東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第486話 未完成の曲

 深く息を吸い、ゆっくりと吐く。心の乱れは地力の消費に繋がる。少しずつ近づいてくる『死』の気配に今すぐにでもここから逃げ出せと心臓を激しく鼓動させることによって警告する本能を東は気合で抑え込む。

 一体、どれだけの時間が経ったのだろうか。きっと、ほとんど時計の針は進んでいないのだろう。しかし、『死』という存在が具現化した影響はただならぬようでまだそれなりに距離があるはずなのに東の周囲の植物は少しずつ枯れ始めている。その強烈な死の匂いに彼は顔を歪ませ、慌てて気持ちを落ち着かせた。

「……」

 だが、不意に少しずつ近づいていた『死』が歩みを止める。具現化したといっても『死』に思考能力はない。もし、あったのなら東が逃げ出す前に殺されていたはずだからだ。だからこそ、歩みを止めるという行為をするとは思えず、東は閉じていた目を開けた。

「……あれは」

 そして、『死』がいる辺りが仄かに輝いているのに気付く。『博麗大結界』の溶解が止まったことで白い球体もなくなり、森の中は真っ暗なため、小さな光でも目立つのだ。嫌な予感がしつつ、その光を見守っていると輝きは消え、それと同時に『死』の気配も消滅した。

「ッ……くそッ!」

 完全に『死』になったと思っていたがどうやら『音無 響』は自我を取り戻したようだ。つまり、『死』による幻想郷の崩壊は叶わない。このままでは東の復讐は達成されない。

(……仕方ない、か)

 しかし、ネックレスが破壊された今、響が満身創痍状態であっても彼を倒せる保証はない。それこそ、地力を消費しない『ダブルコスプレ』を使われたら詰みである。

 それでもここで諦める理由はならない。今回で駄目なら次に繋ぐ。少しでも情報を得て、死ぬ。そして、次の世界線で今度こそ復讐を果たす。

 覚悟を決めた東は立ち上がり、身体能力を向上させて先ほど輝いていた場所へと急ぐ。そこがこの世界での己の死に場所だと悟りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』は『東方project』のBGMを聞くとそのテーマの幻想郷の住人の服や能力をコピーする力である。例えば、『ネクロファンタジア』を聞けば『八雲 紫』の、『U.N.オーエンは彼女なのか?』を聞けば『フランドール・スカーレット』の服と能力をコピーする。

 それを応用して両耳から別々のBGMを流すことで2人の服の能力を同時にコピーする技が『ダブルコスプレ』。

 『ダブルコスプレ』にはいくつか法則があり、かかった2曲の住人の服は色や装飾を融合されたものになるし、能力も掛け合わさり、強力な能力へと昇華する。

 また、今まで何度か『ダブルコスプレ』をしているが、『上白沢 慧音』と『藤原 妹紅』。『八雲 紫』と『西行寺 幽々子』。『レミリア・スカーレット』と『フランドール・スカーレット』といった具合に関係の深い住人たちの曲がかかりやすい。

 その、はずだったのだが――。

「……」

「……キョウ君?」

 いつまで経っても動かない俺を不審に思ったのか、隣で浮遊していた咲さんが声をかけてくる。だが、あまりに予想もしない出来事が起きたせいで俺は何も答えられなかった。

 『ダブルコスプレ』が発動しなかったわけじゃない。きちんと左右で別々の曲がかかっているし、能力が発動した感触もあった。

 だが、いつまで経っても服が仕事服である高校の制服から変わらないのである。そして、何より、左耳から聞こえるBGMに全く聞き覚えがなく(・・・・・・・・・)、メロディーしかない明らかに未完成の曲だった。

 『コスプレ』を使い始めた頃、俺は『東方project』の曲を全て聞き、すぐに誰の曲か判断できるように勉強していたのだ。もちろん、新作が出る度に勉強しなおしていた。だからこそ、聞き覚えない上、未完成の曲がかかるなんてありえない。

(一体、何が起きて……)

 

 

 

 

 

 ――まぁ、その曲が再生された時のお楽しみってことで。

 

 

 

 

 

「ッ……」

 フランが外の世界に飛ばされた時、幻想郷に戻りたくないばかりにスキホとPSPを破壊してしまったことがある。その後、紫から深い切り傷が一つだけ付いたスキホと新しいPSPを受け取った。その際、紫がどこか悪戯めいた笑みを浮かべながら『新しい曲を入れておいた』と言ったのである。

 それが今、左耳から聞こえるBGM。しかし、この曲は一体――。

「……ああ、そういうことか」

 少し考えればわかることだった。むしろ、今までそのことについて紫に聞かなかったことが不思議だったぐらいである。

 『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』は『東方project』のBGMを聞くとそのテーマの幻想郷の住人の服や能力をコピーする力。だからこそ、俺は『東方project』の新作が出る度に勉強していた。

 それは『東方project』を制作している人がいることに他ならない。

 紫がその制作者に依頼をして『東方project』を作ったのか、それとも偶然にも幻想郷という存在を認識することができ、ゲームとして外の世界に広めたのか。はたまた、奇跡的に制作者の想像で作った幻想郷が本当に存在していたのか。それは定かではない。しかし、確実に言えるのは紫が制作者に接触すること。そして、接触してもなお、製作者は『東方project』の制作を紫から許されていることだ。もし、紫が許さなければ『東方project』の新作など出せるわけがないのだから。

 また、昔、『東方project』を俺に知ってもらおうと悟に色々な話を聞いたが、その中に『東方project』のBGMも製作者が作曲しているというものがあった。つまり、俺が普段、聞いている曲を作っているのは『東方project』の制作者であり、その人と紫が定期的に接触しているのだとしたら――。

「……」

 全てを理解した途端、俺の前に2枚のスペルカードが出現する。いきなりスペルカードが現れ、小さく悲鳴を上げた咲さんだったが、俺はゆっくりとそのカードに手を伸ばし、人差し指と中指で挟むように掴んだ。そのまま右手のスペルカードを唱える。

「少女綺想曲 〜 Dream Battle『博麗 霊夢』――」

 右の耳から聞こえるのは小さい頃に出会い、再会してからもずっと俺を支えてくれていた博麗神社の巫女。俺が倒れそうになる度に一番に駆けつけてくれた、俺の大切な――。

『響』

 『ダブルコスプレ』の影響か、それとも左の耳に流れる曲のせいか。俺の魂に引き寄せられた霊夢の魂は俺の左手にそっと手を添え、名前を呼ぶ。チラリと左を見ると半透明の霊夢が俺に一つ、頷いてみせた。東のネックレスが破壊され、目を覚ましたのだろうか。こんな時でも俺の傍に一番に駆けつけてくれたことに喜びを覚える。

「ああ、わかってる」

 彼女に俺も頷き返し、左手のスペルカードを上へ掲げる。初めて聞く曲でもこの曲ならば俺は絶対に使いこなせる。むしろ、俺にしか使いこなせない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だって、この曲は……まだ、名前さえ付けられていない、未完成の曲は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【無題】『音無 響』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺をテーマにして作られた曲なのだから。

 








第71話、第208話、参照

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