東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第488話 後ろ姿

 痛い。熱い。苦しい。憎い、憎い憎い憎い憎い憎い。

 『恋符』に飲み込まれた東は顔の前で両腕をクロスさせ、必死に耐えていた。一瞬でも気を抜けば吹き飛ばされてしまう。だが、このまま耐え続けてもダメージが蓄積するばかり。両腕も皮が焼け、使い物にならなくなるまでそう時間はかからないだろう。そして、おそらく響は『スペルカードルール』を適用している。たとえ、人を丸呑みするほどの極太レーザーであっても人は死なない。だが、気絶させられたら封印されてしまうかもしれない。

(ならっ……)

 封印されてしまったら『死に戻り』できず、彼の復讐は一生、果たされなくなってしまう。それだけは避けなければならない。

「ぉ、おお、おおおおおおおおおおお!!」

 そう考えた東はバッテリーから幻想郷の住人から奪った地力を腕輪に注ぎ、身体能力を限界まで向上させた。無理やり体を動かそうとしたせいで全身の骨が軋む。特に防御に使っていた両腕は今にも取れてしまいそうだ。

 しかし、それでも彼は体に鞭を打って転がるように側面からレーザーを脱出する。まさか『恋符』がこのような形で突破されるとは思わなかったのか、『薄紫色の星』が浮かぶ瞳を大きく見開く響。その隙に東が限界まで向上させた身体能力を駆使して響へと迫る。

「危ない!」

 響に手が届くというところでずっと後ろで待機して咲が響の体を透過して東の前へと割り込み、分厚い氷の壁を出現させた。

 だが、東はすでに咲の能力を見ている。響に迫れば彼女が前に出てきて進路を塞ぐように氷の壁を張ることぐらい容易に想像できた。

「ッ!? そんなっ」

 だからこそ、彼は飛んだ。壁が目の前に現れるのなら飛んで回避し、上空から響を狙う。『死』になったことで響の地力はすでに底を尽いている。『超高速再生』が発動しなければ攻撃が決まった時点で東の勝ち。攻撃を躱される、もしくは『超高速再生』が発動し、反撃を受け、死んでも次の世界線でまた一から始めればいい。むしろ、今回の世界線ではネックレスが破壊され、計画が頓挫した上、響に関する情報を掴んだため、次に繋げた方が効率はいいのである。

「『霧雨 魔理沙』、保留(ストック)!」

 東が氷の壁をジャンプして回避したのを見て『恋符』の放出を止めた響は魔理沙の魂をスペルカードに格納。続けて背後に浮かんでいた1枚のスペルカードが響の手の中に瞬間移動した。それを見ながら東も右足を大きく振り上げ、踵落としの態勢に入る。

「『博麗 霊夢』、再生(チェンジ)!」

 魔理沙は『恋符』を放ったせいでガス欠を起こしている。かといって、新しい仲間を呼んでもその人によって東の攻撃を防げない可能性もあった。そのため、響は最初に呼び出し、あれから数分ほど経ち、地力が少しだけ回復している霊夢を再びその身に宿す。

 しかし、魂状態の霊夢が響の隣に現れた時点ですでに東の踵はすぐ目の前まで迫っていた。東を殺さないために今の響は自ら『スペルカードルール』を適用しているため、必ずスペルを宣言しなければならない。

『響ッ!』

 それが仇となり、スペルが間に合わなかった。今まさに響の頭蓋を破壊せんと東の踵が彼へと牙を向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……霊()『五芒星結界』」

 

 

 

 

 

 

 

 その時、響と東の踵の間に1枚の星型の結界が出現し、東の踵を真正面から受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……」

 その結界には見覚えがあった。いや、見覚えがあるどころではない。いつも俺が使っている『五芒星結界』そのものだ。

 だが、俺は『五芒星結界』を発動していない。『死』になったことで地力は枯渇寸前な上、そもそも『五芒星結界』では東の攻撃を受け止めきれないのである。発動させても無駄に地力を消費するだけだ。

 では、目の前で東の踵を受け止めている『五芒星結界』は一体、誰が発動させたものなのか。思い当たる節はどこにも――。

 

 

 

 

 

 ――星型の結界がモグラ型の兵器のドリルから幼い霊奈を守っている。

 

 

 

 

 

 不意に『薄紫色の星』が見せたのは見覚えのない光景だった。モグラ型の兵器と幼い霊奈から推測するに過去にタイムスリップした笠崎と霊奈が戦っている場面の光景なのだろう。きっと、翠炎によって燃やされ、幻想郷にいた頃の記憶が欠如したことでそれを『穴』だと判断した能力が見せたのだろう。だが、過去の俺(キョウ)は『五芒星結界』を使っていなかったはず。

『この、結界は……』

 その時、隣で浮遊している霊夢が驚きを隠せない様子で言葉を漏らした。何が起きているのかわかっていない俺とは違い、彼女には目の前の結界に心当たりがあるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……何とか、防げたようですね」

