」

 その時、突然頭上から何かが割れる音が聞こえ、俺と咲さんはほぼ同時に上を見上げた。そこでは天井に亀裂が入り、今もなお広がっている。この空間は俺が『死』となったせいで魂の部屋という概念がなくなったことで生まれた。その空間が壊れようとしている、ということは。

「どうやら、間に合ったみたいだね」

「何か知ってるのか?」

「幽霊の残骸を私が吸収したから『死』になりつつあったキョウ君の存在が元に戻ろうとしてるんだよ」

 咲さんの説明を聞いて俺は思わず目を見開いてしまう。本能力を使って『死』に成り代わったと思っていたがすぐに成り代われるものではなく、段階を踏む必要があったらしい。その進行が止まり、俺は『音無 響』に戻る。

「あんまり時間もなさそうだから手短に話すね。まず、私の能力は――」

 彼女はそこで言葉を区切り、ひらりと浮かび上がり、彼女の着ている白いワンピースがふわりと揺れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――『魂を鎮める程度の能力』」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、どこか誇らしげに自身の能力名を告げた。

 


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