『【無題】』と名付けられたそのBGMは『東方project』には登場していない未完成の曲。それは『東方project』の制作者兼作曲者が作った俺をテーマにしたBGM。だからこそ、『ダブルコスプレ』したにも拘らず服装が変わらなかった。何故なら、これはもはや『ダブルコスプレ』ではなく――。
「音無……響!!」
スペルカードを唱えたすぐ後に東が森の中から姿を現し、顔を歪ませて叫んだ。『死』から『音無 響』に戻ったことを察知して戻ってきたらしい。今度こそ、俺を殺す――もしくは俺に殺されるために。その証拠に彼は俺を見つけた途端、地面を蹴り、凄まじい勢いで接近してきた。化け物染みた身体能力を与えていたネックレスは破壊したが、そのネックレスの試作品である腕輪を奴は持ってきている。霊夢たちから奪った地力もバッテリーに残っているだろう。
それに比べ、俺は『死』となり、魂構造が破壊された今、魂の住たちからの恩恵を受けることができない。地力も尽き欠けている今、『超高速再生』も発動して数回が限界だ。このままでは俺は東に殴られ、殺されてしまう。
――咲さんが俺と東の間に割り込む。
「キョウ君!」
『紫色の星が輝く目』がその光景を見せた瞬間、東が拳を振るう前に咲さんが俺と東の間に割り込み、分厚い氷の壁を出現させた。『幽霊の残骸』を吸収した彼女は氷を操る能力を手に入れたようだ。
「こっのおおおおお!!」
東が全力で氷の壁を殴る。咲さんが出現させた氷の壁は一撃で半壊したが見事、奴の拳を防いだ。しかし、東はすでに逆の腕を引き始めている。このままでは氷の壁を破壊した後、『幽霊の残骸』を吸収した咲さんだが、普段は実体があるため、奴の拳の直撃を受けてしまう。
――東の拳を2枚の結界が防ぐ。
(霊夢!)
『ええ』
「透過して後ろへ!」
即座に隣に浮遊している霊夢に声をかけ、目の前に現れたスペルカードを掴み、なけなしの地力を込めた。それと同時に咲さんへ指示を出す。すぐに彼女は体を霊体化させ、俺の体を素通りし、逃げる。その瞬間、東の拳が氷の壁を破壊し、先ほどまで彼女がいた場所を通り過ぎた。だが、奴の拳は止まることはおろか更に勢いを増し、俺へと迫る。
「夢符『二重結界』!」
東の攻撃が当たる直前、俺と霊夢は同時にスペルカードを宣言し、2枚の結界を出現させた。2枚の結界は東の拳を受け、ガキン、と甲高い音を響かせる。氷の壁と違い、2枚の結界には皹は入っていない。
「こんな、結界ッ」
2枚の結界に攻撃を阻まれた東は顔を歪ませ、目にも止まらぬ速さで何度も結界を殴りつける。『夢符『二重結界』』も数秒と経たずに破壊されてしまうだろう。
だが、その数秒が欲しかった。その数秒で俺は――俺たちは更に強くなれる。
「『博麗霊夢』、
『何かあったら呼びなさい。どんな攻撃も防いでみせるわ』
俺の隣にいた霊夢はそう微笑み、スッと消える。チラリと後ろを見れば『博麗霊夢』と書かれたスペルカードが浮いていた。あそこに霊夢の魂を一時的に格納しているのだろう。それを確認した俺は再び、右腕のPSPに左指を置き、スライドさせた。
「U.N.オーエンは彼女なのか?『フランドール・スカーレット』!」
『お待たせ、お兄様!』
右耳で流れていたBGMが変わり、今度は隣に半透明のフランが現れ、嬉しそうに笑った。たくさん話したいことはあるが時間がないので頷くだけで済ませ、現れたスペルカードを掴む。
『じゃあ、思いっきり行くよー! せーのっ!』
「禁忌『レーヴァテイン』!」
フランの掛け声に合わせ、炎の剣を東へと振り下ろす。炎の剣は崩壊寸前だった『二重結界』を粉砕し、東は攻撃の手を止め、大きく後退した。
『あー、躱されちゃった……え、何? だって、仕方ないじゃん』
(どうした?)