 

 

 

 

 

 

 

 その声は突然、真後ろから聞こえた。混乱している最中、ここにはいるはずのない、聞き覚えのある声を聞いたせいで俺は体を硬直させ、振り返ることができなかった。

 幻想郷に迷い込み、異能(オカルト)を知り、魂喰異変の時に初めて出会い、ずっと俺の心の中にいたという女性。

 まだ一度も姿を見たことがなく、常に声だけの存在でありながら幾度となく俺を励まし、助けてくれた人物。

「ぐっ!?」

 その時、東が何かに弾かれるように吹き飛ばされ、数メートル先に着地した。その拍子にバチバチと『五芒星結界』がスパークを起こしたので結界の効果だったのだろう。

「……」

 東が離れてもなお、俺は振り返られなかった。あまりに予想外の展開に思考が追いついていないのである。

「貴方の魂構造が崩壊した時はどうなるかと思いましたが……なるほど、こういうことだったのですね」

 そう言いながら彼女は後ろから俺を追い抜く。彼女と出会って数年、俺は初めて彼女の姿を見た。

 脇だけが露出している独特な巫女服。頭部には俺や霊夢が付けている物と同じ紅いリボン。ゆったりと下げている両手に5枚ずつ握られているお札。

 そう、まさにその後ろ姿は『博麗の巫女』と呼ばれる存在そのもの。

『ッ!? 嘘……なんで、あなたが……』

「ぁ……」

 霊夢も咲さんもその女性について何か知っているのか、驚愕のあまり独り言を零す。そんな中、俺だけはその女性の後ろ姿を見ても何も言わなかった。

 

 

 

 

 ――言ったでしょう? その内、わかります。これだけは覚えていて。響。私はいつも、貴方の傍にいますよ。

 

 

 

 

 ――大丈夫、貴方にはたくさんの味方がいます。

 

 

 

 

 ――お願いです。もう、独りにならないでください。悪いのは全て、あなたからあの子を引き離した私たち、大人なのです。そして、安心してください。あの子はいつかまた、あなたの傍に。

 

 

 

 

 ――あなたは還りなさい。ここに来るべきではなかったのです。またお話ししましょう

 

 

 

 

 

「……響」

「……」

 女性に呼びかけられても俺は答えない。何も答えられない。頭の中では走馬灯のように彼女との会話が繰り返し、再生されており、今にもショートしそうなほど思考回路がグルグルと回っていた。

「……っ」

 そして、唐突に一つの仮説が生まれる。ただの閃きとも言えるだろう。だが、その仮説のせいであれほど回っていた思考回路は止まり、目の前に立つ女性の背中を見つめることしかできなかった。

(まさか……まさかまさかまさか!?)

 ああ、そんな馬鹿な、と。

 しかし、この仮説が正しければ全ての辻褄が合う、と。

 そんな話があっていいものか、と。

 

 

 

 

 

 

「合っていますよ、響。それが答えです」

 

 

 

 

 

 

「ぁ、あぁ……」

 俺は肯定と否定を何度も繰り返し、繰り返し、繰り返し――彼女のたった一言でその答えは決まってしまった。

 ずっと、不思議だったのだ。

 どうして、自分は博麗の巫女しか使えないはずの『博麗のお札』を使えたのか。

 どうして、己の勘はとある巫女と同じようによく当たるのか。

 どうして、博麗の奥義である『夢想転身』を使えたのか。

 ずっと、ずっと不思議だった。疑問に思っていた。答えを知りたかった。しかし、いくら考えてもその答えは出ず、考えても仕方ないといつしかその疑問は頭の片隅に放置されるようになった。

 だが、彼女を見た瞬間、全ての疑問が一本の線で繋がり、答えを導き出した。

「お前は……誰だ」

 『恋符』のダメージが残っていたのか、しばらく呼吸を整えていた東は不意に邪魔をした彼女に質問する。それを聞いた女性は微かに笑い声を漏らし、チラリと後ろを――俺を見た。初めて見た彼女の素顔は……あまりにも俺の顔にそっくりであった。

「そうですね……これでも、幻想郷では活躍した身でしたので色々な呼ばれ方をしました。『博麗の巫女』、『裏切者』、『師匠』……ですが、この場で名乗るに相応しいものが3つ、あります」

 そう言った女性は両手に持つお札を宙に投げ、2枚の五芒星結界を作る。その星型の結界は俺を守るように目の前に移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『先々代博麗の巫女』、『博麗 霊魔』。今回は博麗の巫女としてではなく、『母親』としてこの異変、解決に尽力いたしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レ、マ……」

 その女性――俺の魂の中にいたはずの『レマ』はどこか嬉しそうに東に言い放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、ずっと心と魂の中で俺を見守り続けてきた『レマ』――『博麗 霊魔』こそ俺の実の母親だ。








実は能力予想以上に当てた人がいなかったレマさんの正体。





過去の光景:382話





レマのセリフ

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・197
・268
・432

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