『霊夢から文句言われちゃった。結界を破壊するなって』
どうやら、魂がスペルカードに格納されている状態でも呼ばれた人たちは会話できるらしい。それならばフランに手短にこれからの動きを説明し、これから来る人たちへ伝えるようにお願いする。
『ふふっ、やっぱり、お兄様は優しいね。あんな奴すら救おうとするなんて。うん、わかった。こっちは任せて! あと、また呼んでね』
(ああ、ありがとう)
「『フランドール・スカーレット』、
未だ燃え盛る炎の隙間からこちらに向かってくる東を見ながらフランの魂を格納して右腕のPSPの画面をスライドさせる。また、BGMが切り替わった。
「信仰は儚き人間の為に『東風谷 早苗』!」
『響ちゃん、私が来たからにはもう安心ですよ!』
今度は早苗が来てくれた。ああ、本当に俺は恵まれている。皆、東に地力を吸い取られて満身創痍のはずなのに何も文句を言わずに俺に手を貸してくれるのだから。
「頼む、早苗。風を」
『はい、お任せください!』
笑顔で頷いた早苗はお祓い棒を構え、目を閉じる。すると、いきなり上昇気流が発生し、燃え盛る炎が激しさを増しながら柱のように空高く伸びた。さすがの東もその炎の勢いに押され、身動きが取れないらしい。
『これでいいですか?』
(ああ、助かった。また呼ぶな)
『……え、私の出番これで終わりですか? もっとスペルカードとか使って攻撃は――』
『そんなばかな』と言わんばかりに目を見開く早苗を無視してスペルカードに格納する。彼女には申し訳ないが今回の目的は東を殺すことじゃない、救うことのだ。そのためにはもっと仲間を集めなければならない。『コスプレ』、『ダブルコスプレ』では厳しかった例の作戦だが、この技なら――『マルチコスプレ』ならもしかしたら成功するかもしれないのだから。
基本的に『コスプレ』、『ダブルコスプレ』は再生されたBGMが終わるか、無理やり変更しなければこの身に宿す幻想郷の住人を変えることはできない。
それに比べ、『マルチコスプレ』は呼んだ住人の魂をスペルカードに格納し、別の住人を呼べる。一度に宿せるのは1人だけだが、格納した住人も再度、宿せるため呼べば呼ぶほどコピーできる能力、スペルカードが増え、戦略も広がる能力だ。
しかし、『マルチコスプレ』はいわば、俺固有の能力であるため、能力やスペルカードを使用しても地力を消費しない『コスプレ』や『ダブルコスプレ』とは違い、俺とその持ち主の地力を消費する。
普段なら大丈夫なのだが、俺は『死』となった時に地力のほとんどを使い切り、住人たちは東に地力を吸い取られ、ガス欠状態。霊夢たちにはまた呼ぶと言ったが、彼女たちも限界が近いだろう。かく言う俺も能力やスペルカードは使えてあと数回。その間にできるだけ仲間を集めなければならない。しかし、その道を『紫色の星』は一向に教えてくれなかった。
(でも……それでも――)
「恋色マスタースパーク『霧雨 魔理沙』!」
『お、なんだなんだ? どういう状況だ? まぁ、いいか。響、全力でぶっ放してやれ!』
「恋符――」
目の前に現れたミニ八卦炉を掴み取り、右手を炎の向こうにいる東へと向ける。残り僅かになった地力をミニ八卦炉に注ぎ込んだ。
「――『マスタースパーク』!!」
「なっ」
ミニ八卦炉から放たれた極太レーザーは炎を吹き飛ばした。そのあまりの威力に右手首から骨が軋む音が聞こえ、慌てて左手で右手首を支える。肉眼では東に当たったか確認できなかったが『紫色の星』が直撃したことを教えてくれた。これだけで奴を気絶させ垂れたとは思えないが、少なくとも今すぐには動け――。
――『恋符『マスタースパーク』』を強引に突破する東。
「ッ――」
「ぉ、おお、おおおおおおおおおおお!!」
『紫色の星』の警告通り、極太レーザーの右側面から人影が飛び出す。レーザーを強引に突破したからか、全身ボロボロになった東が鬼の形相を浮かべ、俺へと迫った。